5限目 帰宅

 車に乗ると窓の方にゆっくりと顔をむけて、外を見た。今までいた図書館がどんどん小さくなって行った。

 窓ガラスにレイラの嬉しそうな顔うつっていた。


(そういえば俺(レイラ)は悪役令嬢なんだっけ。なんか悲惨な結末あるのか?)


 窓から自宅が見えてくると車はゆっくりと止まった。

 運転手が車のドアを開けてくれると、レイラはゆっくりと降りた。

 出迎えくれたのは夕方担当の家政婦である山田(やまだ)サトエだ。トメより若くレイラの母より10年は下だ。


「お帰りなさいませ」

「出迎えありがとうございます」

「お鞄をお持ち致しましょうか?」

「大丈夫ですわ。シャワーを浴びたいので準備をお願い致しますわ」


(相変わらず綺麗な顔だな、表情が動かないから人形みて)


 サトエの美しい顔に見惚れいるのがバレないようにレイラは視線を合わせず単調に返事をした。

 そのまま、彼女の顔を見ずにレイラは自室に向かった。

 サトエは「承知いたしました」と言ってレイラが見えなくなるまで頭を下げていた。



 レイラは自室に入るとすぐにクローゼットからゆるいワンピースを取り出して、それに着替えた。脱いだ汗

 臭いワンピースをクローゼットの横にあるカゴに入れて、椅子に座った。

 ノートパソコンの上に置てあった手紙をどけるとパソコンを開け電源を入れた。電源がはいる間、手紙を手にしてハサミで封を切った。宛先の書いていない無地の封筒から一枚の便せんが出てきた。


 レイラはその便せんを見てため息を付いた。


『今日は図書館へ行ったようだな。女の子と話していたようだが、自分が大道寺であることを自覚しなさい。 父 母』


 明朝体で書かれたその字からは感情が一切読めない。


(自覚ねぇ。好きに友だちくらい作らせろよ。だいたい、どこで見えたんだよ。そもそも、親との付き合いが手紙って。レイラに同情するな。俺はラクでいいけど中学生にゃあ、酷だろ)


 社会人経験をした記憶があるおじさんのレイラにとって両親との関わりが手紙だけでも問題はなかった。しかし、ゲームの12歳のレイラが寂しい思いをしていたのではないかと思った。


 この手紙交流は字が読めようになった5歳から始まった。それまでは録音であった。トメが毎日両親の声を聞かせてくれた。

 しかしレイラは、それよりもトメが毎晩読んでくれる絵本がとても楽しかった。


 トメが昼間のみになりサトエが夜間担当と入ってきたときはショックであった。サトエは若く美人であるため、変な気持ちになるのだ。その気持ちが体に現れない女の身体に感謝した。


 トントン


 扉を叩く音かした。レイラが返事をすると「失礼致します」とサトエがカゴを持って入ってきた。レイラは手紙を机の中に仕舞うと、パソコンの電源を切らずに閉めた。


「お風呂の準備ができました」

「ありがとうございます。今、行きますわ」


 レイラはそう言って立ち上がると扉に向かった。サトエは持ってきたカゴをクローゼットの横にあるカゴと交換すると、扉をかけて外に出るとそのまま扉を抑えレイラが出るのを待っていた。レイラは一言礼を言うと廊下に出た。


 レイラは高鳴る心臓を抑えてチラリとサトエを見た。彼女は相変わらず綺麗で表情がない。


 浴室に向かうレイラの後をサトエは歩いた。

 サトエと一切話すことができず、脱衣所に到着した。彼女は洗濯機の横にカゴを置いた。そして、レイラの方へ歩いてきたため、彼女はサトエに手の平を見せた。すると、サトエはその場で足を止めた。


「大丈夫ですわ。一人で出来ますので着替えの準備をお願いしますわ。全ておえましたら食事に向かいます」

「承知致しました」


 サトエは頭を下げると脱衣所から出て行った。それをレイラは確認するとホッと胸を撫でおろした。


(マジ、身体洗ってもらうとか無理。心臓ぶち壊れる)


 レイラは着ている物を全て脱ぐと浴室の横にあるカゴに入れた。小学校の高学年から着るように言われて着ているブラだけはいまだに慣れない。レイラは胸が殆どないためスポーツブラをしているが彼女には違和感しかなかった。


(こんなまな板胸に必要かぁ?)


 浴室にはいると真っ先にシャワーを浴びた。外が暑かったため少しぬるめのお湯がとても気持ちよかった。


 しばらくすると、浴室の扉に人影が見てノックをする音した。レイラの心臓音がはやくなった。


「はい」

「サトエでございます。タオルとお着替えの準備が整いました。それでは洗うのを手伝い致します」

「大丈夫です。上がった後も自分で、できますので他の仕事をして下さい」

「承知致しました」


 サトエの影がなくなるとレイラはため息をついた。着替えなどのレイラ自身に接触する行動は毎回全て断っているが、サトエは毎回やろうとする。


 確かにレイラはトメに着替えさせてもらうし、身体も洗ってもらうが彼女はレイラが物心つく前から一緒にいるのだ。


(ばぁちゃんのトメ以外は嫌に決まってるだろ。若いねぇちゃんに触られるなんて緊張するじゃねぇか)


 レイラは身体と頭を洗い終わると湯船使った。湯船に浸かるといつもここに転生できて良かったと思った。ヨーロッパや古代に転生したら風呂がなかったかもしれない。


 しばらく浸かると浴室を出た。

 脱衣所には誰もおらず浴室の扉横にタオルと着替えがあった。レイラはタオルをとり身体を拭くといつも部屋着に着ているゆるいワンピースと膝まである黒いスパッツを履いた。

 鏡台に座ると顔に化粧水と保湿クリームを塗り、髪を乾かした。


(長くてめんどくせぇだよな)


 身支度が終わると居間に向かった。居間はリビングダイニングキッチンとなっている。

 はいるとすぐにテーブルがあり右手側にカウンターキッチンある。反対側にはソファーとローテーブル、テレビが置いてあるがそこに誰が座っている姿をレイラは見たことがなかった。が、ホコリ一つなく、新品のようだ。


(相変わらず、モデルルームみたいだな)


「レイラさん、今準備致しますね。今日シチューですよ。パンとご飯どちらが良いでしょうか?」


 部屋にはいるとキッチンにいる佐藤(さとう)タエコが調理の手をとめてレイラの方にやってきた。

 彼女は給仕担当でありレイラと兄であるリョウの食事を全てまかなっている。


「パンでお願い致しますわ」


 ニコリと笑いお願いするとタエコは「承知しました」とニコニコと人懐こい笑顔を浮かべながらキッチンに入っていった。

 レイラはキッチンのカウンタに座った。テーブルもあるがレイラはいつまもカウンタで食べていた。


「レイラさんはシチューに絶対パンですよね。いつもパンですので、今日は米粉パンを作りました」


 タエコがシチューをよそいながらニコニコとレイラに話しかけた。


(いつも思うが、気の良い食堂のおばちゃんみてぇだ。これで店持ってるからすげーよな)


 レイラがぼーっとタエコを見ていると「そんなに見られてると穴が空いてしまいますよ」と笑われた。


「あ、いえ……」

「はい。どうぞ」


 野菜がたくさん入っているシチューに米粉パン、生野菜サラダにはゴマドレッシングが掛かっていた。


「シチューとても美味しいです」

「良かったです。にんじんも食べて下さいね」

「……はい」


 前世ではにんじんが苦手ではなかった。だからといって好きでもなかったが普通に食べていた。

 しかし、現在はにんじんの味が好ましくなくなってしまった。ハンバーグに入っているぶんには問題がないのだが、シチューの様にゴロリと見えてしまうと気持ちがひいてしまう。


 レイラはサラダやパンなどを食べ終わった後、シチューの中にあるにんじんを見つめた。

 見つめても減ることがないのは理解していたが手がにんじんに向かわないのだ。


(どうすかっな)


 するとタエコのため息が聞こえた。


「レイラさんは今後、様々な方と会食をしなくてはなりません。ですから、好きにならなくても構いませんが、相手が不愉快にならないように食事をする必要があります」

「はい」


 相手を不愉快にしないように食べるというのは幼い事がずっとタエコやトメに言われ続けていることだ。

 前世の生活と比べるとそうとう規則正しい生活をしている。


 両親とは滅多に顔を合わせないが、優しいトメやタエコと共に生活していると血の繋がりがなくても家族になれると思った。


(むしろ大道寺家、血縁の集まりのが心がざわざわする)


「ご馳走でした」

「お粗末さまでした」


 食事が終了すると、食器をキッチンに持って行ってからソファーに座った。


「珍しいですね。しばらくここにいらっしゃいますか」

「少しだけですわ」

「そうですか」


 タエコはそう返事をすると食器を洗い始めた。


 真っ白の染み一つない真っ白いソファーをレイラが手で押して離す。するとゆっくりと元の形状に戻った。


 その時、扉が開く音がしたためレイラは身体をひねり振り向いた。そこにいたのはレイラの兄であるリョウであった。

 タエコは洗い物の手を止めてリョウの方へ向かった。


「リョウさん、今準備致しますね。今日シチューですよ。パンとご飯どちらが良いでしょうか?」

「どちらでも構いませんよ」


 リョウがニコリと微笑むとタエコは「それでは両方準備致しますね」と言ってキッチンに入っていった。

 リョウはテーブルに座るとソファーに座るレイラを見つけた。

 レイラもリョウを見ていたので自然と二人は目があった。


「レイラさん……? 何をしているのですか? ソファーに座っているなんて珍しいですね」


 リョウはレイラに微笑みながら優しく聞いた。


「お兄様」

「ここで何をしているのですか?」

「ソファーに座っていますわ」

「そんな見れば分かる事を聞いているのではありません。レイラさん、もうすぐ学校始まりますよ。こんな所で時間を使っていていいのですか? 僕は兄として妹の心配をしているのです」


 リョウは眉を下げて首を振った。彼は登校初日にあるテストの心配をしている。レイラは悪い成績をとった事がないが彼はいつも心配する。


「大丈夫ですわ。そんな失態しませんわ」


(学校ではすれ違っても挨拶くらいしかしねぇのに、なんで家だといつもからんでくるんだ?)


「そうですか。なら良いのですが……。もし分からない所がありましたら遠慮なく聞いて下さいね。いつもで力になりますから」

「あらら、リョウさんはとても妹思いですね」


 タエコが料理をテーブルに準備しながらにこやかに答えた。それに対してリョウは「可愛い妹ですから」と微笑みながら答えた。


「レイラさん、リョウさんのようなお兄さんを持てて幸せですね」


 料理を並べ終わったタエコがレイラも方を見た。


「そうですわね。私は優しいお兄様が大好きですのよ」


 それを聞いて満足のするリョウに“ケッ”と思いながらニコリと笑うと立ち上がった。


「お兄様が心配して下さっていますし、そろそろ部屋に戻りますわ。それでは失礼致します。」

「無理のないように頑張って下さい」


 レイラは丁寧にお辞儀をすると部屋を出て行った。リョウはそれを確認すると、身体をテーブルに向けた。食事の前の挨拶をすると食べ始めた。


「タエコさん、なんでレイラさんはソファーに座っていたのですか? そのようなこと一度もありませんでしたよね」

「分かりません。食後突然お座りになりました」

「そうですか……」


 リョウは食事をしながら、じっとレイラが座っていたソファーを見た。

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