第25話 黄金小麦はいずこに
美味しい乳製品に一度は殺されかけたリリィであるが、ファム村を発つ準備を行っている頃にはすっかり復活していた。
「アンコ。おやつのクッキーはありまして?」
「はい」
旅の途中でも毎日欠かさず食べるおやつは、王城から持ってきたクッキーだ。勿論、黄金小麦で作られたクッキーである。
「もう残り少なくなっていますわ」
しかし、アンコが管理するおやつ袋を覗くとクッキーは残り三枚になっていた。これでは少なすぎる。今食べたら終わりではないか。明日のおやつはどうするんだ。
「少々お待ち下さいませ」
アンコは馬車の中にリリィを残し、外にはユンを護衛として配置。アンコ本人はメディナと共にファム村の村民から黄金小麦を使ったおやつを売ってもらえないか交渉に向かった。
しかし、ここで妙な話を聞く事になる。
「黄金小麦が無い?」
メディナが首を傾げると村の女性は頷きを返した。
「はい。実は我々も王女殿下がいらっしゃると聞いて、黄金小麦を使ったお菓子と共に乳製品を味わって頂こうと思っていたのですが……」
女性曰く、黄金小麦を街から仕入れようと思ったらしいのだが、街と村を往復する商人から黄金小麦が買えなかったそうだ。
理由を問うと、伯爵家からの通達で黄金小麦は一時販売停止になったとか。どこの村も黄金小麦は買えないのが今の現状だと女性は言う。
「どうして販売停止に?」
「理由は分からないんです。商人さんも急に販売停止と通告されて、店にある在庫全てを伯爵家の方々が回収していったと」
街からやって来た商人の話では、回収された黄金小麦は伯爵家へ集められているらしい。
「ポカポカ小麦は販売停止にされなかったのか? 黄金小麦だけ?」
「はい。黄金小麦だけですね。ポカポカ小麦は各村で取り扱っていますし、量も多いですから。栽培している他の村から直接配られるんです。昨日、問題無く届きましたよ」
一般的な小麦であるポカポカ小麦に関しては通常通りであるが、黄金小麦だけが手に入らなくなったそうだ。
「どうしてだ……?」
メディナもアンコも黄金小麦だけが販売停止になる理由が思い浮かばなかった。
「伯爵様のお屋敷で王女殿下を迎える為の催し物でも考えているんじゃないか、と村長は言っておりましたが」
「あり得なくも無いが……」
あり得ない話ではない。だが、やはり妙だとメディナは眉間に皺を寄せた。
「ファム村の後は、村と街の間にある集積地点にて宿泊予定なのだが、そこであれば黄金小麦のお菓子を手に入れられるだろうか?」
「どうでしょう……? 集積場は規模が大きいので、もしかしたら残っているかもしれませんが」
確実とは言えない。メディナの問いに女性は困った表情を浮かべながら答えた。
「そうか。すまない」
「いえ、とんでもございません」
メディナとアンコは揃って女性に挨拶してから立ち去ると、馬車に戻りながら顔を見合せた。
「どう思う?」
「妙な話だと思います。今年の小麦は全て順調。黄金小麦も不作であるとは報告が来ていません」
だよな、とメディナは頷いた。
例え、リリィを迎える為の催し物を開催するにしても販売停止にするほど使用するだろうか?
それとも黄金小麦をかき集め、街を上げた大きな祭りでも開催しようというのか?
「ザイード伯爵は領民に寄り添う方だと聞いておりますし、王城で聞いた伯爵の人柄からすれば領民よりも王家を重視するとは思えません」
伯爵は別に王家を蔑ろにしているわけじゃないし、敵視しているわけでもない。ただ、過度な歓待をするほど王家に心酔もしていない。
王家との接触がほぼ無い地方領主にはこういった態度の者が多い。これが特に悪いというわけじゃないし、国から与えられた領主としての任務を全うしていれば王も問題視する事は無いだろう。
「だとしたら、余計におかしいな」
「はい」
数秒、二人の間に会話が生まれなかった。妙な状況を頭の中で整理しているのだろう。
「……次に鴉と接触するのは集積場だったな?」
最初に口を開いたのはメディナだった。
「はい。そこで何か情報が無いか聞くのがよろしいかと」
再び顔を見合せた両者は黙って頷き合う。馬車に到達すると、何事も無かったかのように振舞って村を出発した。
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同日、ザイード伯爵の屋敷にて。
屋敷の裏手にある大きな倉庫には、街中から集められた黄金小麦がどんどんと運び込まれて行く。街の商店にあった在庫は全て回収されており、既に王都へ発送されてしまった物以外は全て集まりつつあった。
「うんうん。凄い量だ」
荒縄で束ねられた未加工の黄金小麦、既に加工されて厚紙袋に収められた製品加工済みの物。倉庫に積み上げられた二種を見上げて満足気に頷くのは、つい先日にザイード伯爵と密談していた赤い瞳の男であった。
「輸送は明後日行う」
「明日、王女殿下がこの街にやって来るのだぞ? 滞在日程は二日間だ。その最中に輸送すると?」
ザイード伯爵は命令してくる赤い瞳の男を苦々しい表情で睨みつけた。
「ああ。知っているよ。だから言っているんじゃないか」
しかし、赤い瞳の男は鼻で笑いながらザイードを馬鹿にするように言ってのける。
「屋敷で歓待の準備が出来てないとか適当に言っておいて、初日は宿に泊まるよう言っておけ。そうすれば、こちらが何とかしてやる」
「何とか……? 何をする気だ?」
「それは知らなくていい」
赤い瞳の男は何かを企んでいるようだが、詳細は口にしなかった。とにかく、彼が指定した宿に宿泊させろと言って指示を出すだけ。
「準備があるのでこれで失礼する。輸送の準備はちゃんとしておくように」
そう言って男は敷地から立ち去って行った。
彼と入れ替わりで現れたのはザイード伯爵の娘であるニーナだった。歳は十五くらいだろうか。栗色のショートヘアーと緑の瞳。健康そうな体は領民や屋敷の者と共に黄金小麦の栽培を行っているおかげだろう。
彼女は立ち去って行く男の背中を一瞥した後、不安そうな表情で父である伯爵に問うた。
「お父様。本当にこれでよろしいのですか……?」
「仕方なかろう。領民に豊かな生活を送らせる為にはこうするしかない」
王都に改善要求しても聞き入れてもらえぬのだ。だったら、自分達で勝手にどうにかするしかない。
ただ、ザイード伯爵が娘に告げる言葉は相手の要求を飲んだ自分を必死に正当化させるような声音だった。
「しかし、本当に王都は私達の話を聞き入れてくれないのでしょうか? 明日訪れる王女殿下に直接直訴してからでも遅くは――」
「くどい!」
まだ引き返せる。そう言って腕を引く娘の手を伯爵は払いのけた。払いのけた後、とても後悔するような顔を浮かべてしまう。
ニーナは父親の表情を見て胸が苦しくなったのか、とても辛そうな表情を浮かべた。
「分かりました……」
優しすぎる父が取った苦渋の決断、それでも未だ葛藤している事を理解しているからこそ、責任を一人で負おうとする父を見ていられなかったのだろう。
申し訳ありません、とその場を立ち去るニーナだったが、父に背を向けた彼女の顔には決意の表情があった。
「私が……。私が止めなきゃ」
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