15限目 父の影響力

 レイラは部屋に着くと、窓の外が異様に明るいことに気付いた。そして、カーテンを少しだけ開け、外を見た。


(マジか……?)


 門の外に止まっているのはレイラの父である貴文(たかふみ)の車であった。外が明るかったのはそのハザードランプのせいだ。

 玄関には貴文の秘書兼運転手がいた。何度か顔を合わせたことがありレイラはよく知っていた。


(なんで、クソオヤジが帰宅してんだ)


 貴文は年に数回しか自宅に帰らない。そして帰宅するときは必ず何か事態が動くときだ。だからレイラは不安で仕方なかった。


(マジか、今回はなんだ? 前回の帰宅は……えっと、確かクソ兄貴に告った奴がいた時か。アレはどうなったんだ? 今回も兄貴絡みか?)


 しばらくすると、玄関から貴文が出てきた。突然振り返るとレイラの方をみた。

 レイラはビクリ身体を動かしたが、それを貴文(たかふみ)に悟られないように笑顔で頭を下げた。すると、貴文はニコニコしながらレイラに向かって手を振った。

 レイラは貴文に手を振り貸すと、彼は満足したように車に乗り続いて秘書が運転手席に乗ると、あっという間に車は見えなくなった。


 レイラは車が見えなくなると、窓から離れて布団に入った。しかし、父の貴文の事が気になり眠ることができなかった。


(明日もまゆタソに会えるんだ。だから早く寝ないと)


 レイラは眠ろうと必死で目をつぶり数をかぞえた。そのうち瞼(まぶた)が重くなり全身の力が抜けていった。



 ※※※※ ※※※※



 カーテンの隙間から朝日が差し込みレイラのベッドをてらし、外で鳥の鳴く声が聞こえて目を覚ました。


(オヤジ……)


 レイラはカーテンの方を見ながらつぶやいた。  


 しばらく、すると扉をノックをする音がして扉が開いた。

 その音で、身体を動かして扉の方に向けると、入ってきたトメと目からあった。


「おはようございます。起きられていたのですね」


 トメは笑顔を見せて、カーテンと窓を開けた。レイラはそれを見てゆっくりと身体を起こし、朝の挨拶をした。

 トメは「今日は登校日ですよね」と言ってクローゼットの中から桜華学園中等部(おうかがくえんちゅうとうぶ)の制服を取り出した。


 レイラはトメが取り出した制服をじっと見つめた。


 真っ白のワンピースにセーラー襟(えり)が付いておりそこに赤いスカーフがあった。襟と袖、スカートの裾(すそ)には二本の黒い線が入っており、フロントえりに桜華学園(おうかがくえん)の校章が桜が刺繍されている。


「どうかされましたか?」


 制服の確認をしていたトメは、制服(それ)をじっと見るレイラに声をかけた。


「いえ、それに白いニーソックスを履くと本当に全身真っ白だと思いましたの」

「そうですね」

「初等部の制服は同じセーラーワンピースでしたが、黒でしたわ」

「初等部は桜花会(おうかかい)も一般生徒も同じ制服ですからね。白い制服は桜花会の証ですよ。むしろ誇りを持ってくださいと、4月も同じ話をしましたね」


 トメの言葉にレイラは眉を寄せた。


(そもそも、学生特有の無償奉仕みたいなの好きじゃねぇんだよな。だったら特待になりたかった)


「親の財政状況をですか?」

「桜花会にいることで将来の人脈を広げられますよ」

「そういう考え方もありますわね」


(確かに人間関係は大切だよな。特に桜花会は実力者の子どももいるわけだしな)


 レイラは重い腰を上げるとトメのもとへ行き、制服を着させてもらった。

 制服を着るとレイラは自分の体を見て、ため息をついた。


(この制服、ちょうどいいサイズに作りすぎてんだよ)


 レイラは自分のまな板のような胸に触れた。トメはそんなレイラを見て「そのうち成長しますよ」と笑っていた。しかし、レイラにとって笑いごとではなかった。


(俺だって、自分があの大道寺レイラだと知る前は期待していたさ。いつかは大きな胸を触り放題になると楽しみにしていたんだ)


 レイラはちらりとトメのふくよかな胸を見た。それにトメは気づくと口に手を当てて言葉困った顔をした。


 レイラは苦笑いをして何も言わないトメに、すねたような口調で「行きますわ」言うと桜の校章の入ったひざ上まである白い靴下を履くと扉から出ていった。トメはレイラの脱いだを服を持つとレイラの後を追った。その表情はまるでかわいい孫を見るようであった。


 レイラは洗面所に行くと髪を結んでもらうのを忘れたことに気づき、結ぼうとしたがゴムなく諦めた。支度が終わると居間に向かった。


 居間の扉を開けるとそこには暗い顔をしたリョウがテーブルに座っている。台所にはリョウの担当家政婦の吉田(よしだ)ユリコとトメがいた。


「おはようございます。お兄様」

「おはようございます。レイラさん」


 リョウはレイラに挨拶を返したが、いつものような笑顔どころか表情もなく声のトーンも低かった。

 レイラが室内に入り、ユリコとトメの挨拶をした。レイラがカウンター席の向かうとテーブル席にいたリョウは立ち上がりレイラのそばにきた。

 レイラよりも頭一つ大きいリョウをレイラは見上げた。


「お兄様。何か御用でしょうか?」


 リョウに笑顔を向けると、彼はため息をついて眉を下げた。


「髪、食事の時はきちんと結びなさい。不衛生です」

「申し訳ありません」


(あー諦めてはまずかったか)


 自分の起きたままになっている自分の髪を首を曲げてみた。すると、トメが慌てて台所から出ていた。


「申し訳ありません。私が忘れていました」


 頭を下げるトメにリョウは大きく首を振った。


「トメさんのせいではありません。レイラさんの自覚のなさに問題があります。だらしない恰好で自室から出るなど、目も当てられません」


(ここじゃ、そういうルールだっけ。いつもトメにやってもらうから忘れてた)


 ひどくイライラしているようでリョウが大きな声を出した。穏やかに笑うリョウがここまで感情を出すのは珍しかった。その為か、台所からユリコも出ていた。


「リョウさん」


 ユリコに名前を呼ばれて、リョウは動きを止めて彼女の顔を見た。心配そうにリョウをみるユリコを見て目を伏せた。


「申し訳ありません。大きな声を出してしまいました」


 トメはその様子を見ながらレイラの髪を後ろで一つに結んだ。


 リョウが落ち着いたのを確認するとユリコとトメは台所に戻っていった。リョウは二人の様子を見ながら眼鏡のブリッジに手を当て、ため息をはいた。


「今日は登校日ですが、下校後はどこかにいかれますか?」

「本日はお茶のお稽古予定ですわ。その後は勉強しようと思います」

「勉強はどこでですか」

「……」


 まるで尋問のように問いかけるリョウの圧にレイラは言葉がでなくなってしまった。まるで自分が悪いことをしているように感じたのだ。

 答えないレイラにリョウは少し考え、言葉を柔らかくして笑顔を作り聞き直した。


「勉強する場所はどこですか?」

「徳山図書館(とくやま としょかん)ですわ」

「昨日、私が言ったことを覚えていますか?」

「ええ、もちろんですわ」

「それなら構いません。大道寺家の人間としての自覚をもってください」


 リョウは眼鏡をブリッジを抑えるとレイラのことを寂しげな瞳で見た。レイラがうなずくと「それでは失礼ます」と言って部屋から出て行った。


 リョウは部屋を出た後、レイラは、台所にいるユリコとトメの方を見ると二人は何ともなかったように作業をしていた。


「それではトメさん。私はこれで失礼しますね」

「わかりました」


 そう言ってユリコは台所から出て、レイラに挨拶をすると居間を後にした。


 居間にはレイラとトメの二人だけになった。


「トメさん」

「なんでしょうか?」


 トメはカウンターに食事を置きながらレイラの方を見た。


「兄はどうなさったのでしょうか? あそこまで感情的になるなんて……」

「昨夜、大道寺さんが帰宅なされたことはご存じですか?」


(クソオヤジ絡みか)


 レイラは眉を寄せて頷いた。嫌な予感しかしなかった。


「大道寺さん、リョウさん、ユリコさん、そして私でお話をしました」

「え?」

「何かを決定するものではありません。大道寺さんは雑談と言っていましたがリョウさんがどう感じたかわかりません」


(オヤジが雑談だぁ? ぜっていちげーだろ。尋問の間違えじゃねぇのか?)


「内容を聞いても構いませんか?」


 レイラの言葉にトメを困った顔をして首をゆっくりと横にふった。


 時計の音だけが聞こえた。


 レイラは貴文が頭から離れず、無言で食事をしているとトメはカウンタ越しにレイラに近づくと小さな声で「眼鏡の方との接触はほどほどに」と言った。レイラはそれに返事をしなかった。


 レイラは朝食を食べるとすぐに自室に戻った。そして、パソコンを開けてまゆらに“今日は図書館の行けないかもしれない”と伝えた。

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