2限目 まさかのまさか
都内の一等地に大きな家と小さな建家が2軒並んで建っていた。更に手いれの行き届いた庭。誰が見ても裕福に見える。
その浴室で、大道寺レイラ(だいどうじ れいら)は自分の身体を触りため息をついていた。
彼女は前世の男であった記憶を持っていた。
女の子に転生したと気づいた時に大喜びしたがいつまで待っても大きくならない自分の胸に落ち込んでいた。更に、彼女の気持ちが落ちる出来事があった。
彼女は今年4月から桜華(おうか)学園中等部に通いはじめた。
「金持ちになったのはいいけどよ。通ってるのが進学校じゃねーか」
初日の授業を受けて固まった。初等部のときも難しいと思っていたが、中等部にはいってから更に加速した。
ただ、この身体の持ち主は記憶力がよく覚えるのは苦労しなかったが覚えるだけではダメで、自宅学習は必要だった。それをしないと授業に追いつけない。
(この自宅学習ってのがヤバイ量なんだよな。前世はこの100分の1も勉強してねぇー)
「勉強から逃げて就職したのに、また勉強の世界に戻された」
浴室の鏡に手をついて再度ため息をついた。
「あーークソが」
右手で思いっきり壁を叩いたため、手が赤くなった。痛みを感じたがそんな事気にならないくらい気持ちが落ちていた。
「はぁ」
いつまでも浴室にいるわけにもいかないので、シャワーを浴びると浴室を後にした。
脱衣場に出ると横にある鏡にレイラの全身がうつった。彼女はニヤリと笑い鏡に近づくと、自分の顔に触れた。
(釣り目で、キツイ顔だが美人だ)
現世の顔には満足していた。しかし、胸に手をやるとため息がでた。引っかかりのない胸。
「女の胸っていつおっぱいになるんだ」
「レイラさん。そんな乱暴な言葉を使ってはなりません。確かに女性としては胸の発達は気になりますよね」
レイラの専属家政婦の一人の鈴木(すずき)トメの凛とした声が聞こえた。それから彼女は「失礼致します」と言ってタオルで優しくレイラの身体を拭いた。
「トメさんの前だけだろ。オヤジたちの前ではオンナノコしてるじゃねぇか」
レイラがぼやくとトメは眉を下げて、ゆっくりと首を振ると優しくレイラに声を掛けた。
「そうですが……、まぁいいでしよ。」
トメは眉を下げて諦めると話題を切り替えた。
「汗は流せましたか? 今日も気温が高いようです」
「あぁ、午前中にのピアノの稽古だけでびっしょりだ」
「ピアノ室の空調に問題がありますか?」
トメはピアノ室の様子を思い出しながら、レイラに確認すると彼女は首を振った。
「いや、ないけどあまりエアコンばかりに頼りたくねぇ。だから、今日はなしで弾いた」
「そうですか。ですからピアノの山下先生の髪も濡れてらしたのですね」
トメは“ふふふ”と笑うとレイラの身体に保湿クリームと日焼け止めをつけて服を着せていく。レイラは彼女の手を見た。服を着せてくれるトメのシワシワな手がレイラは好きだった。
幼い頃から世話になっているトメはレイラにとって祖母と同じような存在だった。
「レイラさんももう中学生ですから着替えはご自分でなされますか?」
「まだ、子どもだよ」
寂しげな声をあげると、トメは首を困った顔をした。
レイラは気の知れたトメに身支度をしてもらうのが好きであったためやめたくはなかった。だから悲しいと言う気持ちを全面に出してアピールした。
「お兄様のリョウさんは自分で全て行いますよ」
「まだ子どもだよ」
首を傾げて、弱々しい声を出すとトメは「そうですね」とレイラをギュッと抱きしめた。自分に甘いトメがレイラは大好きであった。
トメはレイラから離れると、彼女を鏡台に促しながら声を掛けた。
「今日も図書館へ行かれますか?」
「あぁ」
レイラは休日の殆どの時間を図書館で過ごしている。自宅でも学習は出来るがずっと引きこもっているよりも外に出たかった。
「お車の準備いたします」
「歩いて行きたい」
「なりません」
図書館は徒歩15分くらいの場所であるため毎回歩いて行くことを希望していたが承諾されたことはなかった。
安全のため言われ通学を含む全ての外出は車だ。レイラはそれを煩わしく思っていた。
(安全のためは建前で監視してぇだけだろ)
レイラは頷くと鏡台に座った。そして自分でコンタクトレンズをつけると、トメが髪を結い始めた。
目の前の鏡にはレイラがうつっている。幼少期は気にならなかったが最近自分の顔をどこか別の場所で見たことがある気がして仕方なかった。
(ドッペルゲンガー?)
馬鹿な事を考えだと彼女は目をつぶった。本当にドッペルゲンガーに会っていたとしたら自分はもうこの世にいないはずである。
「いかがですか?」
トメに声を掛けられて、レイラは目を開けた。彼女は鏡を持ち、レイラの後ろ髪を移した。こうする事で、目の前の鏡と合わせ鏡になるため本来見ることができない後ろ髪を見ることができるのだ。
サイドを編み込みそれを真後ろでしばってある。そこをキラキラと輝く蝶のバレッタで止めてあった。
上げた髪は全体の半分ほどであり、残りは下ろした。
本当はショートにしたいと思っていたがトメに毎回やんわりと断られた。
「今日も派手な髪型だ」
「よくお似合いですよ」
「どーも」
トメがニコニコとレイラを褒めたるとレイラは嬉しそうな顔して鏡を見た。
(今日の俺(レイラ)も可愛いな)
レイラは、どんな髪型でも服でもよく似合いこの顔が気に入っていた。前世の自分の顔をよく覚えているからこそ余計に思うのだ。
準備が整うと、トメは室内についている電話機から電話をかけた。すぐに繋がり、短い会話をするとすぐ切った。
レイラはトメと共に部屋をでた。
「レイラさん。いつもの様に眼鏡を入れておきましたので必要でしたらお使いください。それではまた明日よろしくお願いいたします」
「ええ、ありがとうございました」
レイラはトメから鞄を受け取ると、車の後部座席に乗りこんだ。運転手はレイラが乗ったことを確認すると、声を掛け扉を閉めて運転席に乗った。
レイラは窓からトメに手を降った。彼女の今日の仕事はここまでだ。レイラの帰宅後からはトメに代わり佐藤(さとう)サトエが彼女の世話をする。
運転手はレイラに声を掛けると車を走らせた。すぐに車は目的地についた。
「レイラさん。到着しました」
そう言って運転手は運転席から降りると後部座席の扉をあけた。レイラは鞄を持ってゆっくりと車から降りた。
「お迎えはいつもの時間でかまいませんか」
「ええ。よろしくお願いいたします」
返事をしながら、運転手からチョーカーを受け取り首に着けた。運転手はそれを確認すると頭が下げてレイラを見送った。
レイラは図書館へ足をすすめ、運転手に見つからない様にため息をつきながら、チョーカーを引っ張った。
「首輪なんかつけやがって犬かよ。それにしても熱いな」
夏休みも終わりに近づいていたが、車を降りて数分歩いただけで汗が噴き出てくる。
駐車場から図書館の玄関まで長い桜の木に囲まれた道を通らなくてはならなかった。真夏の今は桜の木は青々を茂りセミが止まっていた。
レイラはうるさいほどセミが鳴いている道を歩いていった。
図書館に入ると涼しい風と共に古書のにおいがレイラのもとにやってきた。彼女はその空間に癒された。
(勉強は嫌だが、読書は最高だ)
平日の昼間であるため図書館の利用者はすくない。
レイラも普段は学校に通うため、平日に日中に来ることは殆どないが長期休暇は逆にほとんど図書館にいた。
二階に上がり、レイラはいつものお気に入りの部屋へ入った。そこには、専門書が多くある。中央にはテーブル数台あり学習ができるようになっていた。
いつも通り人影はなく静まりかえっていることレイラはあたりを見回して確認した。
誰もいない空間に、心が落ち着いた。しかし、それも束の間であった。なんと一番奥のテーブルに人影を見つけた。
(え、マジ? いないと思ったのに)
レイラはその場で足を止め、本棚の影からそっと、テーブルに座る人物をみた。知り合いならば移動しようと思った。しかし、人物の正体が分かると彼女は目をこれ以上開かないくらい開けた。
「え?」
レイラは思わず声を出してしまい、慌てて口を抑えて本棚の影に隠れ座り込んだ。
(まさか、まさか、まさか)
立ち上がりもう一度、本棚の影からゆっくりと見る。その人物が本から顔上げると気づかれないように気をつけながら相手の顔をじっくりと見た。
(間違いねぇー)
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