第13話 グーガー鳥の森 1


 リリィを乗せた馬車は王都から南東に続く街道を走っていた。


 カタカタと車輪を鳴らしながら動く馬車の御者台にはメディナが乗っていて、キャビンの中からはユンの魔獣に関する講義が漏れ聞こえていた。


「グーガー鳥とは丸々と太った鳥の魔獣なのです。鳥なのですが空は飛びません。厚い脂肪と羽毛に覆われた陸鳥と言われる種の魔獣です」


 一言で言ってしまえば、丸々と太ったデブ鳥である。数多く存在する魔獣の中でも最弱に近い。


 そもそも、グーガー鳥は外敵と戦う気すら無さそうだとユンは語る。


「他の魔獣に捕食されるのも仕方ない。そんな顔つきをしています」


 この世に絶望しているような、捕食される側としての立場を受け入れてしまっているような、そんな表情をしているらしい。


 だからだろうか。グーガー鳥は常に巣の上で眠っている。その眠る鳴き声が「ぐがーぐがー」とイビキのように聞こえる事から「グーガー鳥」と名付けられたそうだ。


「ただ、捕食されるのが分かっているからか、卵をいっぱい生むんですよね。足で土を掘って、その中に卵をいくつも生み落とします」


 卵の大きさは鶏卵の二倍程度。産み落とした後は土で覆って外敵から卵を守るらしい。


「グーガー鳥は弱いんですけど、卵を狙う人間には必死に抵抗してきます。大音量の鳴き声を上げて威嚇するんです。耳が痛くなっちゃうので、遠距離で親を仕留めてから卵を採取するんですよ」


 親鳥としては当然の判断かもしれないが、グーガー鳥の卵採取にやって来た人間に爆音の鳴き声を聞かせて追い払おうとしてくるとか。他の魔獣には諦めているのに、人間に対してはイキリ散らしてくる。そんな魔獣だ。


 よって、卵を採取して売買する事を商いにしている人間は弓を持って向かう。遠くから寝ている親鳥を仕留めた後に卵を回収するのが基本的なやり方だ。


「親鳥は食べませんの?」


「親鳥の方は凄くマズイです。肉が脂肪だらけなんですよ。ブヨブヨで歯ごたえも悪いですし……」


 脂身だらけで美味しくないらしく、平民でも食べる者はごく僅か。どちらかと言えば油代わりにフライパンに投入して、油がフライパンに馴染んだら捨てるという使われ方をしているとか。


「でも、羽毛は寝具に使われていますね。あとは内蔵の一部が薬師の作る薬の材料になります」


 親鳥は基本的に食用としてではなく、別の用途に愛されるているようだ。ただ、リリィも今朝体験したばかりであるが卵の方は絶品である。


「卵は本当に美味しいですからね。生息地の近くにある村では安価で買えますし、宿では卵料理が出るので冒険者からも人気ですよ」


 王都ではお祝い事の際にしか食べられない価格であるが、生息地付近では安価で買える。近隣の村を訪れた冒険者は、宿の食堂で出される卵料理を堪能して帰るのが楽しみの一つらしい。


「ええ。私も朝堪能しましたわ。本日は現地で卵を採取して最高のオムレツを食べますのよ」


 リリィの言葉を聞き、ユンは「ああ、なるほど」と頷いた。これが今回の動機であるとようやく聞かされたようだ。


「リリィ様、見えてきました!」


 魔獣講義がひと段落したタイミングで、御者台に座るメディナの声が聞こえてきた。


 キャビンの窓から頭を出すと、目の前には小さな森が見える。ここが今日の目的地であった。


「お姉様、森の中に続く街道が見えますか? そこを少し進んだ場所に冒険者がよく使うキャンブ地があります」


「承知した!」


 森を貫くように敷かれた道を進むと、ユンの言っていた通りに小さなキャンプ地が見えた。といっても、開けた場所に焚火の跡がある程度なのだが。


 そこで停車すると、リリィ達は外に出る。


 背筋を伸ばすリリィの横でメディナは木々の隙間から見える空を見上げた。


「ふむ。ここまで来るのに昼を過ぎたか……」


 ここから卵の採取やら料理やらを楽しんだら、帰る頃には夜になってしまうだろう。夜に移動するのは少々危険が伴う。どこかで一夜を明かすべきか、とリリィに提案しようとした時――


「おや、こんにちは」


 森の奥から現れたのは、近隣の村から足を運んだであろう猟師であった。


 猟師の登場にユンの肩がビクリと跳ねる。この猟師が現れる際、気配を全く感じなかったからだ。凄腕冒険者である彼女は猟師を怪しむような目線を向けるが……。


 対する猟師は態度を変えない。リリィ達を前にニコリと笑い、彼はズボンのポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭う。


 彼が取り出した黒いハンカチは、田舎住まいの猟師に似合わぬとても高級そうな質感である。メディナとアンコの視線もハンカチを数秒注視するが、すぐに視線は外された。


「貴殿、地元猟師か?」


「ええ。騎士様と……。もしや、リリィ王女殿下でございますか?」


 猟師はメディナに顔を向けた後に、彼女の後ろにいたリリィに気付く。その後、すぐさま平伏してみせた。


「くるしゅうないですわ」


「ははっ!」


「私達、グーガー鳥の採取に来ましたの。猟師であれば何かご存知かしら?」


「はい。この先にグーガー鳥の巣がいくつかございます。卵は最近産んだばかりのようなので、数は十分にあるかと」


「ほほー」


 それならばオムレツはお腹いっぱい食べられそうだ。オムレツを思いっきり堪能したいとおやつを我慢したリリィにとっては素晴らしい状況と言える。


「この辺りに宿のある村はあるか?」


 次に猟師へ問うたのはメディナであった。どう足掻いても日帰りは難しいと判断したのか、リリィが安全に眠れる場所の確保をしたいらしい。


「奥に粗末ではございますが小屋があります。そちらも最近になってお国が建てた物ですので、宿泊する分には使えるかと」


「ほう。そうか。そちらを見させて頂こう」


「ははっ」


 再び頭を下げる猟師。質問を終えたメディナがリリィに奥へ行きましょうか、と提案した。


「そうしましょう。ああ、貴方。褒美を差し上げますわ」


 アンコからお財布を受け取ったリリィは金貨を取り出すと、頭を下げたまま両手を差し出す彼の手の上に金貨を置いた。


「ありがたき幸せ!」


「では、参りましょう」


 平伏したままの猟師を横目にリリィ達は再び馬車に乗り込んだ。そのまま奥まで進んで、猟師の言っていた小屋を目指す。


 進んだ彼女達は猟師の行っていた小屋に辿り着いた。


 ただ、彼が言っていたはどう見ても――


「家じゃん」


 どう見ても家だった。平民が住む平屋タイプであるが、外壁や屋根は建てられたばかりのように綺麗だし、ドアや窓には貴族が好むような装飾まで施されている。


 どこからどう見ても「敢えて平屋で作りました」「森の中に馴染むように作りました」「でも、王族が過ごす為に最低限の装飾は施します」といった感じ。


 大きな屋敷も建てられるが、雰囲気にマッチするよう敢えて平屋にしたとしか思えない。


「どう見ても王族仕様の家じゃん」


 リリィの為に用意されたような小屋(王族仕様)を前にしてユンは呆けてしまうが……。


「ふむ。確かに小さな小屋ですわね。ですが、雰囲気は悪くありませんわ」


「そうですね。リリィ様がお過ごしになるには少々小さいですが、森の中で一泊するには雰囲気と合っているのではないでしょうか?」


 小屋にしては豪華な建物を「小さい」と称する王城組。ユンとの価値観の違いを露呈させつつ、メディナを先頭にして小屋の中へ入って行った。


 中もとんでもなく綺麗だ。小屋全体は木造で造られているが暖炉まで用意されているし、用意された家具は王都貴族街で売られている一流品にしか見えない。


 床に敷かれたラグだけでも平民の年収分くらいの値がしそうな最上クラスの物である。


 ユンは確信した。


「絶対、王女殿下のために作ったじゃん」


 高級家具に加えて、壁にリリィの肖像画が飾られていたからだ。


 前々から用意されていたのか。それとも自分達よりも先回りして超絶ハイスピード突貫工事を行ったのか。


 答えは出ぬが、ユンは王城の行動力に驚くことしかできなかった……。  

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