第8話 新しい朝
森のお食事会から一夜明け、翌日の事である。
「本日の朝食はパンとオムレツ、それにベーコン。スープはコーンクリームスープにございます」
「はふぁ~……」
配膳された朝食のメニューを告げる執事。しかし、朝食を前にするリリィはとても眠そうだった。
うつらうつらと首を傾かせ、目は未だ半開き。可愛らしい欠伸が漏れて、いつも以上にへにゃへにゃだ。
両手にナイフとフォークを握っているが、見守るメイドや執事からすれば危なっかしくてしょうがない。
彼女が寝不足なのはワケがある。
先日、森で行ったタックブルの焼肉。あれが忘れられず、ついつい夜更かししてしまったのである。
毎晩夜の十時には寝るところ、昨晩は興奮しっぱなしで十二時過ぎまで目がギンギンだった。気付けば寝ていた状態であったが、朝起こしてくれたアンコにぐずってしまうほど眠くて仕方がない。
ただ、彼女と彼女の生活を守る侍女アンコには、正しい生活リズムを送るように母――王妃から厳命されている。怒ると怖い母に報告されては敵わん、と朝食の場に出てきたのだが。
「あむ……」
あむあむとカットしたベーコンを一口。ベーコンの味はいつも通りだ。王侯貴族用に飼育された豚のベーコンなのだろう。
次はスープを一口。コーンの甘さと塩味のバランスが素晴らしい。若干とろみのある舌触りもいつもと同じく。
次に薄めにカットされたバゲット。こちらは勿論、朝焼いた焼きたてのものだ。丹精込めて作られた最高級のパンであるが、こちらもリリィからしてみればいつも通りである。
最後に――リリィはトマトピューレで「うさぎさん」の絵が描かれたオムレツに手を付けた。
ナイフを刺し込めば中のとろとろ卵が溢れ出る。上手にフォークですくって口の中に一口入れると……。
「んんッ!?」
幼き王女、リリィ・ヴェルトリアンに電流走る。
「こ、これは……!」
いつもと違うッ!! 見た目を凝視するも違いは見えず。確かめるべく、もう一口。
「んんッ!?」
リリィの眠気が吹っ飛んだ。彼女の脳は完全に覚醒し、いつも食べるオムレツとの違いを探すべくフル回転。
調理法は――否だ。中とろとろ、外ふわふわであるのはいつも通り。
うさちゃんを描いたトマトピューレか? 否だ。これも違う。
では、どこだ。どこが違う。
答えはそう、タマゴ。使われているタマゴが違う。
「り、料理長を呼びなさい! 早く!」
「は、はい! ただいま!」
焦り狂ったメイドが厨房にダッシュした。
ダッシュしたメイドの報を受けて食堂に姿を現わしたのは料理長――グレッグ。
「リリィ様。お呼びと聞き、参上致しました」
「料理長、やってくれましたわね……!」
リリィの物言いを聞き、食堂内にいた若いメイドや執事の間には緊張が走る。
毒か? それとも料理に不備があったのか?
「このタマゴはなんですの!? メチャウマですわ!!」
リリィは目をキラキラ輝かせながら、大きくカットしたオムレツをぱくり。口に入れた瞬間、彼女の口から「フゥー!」と歓喜の声が漏れ出た。
それを見て、料理長グレッグは口角を吊り上げる。
ニヤリ。
少々悪人顔の彼がこのようなリアクションをすると、どこぞのマフィアファミリーを率いるボスのような雰囲気である。
「お気付きになられましたか」
「貴方、またですのね!? またですのねェー!?」
オムレツが王女様の口にどんどん運ばれていく。パクパクパク……気付いた時にはもう「うさちゃん」がいなかった。
リリィはしゅん……と肩を落とした。それほどまでに美味だったのだろう。
「リリィ様。本日の朝食に使わせて頂いた卵はグーガー鳥の卵にございます」
「グーガー鳥……。鶏ではございませんのね?」
「はい。鳥の魔獣が産んだ卵にございます」
料理長グレッグの言葉を聞いたメイドや執事がざわめき立つ。
当然だ。王侯貴族は御用達指定された養鶏場で採れる高級卵しか食べないからである。魔獣の卵など平民の食べ物だ。
「グーガー鳥の卵は平民に愛されている卵の一つにございます。鶏の卵より大きく、味も濃厚。オムレツなどの卵料理には最適な卵にございます」
王族専門の養鶏場から届けられる高級卵に負けず劣らずの一品。
加えて、オムレツの色は綺麗な黄色だった。まさに「ザ・オムレツ」といった理想的な黄色であったと言えるだろう。もう皿の上には無いが。
「くぅぅっ! 料理長! これは平民街で売っていますの!?」
「はい。ですが、最高の味を食すのであれば、肉と同様に鮮度が命にございます」
料理長曰く、グーガー鳥が生息する地域は王都からやや遠い。タックブルが生息する森よりも遠くにあって、馬車で半日以上掛かるそうだ。
しかも、卵の運搬には慎重さを要する。卵が割れては商品にならないため、どうしても運搬に時間が掛かってしまう。王都平民街に並ぶグーガー鳥の卵は採取からかなりの日数が経過してしまうのが常だ。
グーガー鳥の生息地付近にある街や村ではそれほど貴重とされていないが、採取地から遠い王都住まいの平民達にとっては輸送料込々価格ともあって少しお高い食材となっている。
王都の平民達の間で愛される卵の一つであるが、どちらかと言えばお祝い事の時に食される食材と言うべきか。
「今回お出しした卵は採取から4日目の物です。王族献上品として特別待遇で届けられた物ですが……」
「現地で食せば、もっと美味しいと!?」
料理長グレッグは無言で頷いた。
そのリアクションにリリィは戦慄してしまう。
たった今食べたオムレツでさえ、メチャウマだった。気付けば無くなっていたのだ。
それよりも美味しければ……自分はどうなってしまうのか。彼女は珍しくも背筋をぶるりと震わせて、既に無いオムレツの姿を幻視した。
「ア、アンコッ! タマゴを採りに生息地まで赴きますわよ! 早急に準備なさい!」
ぎゅるんと傍に控える侍女アンコに顔を向けるリリィ。その顔には焦りがあった。
美味しい卵を食べたい。食べたくてたまらない。我慢が出来なさすぎて、焦ってしまうほど卵欲に飢えてしまっているのだろう。
しかし、顔を向けられたアンコは冷静な表情と声音で告げる。
「リリィ様。それには問題がございます」
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