第24話 第二村 ファム村
リリィが次に向かった村はファム村という名であった。この村はザイード伯爵領の中でも唯一小麦を栽培していない村だ。
代わりに村が行っているのは酪農業である。乳製品を領地内に輸出しており、広大な放牧場を運営する中規模の村だ。
しかしながら、飼育しているのは動物の牛じゃない。牛に似た「ビッグカウ」と呼ばれる魔獣である。
ビッグカウは白黒模様の牛と違って、皮膚の色は白一色。更には雄も雌も頭から太い角が四本も生えていて、大きさも牛より大きい。一見角の生えた怖い魔獣であるが性格はのんびりとしており、餌をくれる人に懐く習性があるとか。
特にビッグカウは乳牛の二倍以上も乳を生み出すので生産性に優れている。乳製品を生産・加工するファム村には無くてはならぬ存在だ。
加えて、魔獣である事から万が一放牧場に他の魔獣が侵入しても捕食される可能性が少ない。むしろ、襲って来た魔獣を四本の鋭利な角で攻撃して追い返してしまう。
真っ白なビッグカウは広い放牧場の中を自由に歩き回り、村人から餌をもらってのびのびと育つ。こうしたストレスの少ない飼育が美味しい乳製品を生んでいるのだろう。
「うちの村は酪農業が主でありますが、一部の牛は王都に運ばれて王家御用達の牛にもなっております」
熊のように大きな体を持つファム村の村長が言うように、村ではミルクやチーズの加工生産が主となっている。だが、奥にある特別な牛舎では王族が食べる高級動物肉の元となる牛も育てているそうだ。
といっても、肉の鮮度を保つ為に子牛の段階で王都に運ばれて、王都近郊にある専用牧場で飼育される。あくまでも種付けと出産までがファム村の仕事だそうだ。
「ささ、あちらに新鮮なミルクや村で作った品を用意しておりますので。是非ご賞味下さい」
「ええ。存分に頂きますわ」
今回も最終的に案内されたのは村長家の前に用意された椅子とテーブル。昼を過ぎたらは少々陽が強くなってきたこともあって、王都から持ってきた日傘を差した下で村自慢の乳製品を味わう事に。
まず最初に手に取ったのはビッグカウの乳、カウミルクだ。
朝に搾ったばかりの新鮮な物で、濃厚な乳の味が口いっぱいに広がる。動物の牛から搾った乳よりも味は濃厚で甘味が強い。加えて、少し舌当たりが重く感じるのが特徴か。
カウミルクを味わっている最中、村長から紹介されたのは村の乳製品。大きな瓶に詰められたカウミルクは勿論の事、大きく丸い真っ白なチーズの置かれた大皿が紹介される。
「まずはチーズからどうでしょう」
そう言われ、リリィに提供されたのは薄くカットされたチーズだ。
カウミルクから作った物だからかもしれないが、噛んだ瞬間にねっとりとした食感を感じる。だが、味は凄く濃厚だ。口いっぱいにチーズの味が広がって、噛んでいくとほのかに甘味へと変わる。
チーズに関しても甘味を感じてしまうのは、やはり甘味の強いカウミルクから作られているせいもあるのだろう。
これだけでも十分に美味しかったが、村長はまだまだと笑みを零した。
「ジゾ村で柔らかいパンを召し上がったと聞きました。柔らかいパンはお口に合いましたか?」
「ええ。とても美味しかったですわ。これからは柔らかいパンを王城でも食べようと思いますの」
「でしたら、私どもの考えたパンもお口に合うかもしれません」
そんな会話の後に出てきたのは、ジゾ村と同じく厚切りのパンだった。形や大きさからホワイトブレットであると推測できるが、ファム村の物はちょっと工夫がなされている。
「こちらはパンを切って軽く表面を焼いた物です」
「ほう!」
出されたのはホワイトブレットを切って、こんがりと表面に焼き色を付けた物。所謂、トーストである。
次に使われるのは、別の村人が持ってきた鍋の中身。中身はとろとろに溶けたビッグカウチーズである。それをトーストの上にとろ~っと落とすのだ。
「まぁぁぁ!!」
トーストの上に溶けたチーズがズドン。これだけでもう美味いと分かる。分かってしまう。だが、まだ終わらない。
「更に! ここへバターをドン!」
ホカホカと湯気を上げるとろとろチーズの上にビッグカウバターを投入。
「そ、村長! なんて事を! これは乳製品による武力行使ですわ!!」
ホカホカのパンとチーズの上に乗ったバターはじんわりと溶けて始めるが、それでもその存在感は消え失せない。
もうたまらなかった。リリィは皿に置かれたパンに齧りつく。
「んん~!!」
ふわふわなパン。濃厚なとろとろチーズ。そこにバターの塩味がドンッ!!
「乳製品の連合部隊が私の口を蹂躙してきますわ! たまらねェですわ!!」
柔らかパンの上に乗ったチーズとバター達が「ヒャッハー!」と雄叫びを上げながら、リリィの口の中で暴れ回る。
もはや止められない。降参だ。リリィはジゾ村と同じく、白旗を揚げるしかなかった。
「ああ、もう無い……」
チーズパンを完食したリリィは肩を落とすが、村長は「では、次の物を」と口にした。その瞬間、リリィの肩が跳ねる。
「最後はヨーグルトをどうぞ」
デザートとして出てきたのは真っ白なヨーグルトだ。もちろん、ビッグカウの乳から作った物である。
このままでは甘味が少し足りないと思われるので、ハチミツかジャムをかけて食べる美味しいと紹介される。
紹介されてしまった。
「アンコッッ!! ジゾ村のジャムを出しなさいッッ!!」
「はい」
小瓶に入れられたイチゴジャムを取り出したアンコ。リリィはイチゴジャムをヨーグルトに投入。スプーンで程よく混ぜて、一口目をパクリ。
「――――」
言葉は、必要なかった。
リリィは無言のまま涙をスゥーと流して一言だけ漏らした。
「降伏致しましょう……」
お手上げだ。打つ手無し。
乳製品の連合部隊にリリィの心は負けたのだ。蹂躙だ。戦争にもなっていない。
「次はハチミツを……」
とろりとハチミツを垂らして一口。
「うっ、うっ、うっ……。おお~……。おお~ん……」
涙が止まらなかった。
美味い。美味すぎる。
甘い味が口の中に広がった後、後を追うようにヨーグルトの酸味がやってくる。こんな物が世に存在していて良いのか。これはもはや、人の心を壊す兵器である。
「最後はハチミツとジャムを同時に」
最後の一口分残ったヨーグルトには、とろりとハチミツをかけた上にジャムをぽとり。スプーンですくって口に放り込むと――
「ひぐゥ!?」
リリィは幻を見た。
ヨーグルトのビッグウェーブに乗るハチミツとジャムを。サーフボードに乗った両者の手には「超美味しいハチミツ」「超美味しいイチゴジャム」と書かれた槍が握られていて、浜に立つリリィの胸に向かって投擲された。
ドスリ、ドスリと二本の槍が既に降伏済みである無防備なリリィの胸を無慈悲にも貫いたのだ。
貫いた後、彼女の体はヨーグルトの大波に飲まれてしまった。
ヨーグルトの大波に飲まれたリリィは「あ~れ~!」と声を上げながら、その真っ白なヨーグルト海の沖へと攫われてしまう。
「…………」
現実世界での彼女はテーブルの上に上半身を倒していた。
あまりの美味しさにやられたリリィは、真っ白なヨーグルトのように燃え尽きたのである。
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