第18話 新人騎士ユン 1
時間は少し戻り、リリィが城に帰還した直後のお話。
護衛の任を終えたメディナは正式入隊となったユンを連れて、城の西側にある騎士団兵舎に向かっていた。
「兵舎は全部で七棟ある。我々、薔薇が使うのは七番棟だ」
兵舎の壁には大きく番号が描かれていて、女性騎士で構成された薔薇が使っているのは一番新しく建てられた七番棟。これは薔薇が五年前に結成されたばかりの新設隊である事からだろう。
「七番棟は女性騎士しかいないからな。安心してくれ」
七番棟を使っているのは薔薇のメンバーだけである、とメディナは説明していると目的地に到着した。
七番兵舎の外観は他の兵舎と変わらない。コンクリートで作られた二階建ての建物である。
入り口のドアを潜って中に入ると、最初は玄関。ユンはここでブーツを脱ぐようにと命じられる。他の兵舎では土足で上がるようだが、兵舎の床が汚れるとあって七番兵舎では土足厳禁となっているようだ。
玄関を抜けると共同で使うキッチン付きの広いリビング。キッチンの使用は自由であり、持ち込んだ食材等は自分で管理する事と注意された。
他にもリビングというだけあって、大きなソファーや椅子が用意されていた。大人数で使える大きなテーブルもあって、隊の簡単な会議もここで行うらしい。
「このコルクボードには城からの細かな連絡等が貼りだされる。必ず毎朝毎晩チェックするように」
壁に掛かっていたコルクボードを指差したメディナはそう告げて、リビングの先にある廊下へ出た。一階の廊下には個室トイレが二つ。更には驚くべき施設が最奥に用意されていた。
「お風呂まであるんですか?」
「ああ。訓練後に汗を掻くからな。女性には必須だろう?」
ユンにとって、これは素直に嬉しい。冒険者時代では街にある大衆浴場で汗を流す事が主だった。個人用の家を借りようとしても風呂付きの物件は高いし、そもそも物件自体がまだ少ない。
「君は魔法が使えないよな?」
「はい」
「風呂は魔法を使える者が湯を沸かしてくれる。苦労を掛ける代わりに彼女等に一番風呂を譲る約束だ」
七番棟に風呂が導入された理由は、単純に風呂を沸かす為の薪代が掛からないからだ。
浴槽に魔法で水を張って、更には火の魔法で湯に変える。使用されるのは術者の魔力のみなので経費は不要。魔法使い達が苦労する代わりに、一番風呂を提供するのが薔薇の掟であった。
「二階へ上がろう」
トイレと風呂の紹介を終えると、次は個室のある二階へ。二階は全て個室となっていて、廊下の左右にはいくつものドアが並んでいた。
「ここが君の部屋だ」
現在使用されていない部屋に案内されるユン。ここでも彼女は驚いてしまう。
「え!? 一人部屋なんですか!?」
「ああ。今後、隊員が増えたら二人部屋になるかもしれないが、今のところは全て一人部屋になっている」
個室の中には真新しいベッド、机と椅子が置かれているだけ。家具が欲しければ自分で用意するように、と言われる。
騎士団という集団の中で暮らす以上、二人部屋三人部屋は覚悟していたようだが、こちらも嬉しい誤算と言えるだろう。
「あれ? 隊長~?」
個室に驚いていると、部屋の入り口から見知らぬ声が聞こえてくる。振り返ると、そこにはパジャマ姿の女性が立っていた。
「おお、アム。彼女はユンだ。今日から薔薇に入ったから仲良くするように」
「そうなんですね~。よろしくね~」
「はい! よろしくお願いします! アム先輩!」
アムと呼ばれた女性は長い赤髪を持つ、おっとりとした雰囲気の女性であった。メディナの紹介によると、彼女は薔薇に所属する魔法使いの一人だという。
よろしくね~、とおっとりとした口調で告げながら微笑む彼女の周囲には、可愛らしい花が咲いているような雰囲気が漂っていた。喋り方と雰囲気から、アムは優しいお姉さんのような存在に見える。
「現在、薔薇の大半が外交に出ている王妃様の護衛任務で出払っている。今、兵舎にいるのは彼女だけだ」
薔薇は総勢十人の隊であるが、リリィ専属であるメディナ、留守番と連絡要員として残されたアム以外はリリィの母である王妃の護衛任務に出ている。戻って来れば賑やかだぞ、とメディナは微笑んだ。
「今日は休むと良い。明日は朝一で宿から荷物を持って来い。そのあとで騎士団が使う施設を案内しよう」
「はい、分かりました」
もう夜も遅い。ユンは風呂に入ってから与えられた個室で眠った。
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翌日、朝早くからユンは支給された服に着替えると、契約していた宿の解約と置いてあった私物を取りに向かった。
騎士団で支給された服は白いシャツに茶のショートパンツ。それに専用工房で作られた革のロングブーツだ。この上に弓兵用の軽装を纏うのが正式な装備だとアムから聞かされた。
着替えた状態で宿に行くと、顔見知りの従業員に「夢が叶ったんだね」と笑顔で言われたのは、まだ現実味の無い彼女を気付かせるのには十分な祝福の声だったろう。
従業員に別れを告げ、彼女は兵舎の自室へと戻る。何も無かった個室にユンの持ち物が配置されていく最中、メディナが彼女の部屋を訪ねて来た。
「朝食を摂りに行こう」
彼女はユンを誘い、騎士団用の食堂を案内する。騎士団が使う食堂は兵舎から数分歩いた先にある騎士団本部の食堂だ。
巨大な本部の一階部分大半を占める食堂には王都に詰める騎士がひしめき合っていた。大勢の騎士達が食事を摂りながら会話しているせいで、街の大衆食堂や酒場よりも賑わいを見せる。
――余談であるが、王の傍に仕える近衛騎士以外の騎士達は普通の騎士服と標準装備である。トゲトゲ付きの肩パットとモヒカンは近衛騎士の象徴だ。
「メニューは日替わりだけだ。この後は訓練があるからな。ちゃんと腹を満たしておけ」
食堂の厨房前にあるカウンターには、既にトレイに乗せられた料理が出来上がっていた。それを持って開いている席で食事を摂る方式らしい。
今日の朝食はパンとサラダ、魔獣肉のソテーと野菜のスープ。朝から肉を食うあたり、肉体労働が基本の騎士団らしいと言える。因みにパンとスープはおかわり自由。飲み水はセルフサービスである。
「あ、隊長~!」
トレイを取った二人が席を探していると、先に食事をしていたアムが手を挙げて彼女達を呼んだ。二人はアムの対面に座り、食事を摂り始めることに。
食事しながら行われる会話の主な内容は、やはりユンの事についてだろう。元Aランク冒険者だった件や故郷の村について話し、質問者であるアムはニコニコしながら彼女の話を聞いていた。
話がひと段落したところで、ユンは食事開始当初から……いや、食堂に入った瞬間から感じていた疑問を二人に問う事にした。
「あの、すごい見られている気がするんですが」
横目でチラリと周囲を窺うユン。そこには彼女に向けられる男性騎士達の視線と顔があった。
「ユンちゃん、可愛いし~」
おっとりとした口調でアムが告げる。
確かにユンの外見は悪くない。顔も美人系であるし、元高ランク冒険者なだけあって引き締まったナイスバディー。男性達がつい見てしまうのも頷けるほどだ。
「それにリリィ様の専属という件が既に伝わっているのだろう。嫉妬もあるかもしれないが、気にするな」
視線など気にする様子もなく食事を続けるメディナ。嫉妬や妬みによる嫌がらせを受けたら自分に言え、と言ってくれる。
だが、ユンの耳には『大丈夫か? リリィ様の専属なんだろ?』『怖くて辞めるとか言い出さないかな?』『どうにか耐えて欲しいよな、美人で良い子そうだし』と囁く男性達の声が聞こえた。
「滅茶苦茶優しい!」
ユンは下唇を噛み締めながら、騎士団の結束力を感じ取った。
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