第15話 ふわふわオムレツと平民卵焼き


「オムレツ~! オムレツ~! オムオムオム~! オムレツ~!」


 森の中に建設された小屋の中からは、リリィの上機嫌な声が聞こえくる。


 彼女は小屋の中に用意されていたテーブルを前に、両手にナイフとフォークを握りながら料理を待っていた。


 小屋の奥にある簡易キッチンからは「ジュワァ」と卵が焼ける音が聞こえてきて、彼女の期待値がどんどんと上がっていく。


 数分後、奥で調理音が止んだ。リリィがキッチンの方へ顔を向けると、奥から現れたのは皿を持ったアンコ。彼女の持つ皿には黄色い綺麗なオムレツが。


 それをリリィの前に置くと、彼女は「うほぉ!」と声を漏らしてしまった。


 黄色でふわふわなオムレツ。その形は王城で出された物と遜色なく。トマトピューレで描かれたウサギの絵も一緒だ。


「い、頂きますわァ!」


 もう我慢できねえ! とばかりにリリィは叫び声を上げた。彼女がゆっくりとナイフをオムレツに差し込むと――柔らかなオムレツが割れて、中からはトロットロの半熟卵が流れ出た。


 一口サイズにカットしたオムレツをパクリ。


「んんんんっ!」


 口の中に放り込んだ瞬間、濃厚な卵の味が広がる。ふわふわでトロトロな触感も絶品だ。


「たまりませんわァ! たまりませんわァ!」


 腹ペコ状態のリリィは手が止まらない。次はウサちゃんの絵となっているトマトピューレと一緒にパクリ。


「ほわぁぁぁ!」


 トマトピューレの程良い酸味とトマト本来の味、それに濃厚な卵の味が混ざり合ってこれまた絶品。


「うんめェですわ! うんめェですわ!」


 王城で食べた時よりも数倍美味しい。卵が新鮮だからなのか、それとも極限までにお腹が減っていたからなのか。


 とにかく、リリィの手は止まらなかった。子供用スプーンでオムレツを掬っては口に放り込んでいく。


「うんめェ……。ああ、もうありませんわ……」


 気付けば皿の上には何もない。一体いつ食べ終わったのか。


 しょんぼりと肩を落とすリリィだったが、彼女の耳に奥の簡易キッチンから鳴る調理音が届いた。しばしその音を聞いていると、姿を現わしたのは皿を持ったユンだった。


「王女殿下。卵を分けて下さいまして、ありがとうございます。私もこれから堪能させて――」


「お、お待ちなさい! それはなんですの!?」


 ユンが持っていた皿の上に乗る料理。それを見てリリィは慌てて立ち上がる。


「え? 卵焼きですが……?」


 卵のお裾分けを受け取ったユンが作ったのは、平民達がよく食べる卵焼きだった。


 作り方はとても簡単だ。溶いた卵をフライパンに流し込んで、火をかけながら混ぜるだけ。スクランブルエッグに似た見た目であるが、卵焼きの中には細切れの肉らしき物が入っていた。


「平民が朝食としてよく食べる料理でもありますね。本当は魔獣肉のひき肉を使うのですが、無いので非常食として持ってきた干し肉を細かくカットして入れました」


 オムレツほど形はよくない。ふっくらもしていない。


 しかしながら、細かくカットされた干し肉が加えられている。冒険者が現地で作る即席料理みたいなものだろうか。


「平民達が作るオムレツには、これと同じように肉が入っている事が多いですよ」


「なんですって!? 平民はオムレツの中に肉を入れますの!?」


 なんてこった! その発想は無かった! と驚くリリィ。


 というのも、彼女が食べたオムレツは所謂「プレーンオムレツ」である。卵の中に具材を入れず、卵だけで作ったオムレツだ。


 オムレツの中に具材を入れるという発想自体は、既に王城の料理人達も勿論持っている。


 だが、王族に出す料理として具材入りオムレツが登場しなかったのは「卵料理は卵単品で仕上げる物」「肉は肉料理として出す」という格式めいた概念があるからだろう。


「た、食べてみますか?」


 そう言いながら、ユンはアンコをチラリと見た。アンコはユンを制止しなかったので、特に咎められる行為ではないようだ。


「具材となっている干し肉は凄いしょっぱいので、トマトピューレは使わずに食べるのが丁度良いかもしれません」


「なるほど。頂きますわ」


 置かれた皿を前にして、リリィはじっと料理を見つめた。


 素人料理故か、卵はまったくふわふわしていない。よく焼いた状態になっていて、表面に卵とくっついた干し肉が見える。お世辞にも綺麗な料理とは言い難いだろう。


 ナイフで切ってみると、やはりアンコの作ったオムレツと違ってふわふわ感は感じられなかった。どちらかといえば、薄いお好み焼きみたいな状態だろうか。


「ふむ……」


 一口サイズに切った物をパクリ。口に入れた瞬間、リリィの目がカッと開いた。


「卵料理のレボリューションですわァ!」


 卵焼きと塩分過多な干し肉の組み合わせは、見た目は酷くとも味は最高だった。干し肉に含まれる大量の塩分と卵の濃厚な味がマッチしている。


 確かにトマトピューレをかけては味が濃すぎてしまうだろう。そのまま食べるのが正義な料理だ。


「うまっ! うんめェ!」


 ふわふわオムレツとは違った食感がまた良し。中に投入された干し肉も丁度良い歯ごたえを与えてくれる。


「先ほども言いましたが、平民家庭ではオムレツの中に魔獣肉のひき肉を入れて作ります。それをパンに挟んで食べるのも美味しいですよ」


「なんてこと! なんてことですの!」


 パクパクと食べまくるリリィ。ユンが自分用に作った卵焼きはすっかりリリィの胃袋へ収められてしまった。


「具材入りのオムレツが至高。これは決定事項ですわ!」


 すっかりプレーンオムレツ派から具材入り派になってしまったようだ。


 固焼きの卵焼きではなく、ふわふわオムレツの中に具材が入っていたらどうなってしまうのか。アンコに口を拭かれるリリィは、アンコの顔をじっと見つめた。


「アンコ、今から具材入りのふわふわオムレツを――」


「なりません。食べ過ぎですよ」


 めっ、と叱られるリリィ。


 確かに食べ過ぎだ。オムレツを作るのに大きな卵を二つも使用している。ユンの卵焼きも合わせて、もう既に卵を三つも食べてしまっているのだ。


「食べ過ぎです」


 しゅん、とリリィは肩を落とした。瞳をうるうるさせながら、アンコの顔をチラリと覗き見るが……。


「いけません」


 今回はダメだった。

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