第31話 伯爵邸食事会


 沙汰が終わり、後始末が終わった後で、リリィは改めてザイード伯爵邸へと招かれていた。


 リリィを迎えた直後の伯爵邸内に漂う雰囲気は、緊張と安堵が混じりあったような何とも微妙な空気といったところ。


 主を大胆な裁きで救ってくれた王女への尊敬と感謝の念。同時にその彼女を迎えて粗相など出来ぬといった極度の緊張がこの空気を作り出したのだろう。


 しかしながら、彼女が到着してから数十分後。食事が始まると膨らんでいた緊張感が霧散しつつあった。


「うめェですわ! うめェですわ!」


 パクパクと食事を食べるリリィの姿は、見ているだけで大変気持ち良かった。


「この食材は何ですの? これはカウミルクを使っていますの?」


 領内で作られた特産品をお出しすれば「美味い美味い」と言って詳細を伯爵や料理人達に質問し、貴族が「平民の食べ物」と称する魔獣食材ですら美味しそうに食べるのだ。


「本当にリリィ様は魔獣食材もお食べになるのですね」


 伯爵と娘ニーナ、伯爵邸に仕える者達も含めて、全員事前にアンコから「リリィ様は最近、魔獣食材も口になさっています」と連絡を受けた。


 その要望に半信半疑であったが、美味しそうにカウミルクや魔獣肉を食べるリリィを見て、ニーナは改めて感想を口にしてしまう。


 少々不敬な質問であった、と言ってから気付くニーナは慌てて口を手で覆ったが……。

 

「ええ。最近、ハマっていますのよ。美味しい物は美味しい。これが真理ですわ」


 美味いモンは美味い。そこに貴族や平民といった身分の差はなく、美味しいから美味しいのだと、彼女はカウミルクのチーズをパクリと口に頬張りながら言った。


「本当にザイード伯爵領は美味しい物だらけですわ。これまで知らなかったのが悔やまれましてよ。もっと早く、色々な物を味わっておきたかったですわ」


「リリィ様……」


 ザイード伯爵領に住む者達にとって、これほど嬉しい言葉は無いだろう。


 ずっと「二番手」と言われ続けて来た彼等は、どうにか地位を向上できないかと頑張ってきた。魔獣を使った美味しい食材の開発を皮切りにしてみても、王都の貴族連中からは「所詮は魔獣を使った平民寄りの食材」と見下されてきたのだ。


 黄金小麦を開発してもその扱いは変わらない。金や銀を好む王都貴族からは「田舎貴族」として馬鹿にされてきた。これまで溜まった怒りが今回の事件に繋がってしまったが――


「うめェですわ!」


 自領の民が丹精込めて作った物を、ザイード伯爵領産の食材を使った料理を満面の笑みで楽しむリリィを見て、ザイード伯爵は心から自分の行動を悔やんだ。


「リリィ様。まだ食べられますか? 次は是非、カウ肉の野菜巻きを食べて下さい」


「まぁぁぁ! これは何ですの!? 野菜で肉を巻いていますの?」


「はい。領内で採れたシャキシャキのレタスにカウ肉を巻いた簡単な料理ですが、中は少しピリ辛なタレで味付けしているんですよ」


 味付けはニーナが言ったように、エルフの国から輸入した醤油をベースに細かく切った唐辛子を混ぜた簡単なタレだ。


 頬張ればシャキシャキと新鮮で瑞々しいレタスの食感が心地良い。直後にピリ辛タレで味付けされた肉の味がぶわりと広がる。だが、レタスがあることで辛さが緩和されており、丁度良い塩梅だった。


「たまんねえですわ! このレタスが肝ですのね!」


「はい! パンの上に乗せて食べても美味しいんですよ!」


 野菜巻き単体を味わった後で、ニーナは耳を切り落としたホワイトブレットの上にレタスを乗せた。その上にカウ肉ソテーを乗せて、上からタレをかける。


 こぼれ落ちないようパンを少し折って、ナイフやフォークを使わず手で持ってはガブリと一口。貴族の食事としては、少々マナーがなっていない。だが、これが平民と共に歩んで来たザイード家の食べ方だ。


「ほうほう……」


 リリィはニーナの食べ方を馬鹿にする事などなかった。それどころか、真剣に食べ方を観察してすぐに実践してみせる。


 バクリと頬張って、彼女の目はキラキラと輝いたのだ。


「うまぁぁ! うますぎィ!」


 パンの柔らかさ、シャキシャキレタスの食感、肉の重厚な食感とタレの味が絶妙に絡み合う。これだけでも美味しいが、リリィの脳裏に衝撃的な考えが浮かぶ。


「ハッ! これ、チーズを乗せたら最強なのではなくて?」


 一口齧ったパンを皿に置くと、鍋に入ったとろとろチーズを追加した。零れぬように手で持つと、またもや大きな口を開けてバクリといく。


「やっぱりですわぁぁぁ!!」


 たまらん、たまらん、と頬張り続けるリリィにザイード伯爵は笑みを浮かべてしまう。


「殿下はカウミルクがお気に入りですかな?」


「ええ。王都で飲むミルクも美味しいですが、カウミルクはチーズやシチューにすると絶品ですわね。ああ、勿論、デザートにも最適ですわ」


 恐らく、飲み物としてのミルクは王都近郊で生産された動物の牛から搾るミルクが適している。対するカウミルクは加工製品として使うのが適しているのだろう。


 その理由は、やはりカウミルク独特の濃厚さが最大の理由である。


「なるほど……。では、カウミルクをベースに考えてみましょうか」


 次世代の主食を開発するにあたって、合わせる食材の候補としたか。ザイード伯爵は黄金小麦とカウミルクを軸にしようとしているのかもしれない。


 廊下まで漏れ聞こえていた話を聞いたのか、銀のワゴンを押しながら入室してきた料理人がニコリと笑う。


「でしたら、王女殿下にはご存分に堪能して頂けそうです」


 そう言って、食事の大トリとして用意されたのは、待ちに待ったデザートだ。


 白い皿に置かれたのは黄金小麦で作ったケーキのスポンジ部分だけ。しかし、ここからリリィが歓喜する出来事が始まる。


「お好きなだけ乗せて食べられるよう、別々にご用意致しました」


 銀の椀に盛られたのは白くてふわふわした物。彼女が公務中に大好きになったカウミルクのホイップクリームである。


 その隣に置かれたのは、銀の皿に山ほど乗ったカットされた色とりどりの果物達。


「キタァァァァッ!!」


 リリィは我先にとホイップクリームをすくうスプーンを手に取った。山盛りたっぷりにスポンジの上へドン。その上にイチゴやキウイ、さくらんぼやオレンジを乗せていく。


 彼女の欲望がこれでもかと乗せられたケーキを一口大にカットして、大口を開けてはフォークでぱくり。


「うんめェェェェ!!」


 これぞ至高。これぞ至高のデザートである。


 黄金小麦で作ったスポンジケーキの上にふわっふわのカウミルクホイップクリーム。その上に乗った宝石のようなカットフルーツが甘さと調和する。


「リリィ様。こうしてスポンジで挟むのも美味しいですよ」


 ニーナの声に惹かれて顔を向けると、彼女は黄金小麦で作ったスポンジケーキでホイップクリームと果物を挟んでいた。しかも、その上にまたホイップクリームを満遍なく乗せて、イチゴを頂点にぽよんと乗せているのではないか。


「な、なんて! なんて贅沢な所業! 背徳の極みですわ!」


 それは生産地ならではの贅沢か。貴重で高価な黄金小麦スポンジケーキでサンドするとは。


 リリィは最初に作った自作ケーキを平らげた後、ニーナに習って同じ物を作り出す。そうして、口に運ぶと彼女の両目から自然と涙が零れた。


「ああ……。これぞデザートの極みですわ……!」


 今、彼女は王城で妄想していた最高のお菓子以上の物を口にしている。心からそう思えた。


 妄想していた物よりも遥かに素晴らしい。これこそがお菓子の頂点。これこそがデザートの王様。これこそが、至高のケーキといえる出来栄えだった。


 全てを食べ終わった後、リリィはアンコに口の周りを拭かれながら言った。


「どれも素晴らしい物でしたわ。ジゾ村で出会った柔らかいパンにイチゴ、ファム村で出会ったカウミルク。チーズもヨーグルトも最高でしたわ。宿で食べたシチューも格別に美味しかったですわ」


 今日まで味わってきたザイード伯爵領の特産品の感想を一つ一つ口にしていく。


「どれも本当に美味しい。ですが、この地においての一番は黄金小麦でしょう。黄金小麦と領民の作り出した特産品を合わせたら、もっともっと素晴らし物が出来るに違いありませんわ」


 そう言った後、彼女はザイード親子を真正面からしっかりと見つめて告げる。


「お二人共、よく頑張りました。これからも励みなさい」


 彼女の言葉にザイード親子は肩を震わせた。ニーナの瞳からはじわりと涙が滲み、慌てて瞼を閉じる。


 親子だけじゃない。ザイード家に勤める領民代表達は揃って涙を漏らした。


 こうなった理由は、長年「田舎貴族」と罵られてきた彼等が、この国の王女に認められたからだろう。頑張って作った食材を美味しいと言ってくれて、最後はよく頑張ったと認めてくれたから。


「リリィ王女殿下、勿体無きお言葉にございます」


 ザイード伯爵は彼女の言葉を胸に刻むように深く頭を垂れた。


 この日を以って、彼等は変わったのだ。


 もう田舎貴族なんかじゃない。


 王女殿下御公認の『美味しい物がたくさんある領地』の領主として、胸を張れるのだから。

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