8限目 兄の忠告
テーブルは眼鏡は片方のテンプルがテーブルから浮き、歪んでいるのがよくわかった。
「あの、これはレイラさんの物と差があります。交換なんてでいません」
「では、差額は私(わたくし)に勉強を教えてください」
「そんな……。レイラさんは成績悪くありませんでしょう」
「あら? ご存知ですの?」
レイラが首を傾げるとまゆらは慌てて両手を振った。
「あ、いえ、昨日お伝えした感じから理解が早いと感じたもので」
(まぁ、俺(レイラ)は記憶力いいしかな。それを使って今まで磨いてきたしな)
「それだけでは足りませんの。力を貸してください」
レイラは、そっとまゆらの手の上に自分の手を乗せ、彼女の瞳を覗き込んだ。その瞬間、まゆらが赤くなりやかんの様にまゆらから煙が出た様に見えた。
「レイラさん。私でよろしければ」
そういうまゆらの鼻からはタラリと血が出ていた。レイラは慌てて立ち上がりポケットからハンカチを取り出すと彼女の鼻を抑えた。
白いハンカチが真っ赤になった。
「あわわ、ハンカチが……」
「そんなの、いくらでもあげます」
慌ててなら恐縮するまゆらにレイラははっきりと言った。すると「すいません」と言って、自分でハンカチを抑えた。
レイラは心配そうな顔をしながら手を離し、席に座った。
(なんだ? のぼせた? ここは涼しいが熱中症とか?)
レイラは彼女の様子を見ながら、鞄から眼鏡ケースを取り出すと、テーブルに置いてある眼鏡をケースに入れようとしたがフレームが歪んでいるためケースから一部がはみ出して閉まらなかった。
「あらら」
鞄からハンカチを出して包みしまった。
「レイラさんあの……」
鼻血が落ち着いたらしく、まゆらはハンカチを畳みながらレイラに声をかけた。
「具合が悪いのでしょうか? 今日はもうお開きにしましょうか?」
レイラの言葉にまゆらは首が取れそうなくらいブンブンと首を振った。
「いえ、鼻血は体調ではなく精神的なモノですので大丈夫です。それより、あの、私の眼鏡がないのですが」
「ありますわよ」
(精神的なモノ?)
レイラはまゆらの言葉に引っかかったが、聞かずに彼女がかけている自分が渡した眼鏡を指刺した。
「交換にまゆらさん、“ 私でよろしければ”と承諾しましたわ」
「……あれは、勉強の承諾です」
まゆらが驚いて眼鏡を外そうとすると、レイラは鞄から昨日教えてもらったのと同じ本をテーブルに出した。そして、ページを開くと指さした。
「ここが分からないのですわ。教えてくれます?」
「え……あ、でも、眼鏡……」
レイラが本を指さしたまま、首を動かしてまゆらの方をニコリと笑って見せた。
「え……あ、そんなことじゃ……」
レイラは本をさしている指を上下に動かして催促したので、まゆらは諦めた。
「あ……はい。えっとこれはですね」
まゆらはレイラの指さす場所をじっとみた。もう眼鏡はずれないはずであるがまゆらは癖になっているようでテンプルを抑えていた。
まゆらの教え方はとても上手であり、レイラは全ての問題を解く事ができた。
「ありがとうござます。何時間も拘束して申し訳ありません」
「いえ、またいつでも聞いてください。えっと、もう帰る時間ですか?」
「そうです。私は……次の約束を確約できないのですが」
「構いません。またメールください」
「わかりましたわ。それでは失礼します」
レイラはそう言ってまゆらを部屋に残し廊下に出た。そして、図書館を出ると蝉の鳴き声を聞きながら、駐車場の向かった。
待ち合わせの時間までまだ少しがあるが見覚えのある車が駐車場にとまっていた。自分がいつも乗っている車に似ていたがナンバーが違う。
レイラは首にあるチョーカーに触れた。
(俺の場所を確認したのか。何が目的だ)
レイラは不安そうにゆっくりと車に近づいた。すると、車の後部座席の窓が開いて笑顔のリョウが顔だした。
「お兄様」
リョウの運転手が降りてくると「どうぞ」と言って後部座席の扉をあけた。レイラは戸惑い、足を進めることができなかった。
「大丈夫ですよ。レイラさんの運転手には連絡を取りました」
「そうですか」
「車に乗ってください。二人で話しましょう」
「二人で? それは自宅でもできるのではないのでしょうか。それに運転手がおりますわ」
「運転手はこれから休憩に入りますから二人きりですよ」
終始優しい笑顔をみせる彼の顔はなんとなくレイラに似ていたが、彼女は好きではなかった。
(優秀で優しげなイケメンなんていらん。お前らがいるから俺はモテないんだぁ。イケメンなら性格悪いと馬鹿とか欠点つくれよ)
「私はこれから日本舞踊のお稽古がありますのよ」
にこりと笑うレイラに対してリョウは腕にある見た。
「まだ、3時間以上ありますね」
「……」
(チィ、なんで稽古に時間知ってんだよ)
レイラは大きくため息をつくと、笑顔のリョウをみて諦めた。
「分かりましたわ」
車に乗り込んだ。すると、運転手は扉を閉めて頭を下げると去っていった。
「私が駐車場に来なければどうしましたのですか」
「レイラさんの運転手と連絡を取っていますから。問題はありません」
リョウはレイラの首あるチョーカーを指差した。レイラは自分の首についているそれに触れると彼を細い目でみた。
「そうですか。それで、要件はなんですの」
「レイラさん……。少し身の振り方を注意してください。特に言葉遣いは目に余るものがあります」
リョウは眉を寄せてレイラを睨みつけた。
「どういう意味ですの?」
(トメとの会話を聞かれたということか? でもあれは周りに誰もいなかったはずだ)
「そのままの意味です。他意はありません。大道寺家にふさわしい振る舞いをしてください。レイラさんの態度は貴女が思っているよりも影響力があるのです」
リョウはレイラの胸を指さして、いつになくリョウは真剣な顔をしていた。
「貴女は大道寺家の人間です。肝に銘じて考えて行動してください」
「……」
(どういう事だ。言葉遣いと言えば、トメとの会話だろうがそれはもう何年も前からだ。今更、忠告するよはなんでだ?)
リョウはそれ以上口を開かず姿勢を正して外を見つめていた。レイラも黙って自分の手を見た。
しばらくすると運転手が戻ってきた。そして、後部座席の窓に向かって礼をするとリョウはそれに気づき頷いた。運転手は運転席に座った。
「それでは出発致します」
「え……?」
レイラが驚いて声を上げると、運転手は後部座席の方に顔だして「どうしましたか?」と確認した。
「あの……」
「この車で帰宅します。その方が効率が良いと思いますよ」
レイラが降りる事を伝えようとすると即座にリョウがとめ、にこやかに提案された。
「分かりましたわ」
レイラはしぶしぶ承諾した。
自宅に車が止まり後部座席の扉が開くとレイラは黒いチョーカーを取り、扉を開けてくれた運転手に渡した。
出迎えてくれたのはトメであった。その彼女の隣にリョウの専属家政婦の吉田(よしだ)ユリコもいた。ユリコもトメと変わらない年でありシワシワの顔に更にシワを増やしてよく笑う。
トメとユリコは「お帰りなさいませ」と言って頭をさげるとリョウとレイラの鞄を受け取った。
「ただいま戻りました。よろしくお願いいたします。それではレイラさんまた」
そう言ってリョウは玄関に向かった。その後ろからユリコがついていった。レイラはその様子を目を細めて見ていた。
運転手は頭を下げると運転席に乗り車を走らせた。
「リョウさんと一緒にご帰宅とは珍しいですね」
「……」
「なにかございましたか?」
「部屋に来てくださいます?」
レイラの言葉にトメは「承知致しました」と返事をした。
部屋に向かうとレイラの後をトメはついて行った。
部屋の扉がしまった途端、レイラは眉間にシワを寄せて口をへの字に曲げた。
「どうなさましたか?」
トメはレイラの鞄をクローゼットの横に置き、そのクローゼットから着替えのワンピースとレギンスを取り出した。
「レイラさん」
不機嫌顔をしてきるレイラをトメは心配そうに服を持ってそばへ行った。すると、レイラは不愉快であることを全面にだして、リョウに言われたことを話した。
「あらら、そうでしたの。だから部屋に入っても丁寧にお話されているのですね」
トメはレイラの着替えをしながら、にこやかに笑った。
「笑いごとではありませんのよ。いけ好かないクソ兄貴ですが、今回の忠告は無視していいものだとは思いません……ってあ、申し訳ありません」
思い余って声を荒げている自分に気づいてレイラは慌てて口を抑えた。それに見てトメは穏やかに笑っていた。
「過去は変えられませんが、未来はいかようにもなりますよ。リョウさんの言葉が助言だと思うのでしたら、それに沿うように行動したらいいと思います。だだ、結果はしっかりと受け止めてくださいね。勿論私も受け止めます」
「トメ」
レイラは思わずギュッとトメを抱きしめた。昔は自分より大きかったトメが今では変わらない身長になっていた。
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