第29話 見つけたァ


 同時刻、領主邸にて。


 執務室にある窓の前に立ちながら、赤い瞳の男はほくそ笑みながら外を見ていた。


「今頃は王女が宿に案内されている頃だろう」


 赤い瞳の男は窓の外を眺めながら、王女達の行動を想像していた。


 宿に到着した王女一行は、まずは旅の疲れを癒すに違いない。一行が一息ついている間、彼の計画はスタートする。


 まず、宿で馬車を預かる者は彼の部下だ。預かった馬車は即座に回収され、宿の馬場から消え失せる。これで王女達の足を奪う。


 夜になったら宿を包囲した後に、部下達による奇襲が開始。護衛を殺して王女を誘拐する。


 仮に宿から逃げ出せたとしても馬車は無い。逃走手段を失った一行は街から逃げ出そうとしても機動力が足りず、自分の部下とザイード伯爵が保持する騎士団を使って仕留めれば良い。


 街に入ったら最後。王女は捕獲され、黄金小麦を乗せた輸送馬車と共にアジャダブ王国へ送られる。


 そういった計画であった。


 そういった計画であったのだ。


「…………」


 赤い瞳の男を背後から睨みつけるザイード伯爵。彼の元に息を切らした一人の騎士が飛び込んで来た。


「だ、旦那様! 屋敷に向かって来る馬車が!」


「なに?」


 振り返り、聞き返す伯爵に騎士は言葉を続ける。


「遠目から確認した結果、馬車は王女殿下の乗る馬車だと推測されますが如何いたし――」


「門を閉めろ! 妨害するんだッ!」


 横から割り込んだのは赤い瞳の男だった。彼は騎士に門を閉めろと命じた後に「さっさとやれ!」と怒声を上げる。


 伯爵も頷いたことから、騎士は慌てて外へと向かって行った。


「貴様の娘は使えんなッ!」


 計画が崩れた事で赤い瞳の男はお怒りのようだ。伯爵に「無能な娘」と罵倒を繰り返した後に、再び窓の外を見た。


「……まぁ、いい。王女を捕まえる事は変わらんのだ。予定が繰り上がったにすぎん」


 チッ、と舌打ちしながら窓の外に視線を向け続けていた赤い瞳の男。王女捕縛に向けて部下を集めようとしたら――。


「んん!? な、はぁ!?」


 彼の目に映ったのは閉じられていた鉄の格子門がバラバラに吹き飛んでいく光景であった。



-----



 伯爵邸へ全速前進。


 命令を受けたメディナは馬に喝を入れ、メインストリートを爆走しながら突き進む。街の最奥、緩やかな坂を登ったところにある領主邸が見え始めると――


「お、お、お、お姉様! 前、前、前!!」


 同じく御者台に座るユンが前方を指差しながら叫ぶ。彼女の目に映るのは鉄の格子門が閉まった屋敷だ。恐らく、彼女は「門が閉まっているので激突してしまいます」と言いたいのだろう。


「代われ!」


 メディナは焦りで言葉足らず状態なユンに手綱を握らせると、御者台に立って腰の剣を抜いた。


 鞘から抜かれた剣の刀身は、彼女が身に着ける鎧と同じく白銀の色。銘を聖剣アロンダイト。


 それは王より下賜された、名の如く『聖剣』である。


「吼えろ! アロンダイトッ!」


 突きの構えを取ったメディナは格子門を睨みながら叫ぶ。すると、構えていた剣の刀身に白い光が集まっていく。徐々に光は強くなっていき、最大までチャージされると剣の刀身からは「ビャー!」という異音が鳴った。


「セエエエイッ!」


 ビャー! と鳴るアロンダイトをまだ距離のある格子門へ突き出すと、刀身からはレーザーのような光が発射された。


 レーザービームのような光は格子門にぶち当たると、轟音と共に門を根こそぎ吹き飛ばす。防犯用として遺憾なく機能を発揮していた巨大な鉄の格子門は粉々になって宙を舞い、細かくなった破片が空から降り注ぐ。


「は、はわわ!?」


 それは魔法なのか、それとも別の何かなのか。ユンには皆目見当は付かなかったが、彼女が唯一理解できたのは「門ってあんな簡単に吹き飛ぶんだ」という事だけである。


 王女が化け物ならば護衛する女騎士も化け物か。いや、まだメディナの方が説明できる範疇の強さかもしれない。


「黄金小麦は裏の倉庫と言っていたな! そちらに向かう!」


 ユンから手綱を奪い取ったメディナは、鴉より受け取っていた情報を元に馬車を裏庭へと走らせた。


 裏庭へと到達すると、大きな倉庫前に作業員らしき男達の姿があった。馬車を停めたメディナは御者台に立って叫ぶ。


「王女殿下の御前であるッ! 全員、平伏せよッ!」


 メディナの叫びに三人の男達が即座に平伏した。平伏した彼等は純粋なヴェルトリアン人なのだろう。身なりからして、屋敷に勤める使用人と思われる。


 だが、残り数人は立ったままメディナを睨みつけた。平伏するどころか、腰に差していた剣を抜いて戦闘態勢までとったのである。


「なるほど。貴様等が不埒者か」


 御者台から飛び降りたメディナはアロンダイトを男達に向ける。彼女からは強者たる殺気と鋭い眼光が向けられるが、それでも相手は剣を構えて退かぬようだ。


「フフフ。貴様が薔薇のメディナか」


 彼女が男達を切り伏せようと構えた瞬間、屋敷の方向から別の声が聞こえてきた。顔を向ければ、赤い宝石が取り付けられた魔法の杖を持つ男とザイード伯爵の姿が。


 杖を持つ男の顔をよく見れば瞳が赤い。ヴェルトリアン人には珍しい瞳の色を見て、メディナは男の正体に気付く。


「貴様、アジャダブ人か?」


「正解だ。王国の脳筋猿共め」


 赤い瞳の男はゆっくりと歩きながら移動して、倉庫の前に立った。


「何が目的だ?」


 メディナが問うと、赤い瞳の男はニヤリと口角を吊り上げた。


「目的だって? 決まっているだろう。王国を滅ぼして奪う事さ」


「黄金小麦を回収している事もか?」


 ガタガタ。


 メディナが「黄金小麦」と単語を口にした瞬間、背後にあった馬車のキャビンがガタガタと揺れた。


「これは我が王が所望していてね。ついでだから王国侵略への仕込みをしようとしていたのだが、随分とタイミングが良かった」


 赤い瞳の男はリリィが乗っているキャビンに目を向けて、再びニヤリと笑う。


「黄金小麦と王女を持って祖国に――」


 ガタガタ。


 まただ。また「黄金小麦」という単語を口にした瞬間、キャビンが再びガタガタと揺れた。


 不審に思ったのか、赤い瞳の男は喋るのを止めてキャビンに注目する。すると、ゆっくりとキャビンのドアが開かれた。


 中から出て来たのは――


「お"がじィィィ……」


 コホーコホー、と瘴気に似た何かを口から吐き出すリリィであった。


 その姿は見るからに限界だ。黄金小麦型お菓子欠乏症の末期症状が出てしまっている。


「おやおや。わざわざ姿を見せてくれるとはね。光栄だよ!」


 しかしながら、赤い瞳の男はそのような病気を知らない。だって、リリィが発症するのは彼女特有の病気だから。お菓子好きなワガママな王女だけが発症する他に前例の無い禁断症状である。


 何も知らぬ男はニヤリと笑い、魔法の杖をリリィに向けた。


「このまま捕獲してやろう。なに、安心したまえ。眠らされて、この黄金小麦と共に馬車で運ばれるだけさ!」


 はーっはっはっはっ! と高笑いする赤い瞳の男。実に暢気な事だ、とだけ言っておきたい。


 繰り返しになるが、リリィは限界だからである。


「貴様なんぞにリリィ様も、黄金小麦もくれてやるものかッ!」


 おっと。言ってしまったぞ、決定的なキーワードを。それを聞いた瞬間、リリィの頭の中で出来上がってしまった。


『目の前にいる男 = 黄金小麦を持ち去る不届き者』


 という図式が。


 となると、どうなるか。もうお分かりだろう?


「お"がじィィィィッ!!」


「え? あ――」


 次の瞬間、暴走したリリィの飛び膝蹴りが赤い瞳の頭部に突き刺さる。


 グシャッ、とリンゴが潰れるような音が鳴った。


 周囲にいた者達にはそれくらいしか認識できなかっただろう。


 瞬きを繰り返して状況を確認すれば、顔面にモザイク処理をせねばお見せ出来ぬ状態のの体がクルクルとコマのように回転しており、春の暖かな風がふわっと吹いた瞬間に地面へと沈んでいく。


 念の為に言っておくが、地面に沈んだのは元人間とは赤い瞳の男だ。手に握られた魔法の杖がその証拠である。彼は断末魔すら上げる暇もなく、リリィの膝蹴り一撃だけであの世へ召されてしまった。


「スゥー!」


 ユンは気絶しそうになったがグッと耐えた。目をひん剥いたまま口をタコみたいにして、思いっきり新鮮な田舎の空気を吸いながら何とか耐えた。チビりそうだったのも足を内股にして全力で耐えた。


 彼女は確かに成長しているのである。


「ユン! 他の者を制圧する!」


「スゥーッ!」


 メディナの叫びに何とか反応して、内股になったまま息を吸い込んでは弓を撃った。こんな状態で狙った敵を外さないのは、元Aランク冒険者として幾度も戦いを生き抜いて来たからだろう。


 メディナも剣で男達を切り伏せ、その場は完全にリリィ達が支配する事となる。


「お"がじィィ!」


 しかし、問題はリリィだ。


 暴走する彼女は閉じられた倉庫のドアをガリガリと引っかいて、中にあるであろう黄金小麦に反応を示している様子。


 恐らくは飛び膝蹴り一撃で殺害した男の事すら覚えていないだろう。彼女の思考を支配するのはお菓子への執念と渇望だけである。


「お"がじィィ! ケヒャー!!」


 怖い。怖すぎる。


「スゥーッ! スゥーッ! スゥゥゥッ!!」


 ユンはアジャダブ人と戦った事よりも、目の前でヤベー奴になっている王女の方が怖かった。何度も息を吸っては気を落ち着かせる。ここに全く新しい対気絶用呼吸法が確立されたのである。


 そんな状況の中、暴走するリリィに歩み寄るのは専属侍女たるアンコ。彼女はリリィに近付いて、肩をぽんぽんと優しく叩いた。


「お"がじ――」


「リリィ様。三時のおやつにございます」


 やべー顔のまま振り向いたリリィのお口に、アンコは指で摘まんでいたクッキーを放り込む。


 放り込まれた途端、サクサクサクと音を立てて咀嚼されていくのは黄金小麦を使って作られたクッキーであった。


「うめぇですわ!」


 リリィは 正気を 取り戻した。   

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