第23話 第一村 ジゾ村


「ようこそいらっしゃいました。ジゾ村に足を運んで頂き、村人一同感謝しております」


 村の入り口にて、ジゾ村の村長が平伏しながらリリィに感謝の言葉を伝える。彼の後ろには村民一同が揃って平伏していた。


「くるしゅうないですわ。村長、さっそくですけど村を視察したいと思いますの」


 通常であれば村長の家でお茶を一杯。旅の疲れを癒してからの視察開始であるが、リリィはそれを省いて視察を優先すると告げる。


 なんて勤勉で仕事熱心な王族か。口からヨダレが垂れてなければ完璧だった。


「ハハッ! まずはどこからお見せ致しましょうか?」


「そうですわね。まずは小麦畑を確認しましょう」


「ハハーッ!」


 腰の曲がった老人とは思えぬほどの俊敏さで立ち上がった村長は、村の若い衆に「王女殿下を案内しなさい」と声を掛けた。勿論、彼も同伴する。


 先頭を行く村人の案内で小麦畑に向かったリリィは、広大な小麦畑を見ながら一度頷く。


「問題はありませんわよね?」


 そう言いつつ、アンコに顔を向けた。アンコは無言で頷き、続いて村長が「今年も問題無く収獲できております」と報告。


 村人が収獲したばかりの小麦を見せ、リリィは穂を一つ掴むとまじまじと観察を始めた。


「これが黄金小麦ですの?」


「いえ、我が村で栽培しておりますのは一般的なポカポカ小麦にございます」


 ポカポカ小麦。それは古くから王国で栽培されてきた一般的な小麦の品種である。


 実りが多く、栽培に掛かる手間も少ない。だが、寒さに弱いという弱点が存在する。しかし、基本的にヴェルトリアン王国の土地では寒い時期が短いので弱点を問題視する声は今まで挙がった事は無かった。


「王国民の胃袋を支える大事な小麦ですね」


「はい。我々の誇りにございます。されど、問題無く小麦栽培を続けられるのは偉大な王族の方々あってこそです」


 ユンが小麦畑を見渡しながら言うと、村長は微笑みながら王族の偉業を褒め称えた。


「黄金小麦は栽培しておりませんの?」


「黄金小麦は伯爵家が開発した特別な小麦ですからな。まだ一部でしか栽培されておらず、伯爵様のお屋敷がある街の周辺のみで栽培されております」


 それを聞いたリリィは「なるほど」と頷いた。表情には出ていないが、少々ガックリしているに違いない。だって、黄金小麦が栽培されてなければクッキーが食べられないからだ。


「……小麦は問題無さそうですわね。次に参りましょう」


 ふぅ、と息を吐きながら告げるリリィ。その様子に少し気になった村長であったが「次は果実園に」と案内を始めた。 


 次に向かった果実園であるが、大きな木が生っているわけじゃない。畑の周りに木の棒が立っていて、細い蔓が棒に巻き付いていた。棒に巻き付いた蔓の先から垂れるのは赤い実である。


 ジゾ村で栽培されている果実はイチゴであった。


「まぁ、イチゴですのね」


「はい。我が村で独自に栽培しております」


 このイチゴは村の特産品を作ろうとジゾ村独自で栽培を続けてきたものらしい。基本的に王都へ輸出されるイチゴは北の大地にて栽培されている物であり、ジゾ村のイチゴはまだ領内にしか流通していないと村長は説明する。


「北の生産地に負けないよう品種改良を続けている最中にございますが、現段階でも甘く美味しい実が生っております」


 実は少々小ぶりであるが、それでも綺麗な赤色をしていてとても美味しそうだ。実ったイチゴに顔を近づけるとイチゴの良い香りがリリィの胃袋を刺激する。


 思わずじゅるりとよだれが垂れてしまった。 


 慌てて口を拭うリリィに村長が「自慢のイチゴです」と言って微笑むと、奥の小屋から籠を持った女性が現れた。


 籠の中には井戸の水で洗った綺麗なイチゴが入っており、それをリリィに向けて見せてくる。


「おひとつ、どうでしょう?」


 是非、自慢のイチゴを食べてみませんか? そう勧められて断る道理もない。リリィはイチゴを一つ摘まむと躊躇なく口に運んだ。


 口の中に入れたイチゴを一噛み。瞬間、彼女の目がカッと開いた。


「うめェですわ!」


 噛んだ瞬間、じゅくりと崩れる果肉。そして口の中に広がる甘酸っぱい味。甘味と酸味のバランスが絶妙で、噛んだ瞬間にイチゴ特有の香りが鼻から抜ける。


「果物界のルビーですわァ!」


 小さいが高貴な味わい。それがジゾイチゴ。王侯貴族に好まれる赤い宝石のような、まさに品のある味わいであった。


 しかし、ジゾ村の攻撃はこれで終わらなかった。好機と見た村長の目がギラリと光る。


「王女殿下、このイチゴを使ったジャムを最近作りまして」


「ほう」


 村長が「どうぞこちらへ」と案内して辿り着いたのは、村長宅前に用意された椅子とテーブル。そこに座ったリリィの前に用意されたのは、見慣れぬパンとイチゴジャムだった。


「これは?」


 まず最初に問うたのは見慣れぬパンだ。厚切りになったパンの表面は白く、同時に指で突くとふわふわして柔らかい。


「こちらは最近、領内の村で流行しているパンにございます」


 所謂、ホワイトブレットというタイプのパンだ。


 ヴェルトリアン王国で主流となっているパンはバゲットであり、ホワイトブレットはあまり作られていなかった。これは「硬いパンほど日持ちする」といった王国独自の迷信めいた考え方が国中に伝わったせいだろう。


「子供達が硬いパンを食べにくいと言っておりまして、村では柔らかいパンを作っておりました。それとイチゴジャムには柔らかいパンの方が合うと意見が出ましてな。是非、王女殿下にもご意見を賜りたく」


「なるほど。良いでしょう。ですが、私は食に対して厳しいですわよ。素直な意見を言わせて頂きますわ」


 まるで評論家のようなセリフを吐いたリリィは、目の前にある焼きたてホカホカのホワイトブレットにイチゴジャムをたっぷりと落した。


 そして、パクリ。


 大きく一口パンを齧って、口の中に入った瞬間――


「ほわああああああ!?」


 リリィは後ろに倒れんばかりに仰け反った。そのまま体を震わせると、椅子から立ち上がって遠くに見える山の方へと走り出す。


「うーまーいーでーすーわああああああッ!!」


 彼女は山に向かって吼えた。


 その後、ダッシュですぐ戻って来た。


「うまっ! うめェ! なんですの!? なんですの、これええええ!?」


 パクパクと柔らかいパンを齧り喰い、追加のイチゴジャムを垂らしてはまた齧り喰う。


 ほんのりと甘くてふわふわな柔らかいパンは、いつもバゲットを食べていたリリィにとって衝撃的な出会いだった。


 焼きたてのホワイトブレットはまるでケーキのような柔らかさ。これが主食だなんてどうかしてるぜ! とばかりに齧り喰う。


 更に、そのパンにも引けを取らぬイチゴジャム。


 砂糖によって甘さを加え、そこにジゾイチゴの甘味と酸味が加わったイチゴジャムはジャム界の大量破壊兵器だ。


 しかも、果肉を完全に潰すのではなく、果肉を半分ほど残して作られているせいでイチゴの食感も楽しめる。もはやリリィは白旗を揚げるしかなかった。


 革命的な柔らかいパンとジャム界の大量破壊兵器が成す侵略に、彼女の食欲は完全に蹂躙されてしまったのだ。


「はああああ!? もうない!? もうないですわあああ!?」


 気付けば皿の上にパンが無かった。ぺろりといってしまったのだ。


 ぶんぶんと首を振って、おかわりを探すリリィ。彼女の目にはおかわりを持って来た女性に「リリィ様にはもう結構です」と断るアンコの姿が映った。


 更には女性が持って来たおかわり分をメディナとユンに与えようとしているではないか。


 させるものか!


 リリィはアンコの腰に抱き着く。そして、涙を流しながら懇願した。


「食いてェ……! まだ食いてェですわ……!」


 お願い、お願い、と懇願するリリィ。だが、アンコは静かに首を振った。


「公務ですのよ!? これは公務!!」


「なりません。次の村でも成果を体験なさるでしょう? お腹いっぱいでは困ってしまいますよ。イチゴジャムはお土産に包んでもらいますので我慢なさって下さい」


「ああ、ああああああッ!!!」


 絶望するリリィの絶叫が村に木霊した。

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