第10話 最強王、焦るッ!


 ヴェルトリアン王国は王政を敷く大国である。建国から五百年が経過した今では、この大陸において三大国家のうちの一つとして君臨している。


 この国において、王族とは強さの象徴だ。


 その象徴たる歴史は建国以前、ヴェルトリアン人が狩猟民族であった頃より始まった。民族時代にて一族のまとめ役とされた族長は、狩猟において一番の実力を持つ者が代々担ってきたのだ。


 歴史が進み、人としての文化が成熟していってもその基本は変わらない。


 王族と呼ばれる一族が国を統治する時代に突入しても、ヴェルトリアン王族の中で『王』となれるのは一族の中でも一番強い者が王となる。


 ただ、この強さという概念。これは一言で語るには難しい代物だ。何故なら強さの概念は様々に存在するからだ。


 単純に腕力での強さを示すも良し。知力で、カリスマ性で。腕力だけが強さとは言えない。


 しかしながら掟としては、とにかく一族の中で最も強いと認めさせれば良いのである。


 今現在、ヴェルトリアン王国国王となった男――アーノルド・ヴェルトリアンが示したのは『武力』であった。


 彼が誕生した当時の時世は、長く続いた戦乱が後を引いていたという背景もあって、国や国民は安心と安全な生活を求めていた。何者にも侵略されず、自由で、毎日安心して眠れる日々を求めていたのだ。


 それを幼き頃から理解していたアーノルドは強さを求めた。


 されど、彼は頭も良かった。その証拠に、彼は幼い頃に悟ったのだ。


『何者にも負けず、何者にも屈せず、国と国民を守れる圧倒的な武力があれば良い』


 世において「最強」と名乗り、相手が戦争を仕掛ける事を躊躇するほどの強さを手に入れれば、戦乱に巻き込まれる不幸な国民が生まれない、と。


 故に彼は幼き頃より鍛錬と武者修行の日々に暮れる。己が信念を貫く為に妥協はしない。一切の甘えを捨てての鍛錬を積み、強き者がいると知れば挑みに向かう。


 そうして、彼は悉く捻じ伏せた。捻じ伏せて、世に知らしめたのだ。


 アーノルド・ヴェルトリアンは最強の男である、と。


 王族、自国民だけじゃなく、世界からも彼は最強であると認められた。彼の努力と信念があったからこそ、今のヴェルトリアン王国がある。


 忘れるな。彼が生まれたからこそ、今我々は安心して眠れるのだ。


 ――――ヴェルトリアン書房出版本『世界最強の王』より抜粋。



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 ヴェルトリアン王国王城。ここは最強の男が手腕を振るう中核である。


 つい先日より王城内で最もホットな話題は王都付近に姿を見せたアジャダブ兵の件だろう。


 報告が成された時、王城勤めの貴族達には衝撃が走った。王の娘である王女が退けたから良かったものの、国としては一大事である。なんたって、国の中枢付近まで敵兵が侵入してきたのだから。


 どうしてこのような事態になったのか。どうして国境警備を気付かれずに突破できたのか。貴族達はそれら疑問について議論を交わしていたが、王であるアーノルドは既に答えを知っているかのようだった。


 彼は既に手は打っていると宣言し、議論の場を終わらせる。


 翌日になって王城へ姿を現わしたのは、アジャダブ王国との国境を守護するよう代々命じられていた領地の領主。それとアジャダブ兵が通過したと予想された領地の領主であった。


 国境までゆっくりとした馬車旅で向かえば五日間ほど掛かる。馬を各地で交換しながら徹夜で走れば三日か二日だろうか。とにかく、事件の翌日に王城へ到着したという事は、事件発生よりも前に招集の命令を下していたのだろう。


 全速力で王城までやって来た領主達は、疲れを癒す暇も与えられず謁見の間に連行される。 


 そこで怯えるような顔を、玉座に座る王へ向けていた。


 玉座に座る王、アーノルド・ヴェルトリアンは巨大であった。パッと見るだけでも身長は三メートルを越えているように見える。


 否、これは彼の鋼よりも硬く鍛えられた体から溢れる闘気が見せる幻だ。それでも正式な身長は二メートルもあるのだが。


 彼等が怯える理由は溢れ出る闘気に気圧されているだけじゃない。世紀末覇王のようなめちゃくちゃ濃くて厳つい顔も原因の一つであろう。


 鋼の肉体を持ち、溢れ出る闘気、それと怖い顔。怯えるのも無理はない。


 通常状態でも怖いのに、今日に限っては明らかに怒りを顔に滲ませていた。だからか、余計に怖い。いつもの三倍増しくらい濃くて怖い顔である。


「うぬら、裏切ったようであるな」


 更には見透かすような目で、彼等の心に言葉の右ストレート。それはまるでダンプカーが全力突進してきた勢いに等しい。


「そ、そのような事は決して!」


 言われて、パチュンと心臓が弾け飛びそうなほどの衝撃を受けるが、貴族達は何とか生を掴もうと必死に言い訳を口にする。


 だが、それらは一切無駄であった。


「我が忠実な臣が既に貴様等の蛮行を掴んでおる――」


 フゥ、と大きくため息を吐いた後に、王は大きく息を吸い込んで肺に溜めた。


「言い訳は無用ッッッッ!!」


 次の瞬間、謁見の間に響く王の叱責。その声は強烈な超音波となって場を震わせ、貴族達は凄まじい衝撃波をその身に食らう。


 空気の圧が肉を押し、肉と骨が分離しそうな衝撃。さすがに死には至らなかったが、代わりに彼等の着ていた服は全部消し飛んだ。


「ひ、ひぃぃぃぃ!?」


 一発の声によって全裸になってしまった貴族達は、慌てて秘部を隠しながら悲鳴を上げるしかない。


「敵国より金を受け取り、国を裏切るとは」


 こうなるのも当然の報いだ。


 彼等はアジャダブ王国の貴族から金や物を受け取って、敵兵を中に招き入れたのだ。王国貴族にあるまじき蛮行。故に、王は沙汰を告げる。


「貴様等には熱々鉄板地獄の刑に処すッッッッ!!!」


 ――熱々鉄板地獄の刑とは、ヴェルトリアン王国に伝わる最もポピュラーな刑である。


 熱々に熱せられた鉄板の上にあぐらを掻き、定められた時間を耐えれば良し。耐えられれば漢気あると判断されて、いくらか減刑がなされるという。


 しかしながら、熱々鉄板の上で我慢できずに暴れれば、鉄板の上に置かれた不安定な大皿から大量の油が零れ落ちる。熱々の鉄板上に油が流れれば……どうなるかは想像するに容易いだろう。


 尻がカリカリに焼けてしまうのであるッ!


「お、お慈悲を――!」


「ど、どうか、その刑だけは――!」


 必死に刑から逃れようとする軟弱者達。だが、王は一切聞き入れなかった。


「この不埒者どもを連れて行けェいッッ!」


 王の命令により、謁見の間に現れたのは国王の傍に仕える選ばれし騎士達であった。


 所謂、近衛騎士。なぜか彼等の髪型は全員がモヒカンである。さらには騎士なのに何故か肩にはトゲトゲの肩パットを装着するのが正式装備であった。


 そんな世紀末覇者の部下達みたいな近衛騎士達に、不埒者である貴族達は引きずられて行く。


「お見事なご采配でした」


 引き摺られて行く貴族達を見送るのは、王の横に控えていた宰相のサンドマン。彼は他と比べても細い体をしているが、彼が得意とするのは武力ではない。頭の中にある知識で王を支える忠臣の一人である。


「うぬらの迅速な情報収集能力があってこそよ。誇れ!」


「ははっ。ありがたきお言葉。他の者達にもお伝えしましょう」


 玉座に座る王が言葉を授けると、サンドマンは恭しく頭を下げた。


「しかし、最悪の事態を防げたのはリリィ様のおかげにございます。さすがは王の血を引く御方」


 サンドマンを中心とした王の側近達は事前にアジャダブ王国の動きを察知していた。しかし、王都付近にまで接近している事までは掴めていなかった。


 敵兵を王都の中に侵入させてしまう、その最悪の事態を防いだのはリリィが東の森に赴いた偶然と彼女の圧倒的な武力があったからこそだろう。


「自慢の娘であるな」


 玉座に肘をつきながら、アーノルドは「ニィ」と笑った。その顔は邪悪な魔王にも見える。泣いていた子供でさえ、泣き止んで失禁しながら気絶するだろう。


 娘を誇りに思う王であるが、滅茶苦茶心配したのも事実。娘を危険な目に合わせてしまったのも事実。


 だからこそ、裏切り者の尻をカリカリに焼くのである。


「さて、次の予定はどうだったか」


「はい。次は民からの治水工事に関する要望が――」


 と、このタイミングで謁見の間のドアが大きく開かれた。廊下の窓から差し込む光を浴びながら突入して来たのは王女リリィだった。


「お父様! 私、王都の外に外出したいですわ!」


「ぬうううっっ!?」


 愛娘リリィの放った言葉を聞いて、最強王アーノルドは人生最大級の焦りを抱く!

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