第14話 グーガー鳥の森 2


 小屋(王族仕様)の前に馬車を置いて、グーガー鳥の巣がある森の奥へ進むリリィ一行。


 猟師が言っていた通り、小屋から三十分ほど歩いた場所にグーガー鳥の巣があった。


「あれがグーガー鳥です」


 少し離れた場所に潜みながら、ユンの指差す方向を注視するリリィ。


 木の根元に葉や枝を集めて作った巣があって、丸々と太った茶の羽を持つ鳥の魔獣が「ぬぼー」とした顔で座っている。


 遠目から見ると全身覆われた茶の羽毛は、森に生える木と同色であり、擬態しているようにも見える。景色と同化して外敵から身を守る術としているのだろうか。


「確かに生きる事に絶望したおっさんのような顔をしていますわ」


 だが、よく見ればグーガー鳥の顔にはストレス社会で疲れ果てたおっさんのような表情が張り付いていた。あの絶望感漂う鳥の足元には卵が埋まっているようであるが、本人はもう完全に「死んでもいいやぁ……」みたいな表情である。


 周囲をきょろきょろと見渡したグーガー鳥はそのまま目を閉じて「ぐがーぐがー」と鳴き声を上げた。どうやら眠ったようだ。


 せっかく擬態している(?)のに、特徴的な鳴き声を上げて眠っては意味が無いだろう。これがグーガー鳥の持つ種としての業なのだろうか。


「如何なさいますか。私が仕留めてきますか?」 


 茂みに隠れるメディナが腰の剣に触れながら問う。だが、リリィは首を振った。


「自分でやりますわ。でなければ、意味がありませんもの」


 お腹を極限まで減らせて食べるご飯は美味しい。オムレツだってそうだ。


 故にリリィは食事の前の運動をしようというわけである。


「よいしょ」


 リリィは足元にあった小石を掴んだ。その場で立ち上がると小石を持ったままセットポジションを取る。


 ドレス姿のまま片足を上げ、理想的な投球フォームで小石をグーガー鳥に向かって――


「オラァァァッ!! ですわァァァッ!!」


 投げた!


 ズォォ! と空気を切り裂くような剛速球。放たれた小石の軌道上にある草が風圧で弾け飛び、地面には一直線の軌跡を残す。


「ゴゲェッ!?」


 グーガー鳥の脳天に小石が当たると、パァァンと水風船が弾けるような音がした。周辺の木々に止まっていた小鳥達が音に驚き、一斉に飛び立っていく。


「ハワァー!?」


 驚きの声を上げるユンの目に映ったのは無残な姿となったグーガー鳥の頭部だ。とてもじゃないがお見せできない。表現するならばモザイクが必要な状態だ。


 改めて言っておくが、遠距離攻撃の代名詞となっているのは弓である。決して、小石を投げただけで44マグナムのような威力を出せる人間などそういない。


「リリィ様、さすがです! ナイスゥー! ナイスゥー!」


「そうでしょう。もっと褒めなさい」


「キャー! リリィ様、超絶カワイイー! マイ・エンジェール!」


 ふふん、と胸を張るリリィの横には、いつの間にか七色に光る棒を両手に持って、額に「リリィ様LOVE」と描かれたハチマキを巻くメディナがいた。


 彼女は恍惚とした表情のまま七色に光る棒を振って、主の偉業を称えているではないか。


 それを見たユンは「これは夢、これは夢」と何度も呟きながら顔を両手で覆った。ぶん投げた小石の威力もそうだが、もっとショックだったのは憧れの女性がヤバイ表情をしていたからだ……。


「さぁ、卵を確保しますわよ!」


「はっ!」


 現実逃避していたユンの耳にリリィの声とメディナの返答が届く。顔を向ければ、メディナの恰好はいつも通りだった。


 さっきのは夢だったのか。ユンはもう何が現実なのか分からなかったが、巣に近付いて行く三人の後を追った。


「この下にありますね」


 ユンが土を掘り返すと、確かに卵があった。白に茶色のマーブル模様をした大きな卵は、成人男性の拳より少し大きいくらいのサイズだろうか。


 土を払ってリリィに渡すと、まだ小さな手の彼女が持つと随分大きく見える。


「まぁ。これが絶品オムレツに変わりますのね」


 普段から食材など目にしないリリィは、前回のヒレ肉同様に卵にも興味津々だ。目をキラキラさせながら卵をくるくると回して観察している姿が愛らしい。


「全部で五つですね。これで足りますか?」


 掘り起こした卵は全部で五つ。グーガー鳥が一回に産む数としては平均的な数だろう。


「貴女達もオムレツを食べたいでしょう? それに王城にも持ち帰りたいので、もう少し欲しいですわね」


「わ、私も良いのですか!?」


「ええ。当然の報酬ですわ」


 まさか王都では高価な卵が自分も食べられるなんて。ユンはまさかの出来事に歓喜の声を上げた。


 美味しい物が食べられて、更には金銭での報酬も貰えるなんて夢のようだ。着いて来て良かったかも、と考えを改めているようであった。


「あ、親鳥の方はどうしますか?」


「好きになさって結構ですわよ。羽毛が欲しければ持ち帰りなさい」


 頭部にモザイクを掛けねば直視できない状態の親鳥はユンに譲られた。綺麗に羽毛を剥いで持ち替えれば金に変わる。しかも、丸々一匹であれば平民にとって馬鹿にできない金額だ。


「さぁ、どんどん卵を集めますわよ!」


 それからしばらく、グーガー鳥の卵集めが開催される。広い森の中にいるグーガー鳥を見つけるのは簡単だ。


 なんたって、変な声がする方向に行けば良いだけである。見つけたらまたリリィの剛速球をぶち当てて、地面の中にある卵を回収すれば良い。


 卵集めは順調に進み、幸いにして森に住む他の魔獣にも遭遇する事は無かった。空が茜色に染まる頃には、卵は三十個ほど集まっていた。


「卵も十分集まりましたし、そろそろ戻りましょう」


「あー! お腹減りましたわ! 早くオムレツが食べたいですわ!」


 おやつ抜きで頑張ったリリィのお腹も限界だ。サクサクと草を踏みながら小屋に戻り、待ちに待ったオムレツパーティーの開催となった。

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