第26話 お菓子はやっぱり


 最終目的地であるザイード伯爵の街と、ファム村の中間にある集積所に到着したのは同日夕方であった。


 この集積場はザイード伯爵領において、輸送の要衝と言われる場所だ。


 ザイード伯爵領内で生産された小麦や各加工品の中で、領外輸出分として決められた量の物資はこの集積所に運び込まれる。そこから王都や各他領への輸送分を細かく分別・仕分けした後、馬車に積み込んで輸送開始……という流れだ。


 王都や他領からやって来た商人がこの場所に集まり、買い付けや定期購入分の確認を行う事もあって街同様の賑わいを見せる場所である。


 正式には村や街とはされておらず、あくまでも輸送に関する施設として誕生した場所だが、多くの商人が訪れる背景から敷地内には食堂や宿などが多く経営されている。


 公務として訪れたリリィが一泊するには少々格の足りない場所か。そう思われたが、メインストリート沿いに平民用の宿が並ぶ中、最奥には一際目立つ大きな宿が見えた。


 あの一番大きな宿が今晩宿泊する宿です、とメディナが告げて、馬車を宿の前まで移動させる。


「…………」


 宿の前で馬車から降りたユンは思った。


 またかよ、と。


 宿の大きさは木造三階建て。最上階のフロア全てが王族用として用意された宿らしい。まぁ、そこまでは良い。王族が宿泊するならそういった仕様になるのも当然かもしれない。


 だが、ユンは聞いてしまった。


「この宿、出来上がるまで早かったなー」


「そうだなぁ。あっという間に出来たよな? 着工、先週じゃなかった?」


 と、話しながら歩いて行く集積場で暮らす者達の会話を。


「ユン! 中に入るぞ!」


「あ、はい!」


 住人の背中を見送っていたユンはメディナに呼ばれ、馬車に積まれていた荷物を持って宿の中に。


 宿の中はとても綺麗だった。平民用の宿とは比べ物にならないほど清潔感溢れているし、フロント付近に置かれている花瓶や壁の装飾等は完全に王侯貴族仕様である。


 更にはフロントの中央、フロントに立つ老紳士の背後に飾られているのはリリィの肖像画。


 ユンはそれを見て、いよいよ確信した。


「ようこそいらっしゃいました。当宿の従業員一同、心を込めて殿下をおもてなしさせて頂きます」   

 

「くるしゅうないですわ」


 綺麗にお辞儀してリリィを迎える老紳士と従業員達。彼等に労いの言葉を掛けた後、リリィは食堂で食事がしたいと告げる。


「承知致しました。本日のメニューは領内の食材を使った特別仕様にございます」


 どうぞ、ご堪能下さいませ。そう告げた老紳士は若い従業員に食堂へ案内するよう命令を下した。


 品の良い若い従業員が食堂まで先導し、貸し切り状態の食堂にリリィは着席。着席から五分も経たずに食事が配膳され始める様は、まるで彼女の到着時間を予め知っていたかのように見える。


「王女殿下は柔らかいパンを大変気に入られたとお聞きしましたので、本日は柔らかいパンをご用意させて頂きました」


「ええ。ジゾ村やファム村で食べたパンは最高でしたわ。あれこそ、パンのレボリューションですのよ」


 バスケットに入れられた状態で別のテーブルに運び込まれたのは、焼きたてのホワイトブレット。ホカホカのパンを料理人が目の前でカットして、皿に乗せて提供してくれるようだ。


 別皿にはバターが添えられて、パンは完璧な状態である。


「メインディッシュはカウミルクで作ったシチューにございます」


「まぁぁ!」


 次に運ばれて来たのはカウミルクを使ったシチュー。領内で採れた野菜と鶏肉を材料として使った物だ。


「いただきますわ!」


 早速とばかりにスプーンを握り、シチューを一口。程よい大きさのジャガイモと一緒に口へ運ぶ。すると、どうだ。


 ファム村で味わったあの濃厚な乳の味、それと野菜や肉から出た旨味が溶け合って――


「うめェですわ!」


 大変、美味しい。やはり肝は濃厚なカウミルクだろう。


「牛のミルクで作ったシチューよりもクリーミーな味わい。私的にはこちらの方が口に合いますわね」


 ただ、とリリィは言葉を続ける。


「カウミルクは牛乳よりも濃厚で甘かったですわ。ケーキのクリームやデザートに使う方が適しているのではなくて?」


 評論家のような事を口にすると、宿の料理人は頭を下げた。


「さすがは王女殿下。まさにその通りにございます。カウミルクは甘味を多く含んだ乳にございますので、仰る通りデザートに適した物と言えるでしょう」


「ふむ……。では?」


「ええ。ご期待下さい」


 料理人とリリィの視線が交わった後、料理人はニコリと笑う。釣られてリリィも笑ってしまった。


 パンとシチューを堪能した後、満を持して登場した物とは。


「ポカポカ小麦を使用して作ったパンケーキにございます」


「Fooooooo!!!」


 登場したのはきつね色に焼けたパンケーキである。しかし、ただのパンケーキではない。


 パンケーキ自体は一般的であるポカポカ小麦を使用して作られた物だが、トッピングはカウミルクで作ったホイップクリームとジゾ村直送のイチゴや他の村で採れた果物が山ほど乗っている。


 三段重ねのケーキは、まるで巨大な山のようだ。ケーキが山ならホイップクリームは頂上付近に漂う白い雲。その上に乗せられた果物達は空に輝く星と表現するに相応しい。


 一口サイズにパンケーキを切って、ホイップクリームと果物を一緒にすくってパクリ。


「はわー!」


 リリィは思わず仰け反ってしまった。


「これはいけませんわ! これはいけませんわ!!」


 彼女が特に美味しいと感じるのはカウミルクで作られたホイップクリームだろう。ふわっふわでぽよんぽよんな甘くて美味しいホイップクリームは、まさに期待した通りだった。


 クリームを味わった瞬間、丁度良い甘さのホイップクリームがじゅわりと口の中で蕩ける。口の中でホイップクリームの甘さと果物の酸味が混じり合って、絶妙なハーモニーを演出するのだ。


「これええ! これですわあああ! これこそが、私の求めていたホイップクリィィム!!」


 パクパクとパンケーキを食べている最中、リリィは気付いてしまった。


「アンコ! クッキーを二枚お出しなさい!」


 そう言って、皿の端っこに置かれた二枚のバタークッキー。黄金小麦で作られたクッキーを摘まんでホイップクリームと果物をたっぷりと乗せる。


 それをパクリ。


「ふふ……」


 口の端っこにクリームを付着させたリリィは小さく笑った。


「ふふ、ふふふ、ふははははは!!」


 その後、腹を抱えて大笑いし始めたのだ。この王女、ついに狂ったか。


 否である。


「黄金小麦で作ったお菓子と合わせれば最強」


 彼女は気付いてしまったのだ。


 お菓子に最適と言われた黄金小麦で作ったクッキー。それにカウミルクで作ったホイップクリームや宝石のような果物を合わせれば、より美味しい事に。


 言っている事は誰でも気付く事である。それをめちゃくちゃ偉そうに言った。


「柔らかいパンも良かったですわ。これはこれからの主流となるに違いありません。ですが、お菓子となれば違う。お菓子にはやはり黄金小麦しかありませんわ」


 それこそが真理。それこそが世の理。


 柔らかいパンも好き。ホイップクリームと果物が乗ったお菓子のようなパンも好き。だが、真のお菓子は黄金小麦を使った物が良し。


 これまでの道中、様々な特産品を味わったリリィはそう結論付けた。


「明日の出発前に黄金小麦を使ったお菓子が食べたいですわ。勿論、ホイップクリームも付けて下さいまし」


 口の端っこにクリームをつけたまま、彼女はそう注文した。


 しかし、宿の従業員達の顔色が急速に悪くなっていく。


「……申し訳ありません。当宿に黄金小麦がございません。黄金小麦を使ったお菓子をお出しする事ができないのです」


「な、な、な、なんですてぇー!?」


 口の端っこにクリームをつけたままのリリィは勢いよく立ち上がった。彼女のリアクションにビクリと肩が跳ねた従業員は、揃って頭を下げる。


「実は、先日から黄金小麦が手に入らなくなってしまいました。ザイード伯爵閣下のお屋敷がございます、街のレストランであれば食べられると思いますが……」


 この宿では食べられない。そう断言されてしまい、リリィの体から力が抜けた。


 崩れ落ちるように椅子へ座った彼女は、しゅんと肩を落としてしまう。


「リ、リリィ様! 街! 街に行けばきっと食べられますよ!」


 落胆するリリィにメディナは必死に慰めた。アンコも「きっとそうです」と言いながら、口に付着していたクリームをハンカチで拭き取る。


「そう……。願いますわ……」


 せっかく、最強のお菓子を見つけたのに。


 肩を落としたリリィは宿泊予定の部屋へ向かうと、ショックで眠れなく――なる事はなく、秒で寝た。

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