第21話 王女様はお菓子が食べたい


 グーガー鳥の卵採取から数日後、リリィは毎日行われている勉強を終えると自室のテラスに出た。


 用意された椅子に座り、暖かな陽の光を浴びながら待つのは三時のおやつ。彼女は最近になって美味しい物を探求するという趣味に目覚めたが、元々甘い物には目がない。


 甘くてふわふわなホイップクリームの乗ったケーキや甘くてサクサクで香ばしいクッキー。果実の乗ったパイだって好きだし、果物ジュースだって大好きだ。この辺りは、年頃の女の子に共通するところだろうか。


「本日のおやつは黄金小麦を使ったバタークッキーでございます。お飲み物はオレンジジュースを用意しました」


「待ってましたわ!」


 リリィは皿に乗せられた小麦色のクッキーを見て、目をキラキラと輝かせながら歓喜の声を上げる。


 王国に誕生した数あるお菓子の中でも、彼女が特に好きなのは『黄金小麦』を使用する高級お菓子だ。


 彼女がハマるのも無理はない。この黄金小麦を使用して作られたお菓子を食べれば、誰もが虜になってしまうと言われているからだ。初めて黄金小麦でお菓子を作った料理人曰く「この小麦には人を狂わせる何かがある」と言葉を残したとか。


 それはともかくとして、難しいお勉強を頑張った後に食べる甘い物は格別である。テーブルに置かれた皿の上にある一口サイズのクッキーを摘まむと、さっそく口の中へと放り込む。


「ん~!」


 サクサクとした食感と丁度良い甘さ。バターの塩味が砂糖の甘さを引き立てていて、これまた手が止まらない。


 作り方も味もシンプル。だが、それがまた良い。


 大事に味わいながら食べようと思っていても、口の中にポイポイと放り込んでしまう。


 これは仕方ないのないことだ。だって美味しすぎるのがいけない。美味しすぎるからすぐ無くなってしまうのだ。でも、こんなにサクサクとハイペースで食べてたらすぐ食べ終わってしまう。もっと大事に、味わって食べないと。


 いや、でも待てよ。きっとおかわりを要求すれば貰えるはずだ……! だって、私は王女ですもの……! などと、リリィは甘い考えを巡らせているに違いない。


「おかわりを所望しますわ!」


 故に、控えるアンコにおかわりを要求した。


「いけません」


 アンコの一言にガーンとショックを受けるリリィ。余談であるが、毎日このやり取りをしているのである。まったくもって学ばない。


「まだ食べたいですわ! 甘い物が欲しいですわ!」


「ダメです。夕飯が食べられなくなってしまいますよ」


 リリィには優しいアンコであるが、おやつに関しては少々厳しい。それはリリィの母である王妃に強く厳命されているからだろう。


「もっと大事に食べればよかったですわ……」


 肩を落としたリリィは、居酒屋にいる疲れ果てたサラリーマンのようにチビチビとオレンジジュースを飲み始めた。


 繰り返しになるが、いつもの事である。


「失礼します。リリィ様、公務の件でお話がございます」


 テラスにやって来たのは老執事のシュタインだった。彼は一枚の紙を持って現れ、書かれた内容について彼女に告げる。


「今回の公務はザイード伯爵領の視察になっております。日程は如何しましょう?」


 まだ幼いリリィであるが、彼女にも王族としての務めがある。


 国営事業の展開などの政治に関する件や国防に関しては両親が執り仕切っているが、リリィには「王都の外で何が行われるかを見て知る」という社会勉強の一環も含まれた視察公務が課せられていた。


 内容としては、その土地で行われる主な仕事――国から与えられた任務――を視察して、ちゃんと行われているかを判断する事だ。


 内容の正しい判断・王都への詳細報告は随伴するアンコや騎士が行うのだが、リリィもしっかりと視察して現地の貴族や作業員に労いの言葉を掛けねばならない。


 簡単に言えば「仕事現場の見学」と「いつもありがとう」と言うだけのお仕事である。だが、将来は国を治める彼女にとっては大事な仕事と言えるだろう。


「あー? 公務……。公務……?」


 疲れ果てたサラリーマンみたいな態度のリリィは、公務と聞いて余計に肩が落ちる。


 仕事なんて面倒臭い、甘くて美味しいお菓子を好きなだけ食べたい。じゃないと、公務にも力が入りませんもの。そう言わんばかりの態度だ。おかわりをくれないアンコへのささやかな抵抗である。


 それを察したのか、シュタインの口元に笑みが浮かんだ。


「公務の行先であるザイード伯爵領は黄金小麦の生産地にございます」


「黄金小麦?」


 はて、どこかで聞いたような。首を傾げるリリィにシュタインはクッキーが乗っていた皿を指差す。


「リリィ様が完食なさったクッキーに使われている小麦にございます」


 そうだ。クッキーだ。クッキーを持って来てくれたアンコが言っていたじゃないか。


「クッキー……!」


 ここでリリィに電流走る。


 公務で行く先は黄金小麦の生産地。つまりは、クッキーに使われている小麦がいっぱいある場所だ。


 そこにお姫様である自分が行ったらどうなるか。相手は自分を接待してくれるだろう。特産品である黄金小麦を使ったクッキーを出して「どうぞ、食べて下さいね」してくれるに違いない。


 それどころか、他にも様々なお菓子が登場するのではないだろうか?


 例えお菓子が出なかったとしても、公務なのだから黄金小麦を確認する必要がある。小麦の出来を確認したいので、黄金小麦を使ったお菓子を出しなさいと言っても違和感は無いはずだ。


 アンコに注意されても「これは公務である」と言えば、堂々と胸張ってお菓子が食べられる。


「ククク……! 私、なんて頭が良いのでしょう……!」


 リリィはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


 勉強したばかりだからか、頭がよくなっている気がしているのである。


「良いでしょう。これも王族の勤め。公務にはなるべく早く行きますわ。具体的に言うと、明日には出発しますわ」


 止められることなく甘いお菓子が食べられると考えたリリィはやる気満々。むしろ、今すぐにでも出発したいが、それはそれで怪しまれると思っているのだろう。


 何気なく悪知恵の働くお姫様だ。


「リリィ様ならそう仰ると思っていました。既に用意はさせておりますので、明日の朝一で出発致しましょうか」


 だが、シュタインの方が一枚も二枚も上手である。お菓子と公務を結び合わせれば乗り気になると予想していたのだろう。


「ええ! 問題ございませんわ!」


 彼の思惑に気付かないリリィは「むふー」と胸を張った。なんてこった。



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 彼女のちょっと憐れな部分は置いておき、翌日の朝の出来事。


 いつもの起床時間にアンコがリリィの自室を訪れると――


「アンコ、遅いですわよ!」


 いつもは「まだ眠い、あと五分」とぐずる彼女だが、今日に限ってはベッドの上でパジャマのまま仁王立ち。アンコに着替えを急かし、朝食を食べたらダッシュで城の玄関へと向かって行く。


 城の前に停まっていた馬車にいち早く乗り込んで、馬車にリリィ用の荷物を載せる執事達を急かし続けるという暴挙。どれだけお菓子が食べたいのか。


「リリィ様。おはようございます。本日の護衛は私とユンが担当します」


 急かしている途中、兵舎からやって来たのはメディナとユンだ。彼女の他にアンコが加わって、いつものメンバーで公務に向かう。


「リリィ様! 準備が整いました!」


「よろしい! では、お菓子を食べ……じゃない、公務に出発しますわよ!」


 声高々にリリィは宣言した。彼女の宣言を聞いたメディナは馬車の御者に乗って馬の手綱を握った。ユンはアンコとキャビンに乗って、リリィのお話相手になるようだ。


 いってらっしゃいませ、と頭を下げるメイドや執事達に見送られながらリリィを乗せた馬車はザイード伯爵領へと出発する。


「ぐふふ。お菓子、お菓子が待ち遠しですわ……!」


 期待に胸を膨らませながら、邪悪な顔を浮かべるリリィ。


 そんな彼女が旅立ってから二日後、王城には「ザイード伯爵領で怪しい動きアリ」と報告が入るのであった。

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