3限目 悪役令嬢だった

 レイラは音をたてない様に注意しながら、廊下に出た。そこからは音がなっても問題がないので猛スピードでトイレに駆け込んだ。

 トイレにはいるとすぐさま、鏡を覗き込んだ。真っ青な顔をしたレイラがいた。


 レイラは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、テーブルで本を読んでいた少女の事を思い出した。黒くで長い髪を両サイドで三つ編みにして、前髪が真っ直ぐに切っていた。眼鏡をかけている。しかし、度があっていないためか目を細めていた。


(変てこな格好だが初登場の河野(かわの)まゆらじゃねぇか。なんでここにいるんだ? ゲームキャラだろ)


 河野まゆらはレイラが前世、妹から借りてやろうとしたがやり損なった乙女ゲームのキャラクターだ。ゲームはやっていないがネットから彼女の容姿や性格は知っていた。


(ってことはまさか、俺はあのライバルキャラクターか? 金持ちだし美人だし成績優秀だしモブってことはないだろう)


 鏡の手をついて、食い入るように自分の顔見た。額からはじまり、目、鼻、口、そしてすこし離れて全体を見た。


(うーん。何せ、あのゲームオープンニングしか見てないんだよな。ネットで散々見た主人公の河野まゆらの顔はわかるが他はなんとなくなんだよ。確か悪役令嬢って言われてたなぁ。大道寺レイラって言うんだ。って、確か、あの子高校生で胸なかったよな。あのゲームで巨乳はまゆタソだけって話だったし)


 自分の胸を両手で触り、崩れ落ちるようにその場にしゃがんだ。

 クルリと半回転して鞄を抱きかかえて壁によりかかるとすこし黄ばみかかっていた天井が見えた。レイラはゆっくりとトイレを見回した。個室は2つありすべて空いている。このトイレには和式しかなく床はタイルである。


 いつもの図書館のトイレと何と変化していない。


(世界は何一つ変わっていない。新しい記憶が入ったわけじゃない。変わったのは俺の認識か。でも、いいなぁ。まゆタソと同じ世界に生きるて。まゆタソはいじめられるらしいけど、いじめるのって俺(レイラ)だろ。じゃ、何もしなきゃ仲良くなれるじゃね?)


 大好きなゲームキャラクターと近づけると理解した途端、幸せな気持ちになった。


(俺、女だし。声かけてもナンパだと思われねぇじゃん。よし、行こう)


 レイラは思いっきり頭をかいて立ち上がった。すると、ぼさぼさの髪で山姥のような自分が鏡に映っていた。


「あ……」


 あわてて鞄からくしを取り出し身なりを整える。家政婦がやっているようにはいかないが見られる身なりになるとレイラは安堵した。


(偶然を装って声をかけてみるか。やっぱり、良家のお嬢様らしくいかねぇとな)


 ニヤニヤ笑いを天使の微笑みに変えて鞄を持ち直すと、そっとトイレの扉に手を添えてお嬢様らしく開けると外にでた。

 廊下は誰もいなかったが、誰に見られても良家のお嬢様に見えるように姿勢を正してゆっくりと歩いた。

 さきほど飛び出した部屋に戻るとレイラはまゆらを探した。


「いた」


 本を探しているまゆらは発見すると小さな声でつぶやいた。

 まゆらは目的の本を見つけたようだがとどかない様であり、背伸びをして必死に手を伸ばしている。それを見てレイラはゆっくりと彼女に近づいた。


「これが欲しいのですか?」

「え?」


 声を掛けるとまゆらは驚いていた。レイラは優しい笑顔になるように意識しながら、本をとった。

 レイラはまゆらより少し身長が高いそのため、彼女が届かなかった本をなんなくとる事ができた。


「これで間違いありませんか?」

「あ……はい。ありがとうございます」


 まゆらはレイラの顔を見ると、一瞬硬直したがすぐに本を両手で受け取り深々と頭を下げた。その時彼女の眼鏡が床に落ちた。


「あ……」


 まゆらは本を抱えて頭を下げた姿勢のまま声をあげた。

 レイラはすぐにスカートを手で抑えると膝をおりしゃがむとまゆらの眼鏡を拾った。


「え、あの……」


 まゆらはレイラから受け取った本を落とさないように両手で抱きかかえながら頭をあげると目を細めで、レイラを見ていた。

 レイラは彼女をチラリと横目で見た。


(まゆタソ、カワユス。あの目が大きく開くともっとカワユイんだよな)


 レイラは心の声が表情に出ないように顔の筋肉に力をいれ、鞄から自分の眼鏡ケースを取り出すと眼鏡拭きを取り出しまゆらの眼鏡をふいた。

 拭き終わると床のゴミが一つないか丁寧に確認した。

 年季の入った眼鏡であったがレンズは綺麗であり丁寧に使われていることがわかった。


「随分と大切にしているのですね」


 鞄に眼鏡拭きと眼鏡ケースをしまい、立ち上がった。


「あ、いえ……それしかなくて……」

「物を大切にするのは素晴らしいことですわ」


 両手の上に眼鏡を乗せて丁寧に渡した。すると彼女は顔を赤くして床を見たがすぐレイラに視線を戻した。


「あ、ありがとうございます」


 まゆらは本を脇に抱えると両手で眼鏡を受け取り、顔に押し付けるようにかけた。が、すぐにズルリと眼鏡がズレた。

 テンプルが広がり顔にあっていないのですぐにズレてしまうようだ。


(まゆタソに眼鏡をプレゼントしたいなぁ)


「あの……すいません。私の汚い眼鏡で綺麗な眼鏡拭きを汚してしまって」


 まゆらは足につくのではないかというほど、頭が下げていた。レイラはすこし身体をかがめてまゆらの肩を優しく撫ぜた。


「気にしないで下さい。貴女の眼鏡は汚くはありませんわ。大切に使われた素晴らしいものです。ただ、もしかして度あってませんわよね」

「え……そうなんです。でも、新しいのはなかなか……」


 眼鏡を抑えながら身体をおこしたまゆらの顔はほんのり赤くなっていた。


(まゆタソ、その眼鏡じゃ生活しずれーよな。応急処置として度が合えば俺の眼鏡あげてもいいけど、今日会ったばかりの他人から受け取らねぇよな。どうすかっな)


 レイラは考え事をしながら、まゆらを上から下のまで見ると彼女の持っている本に目がいった。それは、レイラが取ってあげた本だ。


(あれ? さっきはとるだけでタイトル見なかったがあの本ってまさか……)


「貴女、その本を理解されているのですか?」


 レイラは手のひらを上にして、4本の指でまゆらが持つ本を指した。すごく気になったが相手が不安にならないように興奮する気持ちを抑えて話をした。


「え、あ、この本はまだですけど一つ前のでしたら……」

「マジか」


 レイラは驚きのあまり思わず、素の言葉が出てしまった。突然の変わりようにまゆらは目を大きくした。レイラは慌てて、取り繕うように「失礼致しました」と言ってまゆらに笑いかけたが苦笑された。


「えっと、その……敬語苦手でしたら普通に話して下さい。えっと……」

「だいど……あ、いえ……レイラです」


 レイラは名字から名乗ろうとがすこし考えて名前だけを名乗った。


「え?あ、レイラ……さん……?」

「あ、はい」

「私は……えっと、名前の方がいいのでしょうから?」

「いえ、そういうわけではありませんが家の一人ではなく私自身を見てほしくて名前を名乗りましたわ」


 ニコリと精一杯の笑顔を作るが嘘くさくならないかレイラは不安であった。まゆらは照れたように「まゆらと言います」と名乗ったのでレイラは安心した。


 彼女は眼鏡を抑えず、背の高いレイラを見たため眼鏡は少し下にずれた。すると、慌てて眼鏡をおさえた。

 眼鏡のテンプルを両手で抑えながら、見られるとその可愛さにレイラは叫びそうになったが我慢した。


(ヤバス。カワユイ。シネル)


 レイラが黙っているとその沈黙に耐えられたなかったのか、まゆらは言葉を探すように話し始めた。


「あ……、えっと、レイラさんは敬語が苦手なんですよね? まゆらと呼んで下さい。敬語も大丈夫です」

「え? 本当? でも、それはできませんわ」


 レイラは暗い顔をすると下を向いて首を降った。


「どうしてでしょうか?」

「座りましょうか」


 レイラはそう言うと鞄を拾い、テーブルへ向かった。まゆらは本を両手に持ち替えてレイラの後を追った。


 誰もいないため、どこでもテーブルも座れた。レイラはテーブルを見回して、まゆらの荷物が置いてある椅子の隣に座った。


 レイラが座り、足ともに鞄を置くと、続いてまゆらも座った。手に持っていた本をテーブルに置き、椅子の上にあった荷物は床に下ろした。

 レイラはまゆらが椅子に座ったのを確認すると、少し椅子をまゆらの方にずらした。すると、まゆらも同じようしている。


(お気遣いまゆタソ、カワユス)

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