さよなら、澪
サイレンが鳴り響く中、柊はまったくその音が聞こえないかのように落ち着き払っていた。
「美術教師が軍人の霊に驚き、飛び出して、はねられたのと同じ満月。
今日、此処で肝試しをやるのは嫌だった。
『奴』が現れそうな気がしたから」
奴……?
柊を目を伏せて言う。
「でも、来ないでいることはきっとできない。
それに……」
それに? と柊を見たとき、軍靴の音が下の階から聞こえてきた。
階段の方をうかがいながら、柊は言う。
「澪。
俺はずっと知っていたんだ――。
いつかこの日が来ることを」
割れるようなサイレンが窓の外、赤い空に響いている。
空が赤いのか、町が燃えているのか。
周囲の建物が焼け、火の粉が降ってくるのが窓越しに見えた。
「逃げろ!
兵舎にも火がついた!」
誰かが叫んでいる。
ふと見ると、階段下に炎が見えた。
柊は逃げる気もないような顔でそちらを見ている。
「澪」
と静かに呼びかけてきた。
「お前はこれから、新しい学校の怪談になるんだ」
お前はこれから怪談になる。
そう言われて、恐ろしくない人間がいるだろうか。
だが、恐ろしいというより、ただ、不思議な感じがしていた。
さっきまでの達観したような瞳ではない。
今まで見たことがないような熱い瞳で柊が自分を見ていたからだろう。
柊が自分の手をつかみ、抱き寄せる。
燃え移った火のせいか。
熱を持っている階段側の柱に押しつけるようにして、柊は口づけてきた。
自分を抱き締めてくる柊の体温を柱よりも熱く感じる。
間近に澪を見つめ、柊は言った。
「……さよなら、澪」
柊が澪の耳許である言葉をささやく。
えっ? と思う澪を柊は階下の炎に向かい、突き飛ばした。
あっ、と小さく叫んだ澪の身体が空中に放り出される。
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