9限目 考え方
トメは優しくレイラの背中をポンポンと叩いた。
「レイラさん。そろそろ日本舞踊のお稽古に行く時間ですよ」
レイラは両手をトメの肩に乗せると軽く押して自分から離した。そして、じっとトメの瞳を見つめるとレイラは笑顔を見せた。
「そうですわね。ありがとうございます。私(わたくし)はトメに育てて頂け幸せです。これからも宜しくお願いしますわ」
そこの言葉にトメは大きく目を開いたがすぐに細めて口を押さえて微笑んだ。
それから、昼食を食べるといつものようにトメに付き添われて車に乗り日本舞踊のお稽古に向かった。
車の窓から、次々と変わる景色を見てた。その合間にバックミラーを見ると運転手と目があった。レイラは罰が悪そうに目を逸らすと彼は心配そうな顔して声を掛けた。
「今日はお顔が違いますね。何かありましたか?」
「そうでしょうか」
レイラは自分の心を見抜かれたような気持ちになりドキリとした。
「詮索するつもりはありませんよ。でももし、力になれることがありましたら遠慮なさらず私のことを使ってくださいね」
「心配してくださったのですね。ありがとうございます」
レイラはニコリと運転手の顔をバックミラー越しにみた。優しく微笑む運転手は親戚のおじさんの様であった。
(俺(レイラ)の周り人間って暖かいよな)
車がゆっくりと駐車場にはいり停止した。「レイラさん到着しました」と運転手は言うと運転席から出て後部座席の扉を開けた。
レイラが鞄を持って降車すると運転手から黒い長方形の布を貰った。この布はチョーカーと同じ役割をする。日本舞踊では首に巻くと目立つため見えない腕に巻いた。常に腕につけるタイプを使用でも問題ないのだがつけるのがめんどくさく普段はチョーカー型を使用していた。
日本舞踊の稽古場に着くと師匠に挨拶をして更衣室にむかった。そこで浴衣に着替える。本番は着物やかつらをつけるが練習はすべて浴衣だ。
中学になると“名取”(日本舞踊の流派の名前をもらえる)試験を受けることができるが母が“必要ない”と言ったので受けていない。
更衣室に荷物を置き、浴衣に着替え終わると師匠にいる稽古場に行った。そこで、再度師匠に向かって正座して頭を下げ「お願いします」と言って舞台に上がる。
師匠は80歳を超えているが彼女の舞は年齢を感じない。
(80歳の師匠の上に大先生つう人がいる。その人は100を超えてるらしい。その年で現役とかバケモノかよ)
稽古は1時間から2時間程度行うため、終わることには汗だくになる。
稽古中、そばにあった刀が目に入り複雑な気持ちになった。以前レイラは、刀に憧れ男をやりたいモノもしくは刀を使う踊りをしたいと希望した。師匠は良い反応を示してくれたが母が激怒。“日本舞踊をやっている意味を考えなさい”と言う文章が送られてきた。
それから、レイラは舞のついては何も希望しなくなった。
「レイラさん。今日も素晴らしいですね」
椅子に座ってレコードを動かしている師匠が舞台の上にいるレイラに向かって言った。レイラそれに対して「はい」と頷いた。
師匠は笑い更に、指導を続けた。
2時間後レイラは汗だくになり師匠に頭を下げ挨拶をすると稽古場を後にした。
「お疲れさまでした。今日も頑張られたようですね」
平然を装い、車に乗ったはずだが運転手には疲れているのがバレていた。レイラがちらりとバックミラー越しに運転手の顔をみると彼はニコニコしている。
「レイラさん、今できることに全力を注ぐのは素晴らしいことだと思います。大道寺家は規則が多くありますが……物は考えようです」
「……」
彼は“物は考えよう”とよく言う。
(確かにな。現状を悲観していてもしかたがねぇ。今持てる武器を最大限に生かして運命とやらと戦わないとけいねぇよな。だから、せめて攻略対象者くらいわかればソイツに近づかねーのになぁ。あ、まゆタソと慣れればいいかもしれないな。けど、それはやだな。折角ゲームの世界に来たのに推しメンそのそばにいられないなんて……)
レイラは悶々としながら、車の中で考え込んでいた。
帰宅後はすぐにシャワーを浴びて夕食をとると部屋に戻った。夕方担当家政婦サトエが帰宅した時に鞄を持とうとしたり風呂や着替えの手伝いを申しでたがレイラは全て断った。
その後はピアノの部屋に行き、しばらく練習をしてから部屋に向かった。
部屋に行くとすぐにパソコンを開き、フリーメールサイトを見た。
(やっぱり来ている)
レイラはメールサイトの下書きに“1”というマークを見て嬉しくなった。内容は昨日とさほど変わらない。図書館での話と眼鏡のお礼が書いてあった。
(眼鏡……?)
レイラは鞄に眼鏡を入れっぱなしであったことを思い出した。慌てて鞄の中を見ると眼鏡を包んだハンカチごと眼鏡がなかった。
「え……マジか」
鞄を机の上に置き、丁寧に中身一つ一つ確認する。しかし、ハンカチに包まれた眼鏡はなかった。空っぽになった鞄をレイラは覗き込んだ。
レイラは必死に自分の行動を思い出したが眼鏡を鞄から出した記憶はなかった。
(最後……鞄に触ったのは……トメ?)
トメが眼鏡を盗ったとは思いたくなかったレイラはもう一度探した。紛れ込みそうもない本の間を見た。やはりなく次に眼鏡ケースを手にした。そこを開けると……。
(手紙……?)
眼鏡ケースのちいさな手紙が入っていた。レイラはそっとその手紙を見ると目を大きくした。それは見覚えのある丁寧な字で書かれていた。
『レイラさん お鞄の中に見慣れない眼鏡を発見いたしました。何か事情があるとは、思いますがこのまま鞄に入れと置くと他の者に見られて問題になるかもしれませんので鈴木トメがお預かり致します。明日詳しいお話をお聞かせくださいませ。鈴木トメ』
レイラは手紙を読み終わると丁寧に折り畳んだ。そして、机の引き出しを全部だして机の上に置いた。引き出しの底を外すし、小さな南京錠のついた本を取り出した。そのダイヤル式を回して南京錠を取ると本を開けた。本型の小物入れになっており、小さな紙がいくつも入っていた。
レイラはそこへトメからの手紙を入れ、南京錠をつけてもとに戻した。
彼女はまたパソコンに向かい、まゆらに返事を書いた。
(明日は午後かな。会えたらいいなぁ)
書き終わるとサイトからログアウトし、検索履歴も消去してからパソコンの電源を落としてベッドに入った。
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