第9話 理由と正当性
グーガー鳥の卵を採取しに行くには問題がある。
そう告げられたリリィは朝食を終えると、自室のベッドに腰掛けながらアンコと向き合った。彼女は腕を組んで顔には「さぁ、聞かせてもらおうか!」と言わんばかりの不機嫌顔である。
「どうして、私が直接向かっては行けませんの!?」
リリィの問いに対し、アンコはいつも通り冷静な様子で告げる。
「先日赴きました森にて、敵兵と遭遇致しました。それを耳にした国王陛下の命にございます」
タックブルの生息地である東の森にて、アジャダブ王国の敵兵と遭遇したのは記憶に新しい。その件がリリィの父親である国王の耳に入ったようだ。
といっても、報告したのはアンコなのであるが。侍女としてリリィの行動やその時の状況を全て報告するのは彼女の仕事でもあるので仕方がない。
とにかく、一国の姫が敵兵と遭遇したとあっては大問題だ。例えリリィが歳に似合わず強かったとしても、王族としては好ましくない状況と言える。
子の心配をした――いや、必要以上にリリィを心配する国王が「問題が解決するまで王都外への外出は禁止」と命を出すのも頷けよう。リリィに何かあれば一大事であるし、娘を持つ父親の心情としても理解できる。
「いやですわ! 行きてェですわ! オムレツ食べてェですわ!」
リリィはわがままを言った。ベッドの上でバタバタと両手両足を振り回しながらダダをこねた。
バタバタと暴れた後にチラリとアンコを見やる。ダメ? と問うような目線を向けるが――
「なりません。国王陛下の命は絶対にございます」
王族であるリリィはわがままを許されている。だが、それ以上に優先されるのは彼女の両親たる王と王妃の命令だ。
「いやですわ! いやですわ! 食べてェですわ! 食べてェですわ!」
バタバタバタ。チラリ。
二度目の懇願。うっすらと目尻に涙を溜めながら視線を向けるもアンコの態度は変わらない。
……いや、クールなアンコの肩が震えている! リリィのわがまま駄々っ子攻撃に屈しないよう耐えているようだ!
きっとアンコの脳内では、リリィのわがままと国王の命令がそれぞれ天秤に乗っかって揺れ動いているに違いない。
そんな状況の中、部屋の外からノックの音が。新たに入室して来たのは、王城の執事を統括する老執事長――シュタインであった。
歳相応の白髪とダンディな口髭。柔らかい物腰であるが、執事の鏡とも言える華麗な所作。目には牛乳瓶の蓋のように厚く、更には白く曇ったレンズのメガネを掛けていた。
他の執事からは「あのメガネでよく見えるな」などと影で言われているようだが、彼の動きには一切の迷いと淀みが見られない事で有名である。
「ほほほ。リリィ様。随分と駄々をこねていらっしゃるようですな」
シュタインの口元には朗らかな笑みが浮かぶも、同時に王族にも物怖じしない言葉が飛び出す。
「じいや!」
長くヴェルトリアン王家を支え、王家からも信頼の厚い彼だからこその発言だろう。
その証拠に、リリィはベッドを飛び出すとシュタインに飛びついた。
「じいや! 聞いて下さいまし! お父様が外出禁止って言ってますのよ! じいやからも説得してちょうだい!」
「ほほほ。陛下はリリィ様を大事に思っておりますからなぁ」
屈んでリリィを受け止めたシュタインは嬉しそうに笑う。彼にとって、彼女は宝だ。支えるべき王族の姫と思うと同時に、孫のような存在であると思っているのだろう。
「それでも、タマゴが食べてェんですわ!」
「ふぅむ。なるほど」
シュタインは少し悩むような仕草を見せた後に、人差し指を立てる。
「リリィ様。リリィ様はそのタマゴを食べてどう致しますか? ただ食べるだけにございますか?」
彼はリリィに教えを説くように話し始めた。
「食べるだけ、ですの? タマゴは食べる物ですわ。他に何がございまして?」
首を傾げるリリィであるが、シュタインは優しい笑みを浮かべる。
「リリィ様。この世には理由と正当性が必要な時もございます。特に貴女様のような存在には必要とされる事が多くございましょう」
自分が食べたいから。これだけでは説得力がない。リリィの歳であれば、ただのワガママとして大人は見てしまう。
「ですが、こうしたらどうでしょう。リリィ様はいずれ王国の女王となります。その日の為に平民達の生活を理解したいのだと」
王とは、ただ城の玉座に座っているだけじゃない。国民を外敵から守り、生活を守り、安全と繁栄を提供する為の舵を執る存在として君臨しているのだ。
どうすれば豊かになるのか。どうすれば国民が豊かに暮らせるのか。何があって、何が足りないのか。様々な事を知らねばならない。
だからこそ「ただタマゴを食べたい」という理由では弱い。
「平民の食事事情を理解し、向上させたい。だからこそ、王家として知る必要がある。こうすれば理由と正当性が生まれます」
「でも、シュタインが考えて言ったことですわ。私が考えたことではないのよ」
「ほほほ。それでも構わぬのですよ。私達は王家を支える為にございます。共に悩み、共に進む。それが我等の存在意義にございます。それでも納得し兼ねるのでしたら……。そうですなぁ」
シュタインはもう一度、人差し指を立てた。
「リリィ様が食べた食事を本にするのはどうでしょうか?」
「本、ですの?」
こてん、と首を傾げるリリィ。食べた物を本にしてどうなるのか。なんの得になるのか理解できない様子。
「本とは多くの者に知識を授ける物にございます。世の美味しい物を食べて、記録して、皆に教えるのです。すると、どうでしょう。リリィ様も最近気付いた事がございましょう?」
「あっ! 私のように、魔獣肉の美味しさに気付く者がいるってことですわね!?」
「はい。国の貴族は魔獣肉を食べません。ですが、リリィ様は食べて美味しいと言った。であるならば、他の者も食せば美味しいと気付く。気付いた者が増えれば肉の需要が増加します。魔獣肉を仕入れる平民や冒険者達は商売繁盛し、国の経済が回ります」
これがリリィの理由と正当性。
魔獣肉は平民しか食べない。貴族も食す事になれば魔獣肉の需要は増えるだろう。肉屋から冒険者、末端の者達に仕事が増える。何より貴族が金を落とせば経済が回る。
魔獣肉だけじゃない。他にもまだ一部の者にしか知られていない美味しい食材や料理を見つけて、美味しいと発表すれば貴族・平民問わず人気は高まるだろう。なんたって、国一番の高級料理を普段から食べているお姫様が認めるのだから。
これにより、王都だけじゃなく地方の活性化も狙える。地方特有の料理が有名になれば、旅人が増える。旅人が増えれば宿だって潤う。
前述した冒険者も勿論の事、食材を輸送する輸送業だって潤うし、店頭販売する商店や食堂も。
広く見れば、リリィの行動は王国にとって食事関連に留まらず多くの利益を生み出すだろう。
「どうですかな? ただ、タマゴを食べたいと言うだけではいけません。このように正当性を説明できれば、きっと国王陛下もお認めになるでしょう」
シュタインの教えを聞き、リリィの顔はパァと明るくなった。
「さすが、じいやですわ! 大好きですわ!」
「ほほほ。光栄の極みにございます」
リリィに抱き着かれ、シュタインは嬉しそうに笑った。まるで孫と祖父の触れ合いである。
「しかし、リリィ様が陛下を説得せねばなりません。まだまだ油断してはなりませんぞ」
人差し指を立てたシュタインは言葉を続ける。
「それと外出する際は絶対に護衛を付けること。これはじいやとの約束にございます」
「分かりましたわ! 早速、説得してきますわ!」
「陛下は謁見の間にいらっしゃいますぞ」
リリィはシュタインに「わかりましたわ!」と大きな声で返答しながら駆け足で部屋を飛び出して行く。
残されたシュタインとアンコは彼女の背中を見送った後に――
「アンコ。リリィ様の外出準備をしなさい。私は
「はい。お父様」
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