第17話 王女様のグルメ本 執筆開始


 グーガー鳥の卵を堪能したリリィは残りの卵を持って王都へと帰還。


 王城に帰還すると、迎えてくれた料理長に今回も良い旅路であったと感想を言いつつ、今晩のメニューは「具材入りのオムレツで」と希望を告げた。


 彼女の希望通り、夕飯にはひき肉と野菜が入ったオムレツが作られた。平民の間で作られる物と違って、王城に勤める料理人が作る具材入りオムレツはまさに至高と言える出来だったろう。


 堪能したリリィはそのオムレツを「完成品」と称した。これにより、今後はオムレツのスタンダートが「プレーン」から「具材入り」に変わることとなる。


 といっても、料理の種類に完成もクソも無い。ただ単に「リリィが好むから」という理由で決まっただけなのだが。

 

 それはさて置き。


 リリィは自室に戻ると、老執事シュタインから提案されたグルメ本の製作に取り掛かる事となった。


「本と言っても、どう書けばよろしいのかしら?」


 紙とペンを前に、リリィは可愛いお顔の眉間に皺を寄せながら悩む。本を読んだ事はいくらでもあるが、実際に書くとなると初めてだ。


 国内外に流通している本の基本的な形態は活字が並ぶ堅苦しい物ばかり。本と言えば学者が読む物、学の無い者が読むには難しすぎる――そういったイメージが先行するのが現在の常識である。


 リリィもその常識に囚われており、堅苦しい内容は書けないとも自覚していた。


 しかし、うんうんと悩む彼女に的確なアドバイスしたのは老執事のシュタインだ。


「リリィ様のお好きなように書くのがよろしいかと。リリィ様が本を読むとして、読みやすいと感じる物を書いたらどうでしょう?」


「ふむ……。堅苦しいのは読み難いですわ。難しい話ばかりが続いてつまらないですし」


 文字だけの本は嫌い。ワガママ王女らしい答えだ。


 だからこそだろう。彼女は現代における本の常識をぶっ壊す、新しい形を作り上げた。


「うーんと、うーんと……。ヒレ肉はこんな感じでしたわね。味は……。とても美味しかったですわ」


 最初に書き上げたのは『タックブルのヒレ肉』に関する項。紙の中央にはリリィが描いたヒレ肉の絵がドンと乗って、その脇に食べた時の感想が一言二言だけ記載される。


 紙に書き込むリリィの脇から覗き見ていたシュタインは「斬新ですな」と感想を漏らした。


 ただ、彼の意見は決して皮肉を言ったわけじゃない。


 実物の絵がある事で品物の姿が想像しやすく、食べた時の率直な感想がある事で、読んだ際に内容がスルスルと入って来る。いや、パッと一目見ただけで「どんな情報なのか」が判別しやすいと言うべきだろうか。


 まだ本と呼ばれる物に挿絵や絵本といった概念が確立されていない現代では、異端であるものの斬新な表現方法と言えるだろう。


「もうちょっと感想を詳しく書くのはどうでしょう? あとは味付けとして合う調味料も記載してみては?」


「ふむふむ。こうかしら?」


 可愛らしい子供ながらのタッチで描かれた絵の脇には、食べた際の素直な感想が事細かく記載され、その下には食す際に使った調味料が箇条書きで加えられた。


「もっと細かく書いた方がよろしいかしら?」


「いえ……。これで十分かもしれません」


 シュタインは机の上に置かれた紙を持ち上げて、全体を収めるように見た。


 一見、子供が描いた絵日記のような出来である。しかし、それが逆に良い。前述した通り、一目で分かり易いのだ。


 まず大きく描かれた絵を見る事で食材の姿が脳に再生され、そして味も感想を読む事で想像できる。読者に与えたい情報のメインは絵であり、文字数は少なくして補足程度。


 これが読み手に難しいと印象を与えない。


 読み手が「食べたい」と感じた後、実際に試す際の手助けとして、食材に合う調味料の情報があるので試しやすくもなるだろう。


「次はオムレツも書いてみませんか?」


「ええ。よろしくてよ」


 新しい紙に『グーガー鳥の卵オムレツ』の項を書き始める。


 ヒレ肉と同じく、やはりメインはオムレツの絵だ。ただ、オムレツに関してはプレーンと具材入りの両方が描かれた。


 プレーンはオムレツの全体像を、具材入りは中央を切って中身を見せるように描かれる。その脇に、両方の感想が記載された。


「なるほど、やはり読みやすい。いや、見やすいと表現するべきでしょうな」


 ヒレ肉が描かれた紙、オムレツが描かれた紙、両方を手に取って比べるシュタイン。両方をパッと見て「美味しそうだな」と感想が一番に浮かぶ。


「ちょっと他の者にも見てもらいましょう」


 自分が感じた感想を確かめるように、廊下を歩いていたメイドを捕まえるとリリィの書いた物を見せた。


 率直な感想を求めると、やはり「分かり易い」と感想が返ってくる。既存の本と違って、堅苦しくないので読みやすいとも。


「リリィ様、これはイケますぞ」


 いくつか感想を受け取って戻って来たシュタインは、実際に本が書店に並ぶところを想像した。


 王女殿下が考案と代々的にアピールすれば、ネームバリューから誰もが一度は手に取るだろう。なんたって王女殿下が美味しいと認めた物を紹介する本だ。


 手に取った時は堅苦しい本というイメージが先行しているが、実際に中身を読めば絵を中心とした軽い内容である。


 加えて、高級品を口にして舌が肥えた王女が認める料理とはどんな味がするのかと読み手は思うだろう。食べてみたいと望めば、平民街にも売っている食材で作られている料理ばかり。試すのに金も掛からずとなれば、誰もが一度は口にしやすいだろう。


 地方の料理が乗っていたら、地方へ旅行しようと思う者もいるはずだ。特に王族の動向を気にする貴族であれば猶更だ。


 そうした先にあるのは王国の経済発展。


 シュタインはそこまで想像して、ニコリと笑った。


「素晴らしい。このような記事をいくつも書いて、項目が十分に溜まったら本にしましょう」


「ええ。よろしくてよ」


 シュタインに褒められて、リリィは「ムフー」と胸を張る。良い仕事をした、とベテラン作家のような態度だ。


「これからも美味しい物を食べまくりますわ! だって、これが私の仕事ですもの!」


 彼女の美味しい物道楽はまだまだ続く。だって、本にしなければいけないのだから。


 決して、自分が美味しい物を食べたいというわけじゃないのだ。

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