10限目 攻略対象者の予想

 レイラは初めて、起こされず目を覚ました。普段はトメが来るまで目を開ける事ができないが今日は違った。

 昨日の眼鏡の件が気になっていたのだ。


「おはようございます。レイラさん」

「トメさん……おはようございます。それであの……」


 レイラは寝起きの回らない頭で話そうとすると、トメは優しく笑いながら紙袋をレイラに渡した。驚きながら、それを受け取りトメの顔を見た。するとトメはゆっくり頷いた。

 そっと紙袋をあけるとそこには眼鏡ケースと二つ折りになった小さな紙が入っていた。その紙をレイラはゆっくり開いた。


『先日のレイラさんからのお話から推測するに私たち二人の会話を誰かが聞いているのかもしれませんね。レイラさんは私以外とは丁寧な言葉遣いをしていますし……。ですので、今回は手紙を書かせて頂きました。眼鏡はかなり歪んでいましたので修理致しました。差し出がましい事して申し訳ございません』


 文章を読むとそれを紙袋に戻した。そして、ゆっくりと立ち上がり机の上に紙袋を置くと引き出しからペンとメモ帳を出して椅子に座るとおもむろペンをはしらせた。それはとても丁寧でお手本のような字であった。

 書き終わるとそれを持ってトメの側へ行き渡した。

 トメはその紙の内容を見て、目を大きくしたが微笑み丁寧に折るとポケットの中にしまった。


「本日のお召し物を用意したしますね」


 トメはクローゼットに向かい服を選ぶとレイラの元に戻った。

 今日は紺色のミモレ丈ワンピースだ。スカート部分の左右に白のプリーツが入っている。


「本日の予定ですが、午前中、ピアノのお稽古となっています。いつもの時間に講師の山下先生がいらっしゃいますのでピアノの部屋に向かって下さい」


 トメはレイラに服を着せながら、スケジュールの確認を行った。レイラは服を着せられながら頷き、返事をした。


「わかりましたわ」

「午後はどういたしますか?」

「図書館に向かいますわ。もう少しで夏休みおわりますし、新学期のテスト対策しませんと」

「承知しました」


 トメに服を着せてもらい終わるとレイラは鏡台に座った。鏡には自分の顔が映り、頬に手を当てた。


「どうかされましたか」

「いえ、綺麗な顔だと思いましたの」


 普通なら自信過剰な発言とおもれそうだが、レイラが幼い頃からそういった発言がをしていることと、本当に美しいためトメは同意しながらレイラの髪を二つ分けると高く結びお団子を作り始めた。


「大道寺家の皆様、整ったお顔をされていて羨ましいです。ご両親にお兄様のリョウさんもレイラさんも似ていますよね。素敵ですね。リョウさんもレイラさんも学校で人気がありますでしょう」


 レイラは初等部時代、兄のことを女子に毎日聞かれ、うんざりしたのを思い出した。


「私(わたくし)はわかりませんが、兄はそう見たいですわね」


(容姿端麗の男。もしかして兄貴は攻略対象か? したら俺(レイラ)はもとよりまゆタソにも近づかせねぇーようにしないとな)


 トメはいつものようにバックミラーを持ってくるとレイラに髪型を確認した。耳の上あたりに二つのお団子がついている。


「どうでしょうか?」

「今日も暑いので上げて頂けて助かりますわ」


 それからトメと共に洗面所に向かった。トメはそこから他の仕事へ向かった。レイラは身支度を終えると居間に向かった。

 居間に入ると炊事担当の家政婦、佐藤タエコが笑顔で出迎えてくれた。レイラは笑顔で挨拶をするといつものカウンターに座った。


「どうぞ」


 タエコは太陽のような笑顔で食事を出してくれた。


「頂きますわ」


 レイラはおもむろに箸を持つと食事を始めた。今日のメニューは焼き魚に白飯、それから味噌汁だ。


(タエコの和食は本当上手い)


 食事を終え「ご馳走様でした」と挨拶をすると食器を片付けた。タエコは相変わらず笑いながらレイラに返事をした。


 食事を終えるとすぐにピアノのある部屋に向かった。ピアノ指導員の山下が来る前にレイラはいつもピアノを少し弾く。

 レイラは部屋に入り、椅子に座ると鍵盤蓋をあけ弾き始めた。

 前世はピアノのに興味がなく触れたこともなかったが、幼い頃から鍛えられたおかげで絶対音感があり聞いただけである程度の曲は弾く事ができた。


(手が勝手に動くんだよなぁ。すげーよな)


 しばらく弾いていると扉を叩く音がした。レイラは手を止めると扉の方に向かい、返事をした。扉があき、トメは扉をささえて山下を招いた。


「レイラさん、おはようございます」


 上品に挨拶をする山下は黒い髪をうなじのあたりでお団子にまとめ、袖のない真っ黒のロングワンピースを着ていた。レイラは“いつもセクシーだな”と思いながら笑顔で挨拶をした。


「おはようございます。山下先生」


 山下とレイラの挨拶を見届けるとトメは頭を下げ「失礼致します」と言って部屋から出ると扉を閉めた。

 それから、すぐにレッスンが始まった。山下のレッスンは求めるものが多く厳しいが面白かった。


 1時間のレッスンが終わりレイラと山下が挨拶をしていると部屋の扉を叩く音が聞こえた。レイラが返事をすると、トメは扉を開けて入室した。山下を迎えに来たのだ。


「それではレイラさん。先ほどの所重点的にやってみてください。ではまた」

「ありがとうございました」


 山下がお辞儀をするとレイラも同じ様に頭を下げた。山下が部屋を出て、扉が閉まる音が聞こえるとレイラは頭を上げた。


 ピアノの椅子に座り楽譜を見ると弾き始めた。


 しばらく弾いた後、居間に行きタエコが作る昼食を食べに向かった。居間に入りタエコを見ると朝、楽しそうだった彼女に影があった。


「タエコさん、何かありましたか?」


 レイラの前に食事を置くタエコに声を掛けた。いつもの明るい雰囲気の彼女が暗い顔をしてるのはとても珍しくレイラは心配になった。


「あ、いえ」

「なんですの?」

「申し訳ありません。きっと大道寺さんからお話があると思います」

「父ですか……」


 家政婦からレイラの父である大道寺貴文(だいどうじ たかふみ)の名前がでる時はレイラにとって良い事であったことがなかった。


(クソオヤジねぇ)


 レイラは肩を落とした。しかし、この暗い雰囲気は気が重かったのでレイラは違う話題をタエコにふった。


「タエコさん。これ、美味しいですね」

「それは今日のおすすめだと言われて仕入れました」


 タエコはニコリと笑って「喜んで頂けたのならよかったです」と言ったのでレイラは安心した。更にタエコと料理の話をした。


「タエコさんは料理が本当にお好きなんですわね。そんな方のご飯が毎日食べられて幸せですわ」

「ありがとうございます。あ、今日の夕方と明日はお休みを頂いています」

「お店に出る日ですわね」

「ええ。ご迷惑をお掛けします」


 申し訳なさそうな顔をするタエコに、レイラは大きく首をふった。


「いいですよ。自分の店があるのに食事をお願いしてるのは大道寺(わたくしたち)なんですから」

「ありがとうございます。その日はトメさんかユリコさんの料理ですね」

「ユリコさんは兄付きですのできっとトメさんが私(わたくし)の料理を作りますわ」

「そうなのですか?」

「明確なルールがあるわけではありませんが、いつもそうですわ。タエコさんは二人の料理を食べたことありますの?」

「いいえ。私がいますと料理は全て私の仕事ですからね」

「そうですわね」


 レイラが食事を終えて、部屋戻るころにはタエコはいつもの明るいタエコに戻っておりレイラは嬉しくなった。

 居間からでるとレイラはすぐに脱衣所に向かった。


(あ~、図書館行く前に、風呂入りたいってトメに言い忘れたな。シャワーでもいいかぁ)


 脱衣所の扉を開けるとそこには笑顔のトメがおり、脱衣所に準備は終了していた。


「お風呂に準備はすんでおります。身体を流すのをお手伝い致しましょうか」


(やべぇ、流石トメ)


「ありがとうございます。よろしくお願い致します」


 レイラはゆっくりと浴室の前に立ち、服を脱ぐと何も言わなくても服を受け取ってくれた。そして、浴室に入ると後から腕と足の裾をまくったトメが入ってきた。

 トメは座っているレイラの後ろに立ちシャワーの温度を確認してからレイラの髪を流した。その後はシャンプー、コンディショナー、トリートメントを使い丁寧に髪を洗いそれが終わると身体を洗った。


「それでは外に待っております」


 全てが終わるとトメは頭を下げると浴室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る