第19話 新人騎士ユン 2
朝食を摂った後、ユンはメディナに騎士団で使う施設の案内を受けた。
といっても、主に使う施設は薔薇の隊長であるメディナや、騎士団幹部達の執務室がある本部と野外訓練場くらいだが。
騎士団本部は四階建ての建物だ。
一階はさっきまで居た食堂と備品倉庫、武器庫などが。二階からは各隊の隊長や副隊長に与えられた執務室と会議室が並ぶ。最上階には騎士団を統括する騎士団長の執務室と大会議室が用意されている。
この先、ユンが食事以外で本部を訪れる機会があったとしても、用があるのはメディナの執務室とその隣にある副隊長の執務室くらいだろう。あとは武器庫や備品倉庫くらいで、幹部連中が使う三階以降にはあまり用はないと言われた。
「さて、ここからが本題だ」
そう言ったメディナに先導された先は、本部の脇にある野外訓練場。
騎士団に所属する騎士達が一斉に訓練しても狭く感じないほど広く、訓練に使う道具や的となる案山子、模擬戦用に区切られたスペース、それと水場まで用意されている場所だ。
「君は弓使いだったな」
「はい」
ユンは一度自室に戻って持って来るように言われた弓を手に頷く。彼女の反応を見たメディナは「こっちだ」と彼女を射撃場に案内した。
野外訓練場の西側に用意された射撃場に向かうと、騎士団に所属する弓使い達が既に訓練を始めていた。
メディナは訓練監督をしていた男性騎士に一言二言声を掛けると、レーン一番端にユンを連れて行く。練習用に用意された矢入りの矢筒を手渡すと、彼女は先にある丸い的を指差す。
「実力を見せてくれ」
「は、はい」
ユンは緊張しながら頷いた。
彼女が薔薇に所属する事になった理由は、リリィに魔獣の知識を求められたからだ。
しかし、だからと言って実力が伴わないのではよろしくない。それに元Aランク冒険者であった意地と矜持だってあるのだ。
「…………」
ユンはいつも以上に真剣な表情で弓を引いた。魔獣と戦う時のように、狙いを定めながら集中力を増していく。
徐々にユンの耳には訓練場に響く喧騒が聞こえなくなっていく。その音が完全に消えた時、彼女は番えていた矢を放った。
ヒュン、と風を切る鋭い音が鳴った。視線の先には的のど真ん中を射抜く矢が見える。
だが、それだけじゃ彼女は終わらない。
腰に装着していや矢筒から矢を抜いて、今度は速射を披露した。どんどんと射られる矢が全て真ん中付近に命中していく様は、彼女の実力の高さが窺える。
最後は矢筒から三本まとめて矢を取ると、それを束ねて一気に放った。
トトト、と小気味良い音を鳴らしながら矢は縦一直線になるよう命中。ここで、彼女の張りつめていた集中力が霧散した。
「良い腕だ」
満足気に頷くメディナ。他のレーンで練習していた男性騎士達もユンの腕前を見て拍手してくれる。
「あ、あはは……。ど、どうも」
元Aランク冒険者としての実力は存分に披露できたのではないだろうか。恥ずかしそうに笑うユンに、メディナが次の質問を口にする。
「君は近接戦はどうしている? 剣か?」
「いえ、ナイフを使っていました」
ナイフと一言に言っても、彼女が使うのはナタのような刃の幅が広い物で、ククリナイフに近い形と言えばよいだろうか。例の『愛の逃避行事件』において、ギルド長に向けていたナイフだ。
彼女が細くて小さいナイフを使わない理由は、耐久性を重視しているのと同時に魔獣の解体にも使っていたからだろう。
それはともかく、ナイフか、と一言漏らしたメディナ。彼女は次に模擬戦を行うスペースに誘った。
またもや監督官に声を掛けると、彼女を模擬戦スペースの中央に連れて行く。
「ナイフを抜け。少し手合わせしようじゃないか」
相対するメディナは模擬戦用の剣を抜くと、片手を腰に当てながら軽く言う。されど、言われた途端に二人の間には目にも見えぬ圧が充満した。
メディナの構えも見せぬ姿は決してユンを馬鹿にしているわけじゃない。あくまでもユンの実力を見ようとしているのだろう。
それが少し悔しかったのか、ユンはムッとした表情を見せる。憧れの女性が相手ではあるが、戦いを生業としてきた者のプライドがあるからだろう。
「ヤッ!」
ユンはナイフを逆手に持って、持ち前の瞬発力を遺憾なく発揮。一足飛びでメディナの懐に飛び込むように詰めるが――
「なるほど。思った以上に速いじゃないか」
対するメディナは一歩も動かず、腕の動きだけでユンのナイフを受け止めた。ナイフと剣による鍔迫り合いが始まるが、力を込めて踏ん張っているのはユンだけだ。メディナは表情も変えずにビクともしない。
「さぁ、もっと斬りかかってきなさい」
言われて、ユンは何度も仕掛けた。細かく腕を振るい、時には距離を取って仕切り直し、また近付いてはナイフを振るう。途中で何度もフェイントを掛けた、足技も追加した。
ユンはこれまでの経験を活かして、本気でメディナと戦ったのだ。だが、彼女の表情を崩す事も、一滴の汗を掻かす事すらも出来なかった。
フェイントを混ぜても全く通用しない。蹴りを放っても片足を半歩引くだけの最小限の動きで避けられる。ナイフを斬りつける事に関しては、全て片手で受け止められてしまった。
「はぁ、はぁ……」
滝のような汗を掻いているのは自分だけだ。これほどまでに実力差があるのか、これが本気の戦いであったなら自分は何度死んでいるのか、と絶望に似た感情がユンを支配する。
「ふむ。もう終わろう」
「はい……」
模擬戦用の剣を鞘に収めると、メディナはユンに微笑んだ。
「良い腕じゃないか。君はまだ強くなりそうだな」
褒められているのだろうか。ただ、言われても全く嬉しくなかったのがユンの本音だろう。
「そうでしょうか?」
「ああ。君は今年でいくつだ?」
「今年で二十です」
「なら、まだ伸びる。その歳でAランク冒険者になったのは確かな腕があるからだ」
メディナの言葉も決して嘘ではないのだろう。
「魔獣との戦闘が主だったせいで対人戦には慣れていないのだろう? だが、相手の機微を察知する目と感覚は一級品だ。手数を増やすのではなく、もっと相手の動きを見る戦い方の方が似合うだろう。君は弓が主な武器だしな」
ただ単に褒め言葉を並べるだけじゃなく、具体的にどこが優れているか、何が足りないかを彼女に聞かせた。このような助言が出来るのは、やはりメディナが剣聖と呼ばれるほどの実力者だからに違いない。
「でも、ちょっとショックです。もうちょっといけると勝手に思い込んでいただけですが……」
ユンが素直に今の気持ちを伝えると、メディナは大きく笑った。
「ははは! 私も簡単には負けられんよ! 私を打倒したいと願うだけではダメだ。上には上がいるぞ。それも大勢な」
「お姉様より強い方となると……。陛下ですか?」
「陛下は別格だろう。あの御方の強さは、もはや異次元だよ」
御前試合にて、彼女は現王であるアーノルドに負けた。それも一撃で。並居る騎士達を倒した彼女が、手も足も出ずに負けたのは有名な話だ。
だが、決して恥ずべき事じゃない。王であるアーノルドが強すぎるだけだ。
「周辺国家にも強者は存在する。代表的なのは、エルフの大魔法使いだな」
例として挙げたのは、魔法使いとして有名なエルフの大魔法使いであった。メディナは大魔法使いと戦った事があるらしく、本気でやらねば勝てない相手と眉間に皺を寄せた。
「前は引き分けだった。次は勝つ」
当時を思い出したのか、舌打ちまで鳴らして言い放つ。余程悔しい思いをしたのだろう。
「まぁ、とにかくだ。君も強くなれ。薔薇は優雅で強くなければいかん」
「はい」
メディナはユンの背中を優しく叩き、次の訓練内容を告げるのであった。
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