第7話 王女様と冒険者
王女リリィとその一行は、アジャダブ王国兵の死体が放置された凄惨な現場から十分に離れた場所で休憩していた。
なんで休憩しているかって? そりゃあもう――
「んふ~。んふふふ~。ああ~。うんめェですわぁ! タンも最高ですけど、ヒレ肉もめっちゃうめェですわぁ!」
王女様の食欲を満たすためである。
敵国の兵士が領土侵犯を犯したという事実は早急に城へ伝えるべきだろう。何とか正気を取り戻した月光の剣達もその気であったが、運動をしたリリィのお腹が「きゅるる」と鳴ったからには仕方がない。
「肉食いますわよ、肉」
王女様の意見は全てにおいて優先される。
本来の目的であったタックブルをまた見つけて、リリィが再び一撃で狩ったのだ。白目を剥いた弓使いのユンに血抜き等を再び頼み、ようやく希少部位を味わう事となった次第である。
「うめェですわ! うめェですわ!」
パクパクと焼けた肉を口に放り込むリリィ。彼女の顔には蕩けるような笑顔があった。
鮮度も相まってタンもヒレも最高。アンコが鉄網に肉を置く度に鳴る「ジュワァァァ」という焼き音もたまらない。味覚でも聴覚でも楽しめる最高の肉料理こそが焼肉と言えるだろう。
最初の一口目に食べた塩レモンのタンなどほっぺたが落ちそうになった。肉厚で独特の歯ごたえ、牛タンとはまた違った味わいが素晴らしい。
特にアツアツの状態に塩を振りかけ、その上からレモン汁を数滴。ジュワッと溢れ出る肉汁に塩とレモンが混ざり合い、コリコリとした触感と歯ごたえが新鮮だった。
次に味わったヒレ肉も赤身でありながら柔らかく、普段から食べている豚肉に負けず劣らずの美味さ。店主が言っていた事に間違いはなかったと再認識した次第である。
特に意外だったのは動物の豚肉と違って脂身が脂っこくない事だろうか。
冒険者達曰く、仕留めたのがメスのタックブルだったのが余計に良かったようで。オスの方はメスに比べて、やや獣臭く感じるとのこと。
「ふーむ。脂身に関しては豚肉よりも好みですわね」
リリィは豚肉のとろんとした独特な味わいが苦手だった。しかし、タックブルの脂身は前述した通り脂っこくない。ほのかに甘味が感じられるほどだ。
脂身ばかりを食べたいとは思わないが、これなら脂身付きの肉でもペロリといけてしまう。
「リリィ様。次はわさび醤油で」
焼きたてのヒレ肉にわさびを少々。その上から醤油をチョロリ。
フォークを肉に突き刺して持ち上げると、肉の上から余分な醤油が垂れていく。
「……たまんねェですわ! うますぎィ!」
北にある同盟国、エルフの国から輸入された調味料で味わう肉も最高だ。
新鮮な赤身肉の歯ごたえと極上の肉質感。肉と醤油の味が溶けるように混ざり合って、口の中に駆け巡ったあとに来るツンとしたわさびの辛み。
塩レモンもサッパリして美味しかったが、わさび醤油も捨てがたい。いや、どちらも最高だ!
「あーあー! もう終わっちゃいますわ! 終わっちゃいますわ!?」
名残惜しくも最後の一枚をペロリと食べた。
もっと調味料を持って来ればよかったと後悔してしまう。
リリィはタックブルの肉を堪能すると、アンコに口の周りを拭かれながら満足気に頷いた。
「さすがは希少部位。たまりませんでしたわね。ここまで案内してくれた冒険者達も王都で褒美を与えましょう」
「ハ、ハハァー!」
お褒めの言葉も有難いが、今の彼等には恐怖心の方が勝っているのだろう。全員揃って額を地面に擦り付ける勢い平伏していた。
こうして、一行は無事に王都へ帰還。
月光の剣はリリィを王城に送り届けた後に「冒険者ギルドで報酬をもらうように」と告げられた。
「リリィ様。如何でしたか?」
王城に帰還後、自室を訪ねて来た料理長に問われると彼女は満面の笑みで返した。
「魔獣肉もうめェですわね。他にも試してみたいですわ」
肉を食べるならば動物肉。これがリリィにとってスタンダードだった。だが、今となってはその固定概念は破壊されている。
『美味しい物は美味しい。美味しい物に身分の差は無し』
そう纏めた彼女に料理長は深く頷いた。
「食はとにかく奥が深いです。リリィ様が仰るように、食材に身分はございません。動物の肉であろうと魔獣の肉であろうと、美味しい物は美味しいのです」
「ええ。私は今まで誤解しておりましたわ。これからも美味しい肉をいっぱい食べたく思いますの」
平民が日頃食べているタックブルの肉でさえ美味しかったのだ。他にも美味しい肉はまだまだ世に溢れているはず。
彼女がそう言って小さな握り拳を作ると、料理長は笑みを浮かべながら首を振る。
「リリィ様。肉だけではございません。他にも魚、卵、野菜……普段口にしていない物の中にも、美味しい物は山ほどございますぞ!」
「まぁぁ!」
リリィはキラキラと目を輝かせて、両方のほっぺたを手で押さえた。口からは涎が溢れそうになってしまい、慌てて口をきゅっと閉じる。
「美味しい物を知るにはどうしたらよろしいの!?」
「そうですなぁ……。魔獣関連であれば、やはり冒険者ギルドに聞くのが一番でしょう。冒険者達は美味しい魔獣食材を知っておりますし、他にも他領へ足を運ぶので地方特有の食材も多く知っております」
有名どころは料理長も把握しているが、冒険者達は魔獣に関する知識や他国他領にある隠れた名産品の知識を有している事が多い。
「本日ご一緒したAランク冒険者達であれば様々な魔獣を知っているでしょう。Aランクともなれば指名依頼で各地へ赴く事もございますし、各地方の美味しい食材を知っているかもしれませんね」
「では、彼等を私の専任に致しましょう。冒険者達を通じて、美味しい物をいっぱい食べますわ!」
この時、月光の剣は王女リリィと共に食の道を歩む事が決定したのである。
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食の道を歩む事が決定した事など一切知らぬ月光の剣は、冒険者ギルドで超絶巨大な安堵の息を吐いていた。
「もう受けない」
「もう行きたくない」
「命がいくつあっても足りない」
これらの感想は、冒険者ギルドで月光の剣を迎えた者達に「どうだった?」と問われた際に言った三人の感想である。
三人の脳裏に浮かぶのは、あの凄惨なシーンである。黙っていれば超絶可愛い王女殿下が修羅の如くブチギレ、敵兵を虐殺していく様を思い浮べるだけで体が震えてしまう。
怒らせたら自分達もアレと同じ運命を辿るのではないか。そもそも、ご機嫌を損ねた時点で国の騎士に首をスパッとやられるのではないか。
不安になるのも当然だろう。
「とにかく、リスクが高すぎる。俺達はもう王族からの依頼は受けないよ」
様々な事項を加味して、グレンは総括を述べた。
だが、周囲の者達は思ったろう。
『またまた、ご冗談を』
『金額的には美味しいが、お姫様のお守だからなぁ』
『わがまま姫との噂だし、精神的には疲れるか』
『王族の護衛だから神経すり減らしたんだろうなぁ』
などと、精神面からの疲労であると推測していた。ある意味正しいが、その度合いは桁違いであっただろう。
「俺達は平和な生活を望むよ……」
とにかく、Aランクパーティである月光の剣は、今後の方針として王族の依頼は極力受けないようにしたい。もっと言うのであれば、王都を出て他領の支部へ移籍したい。
グレン達が求めているのは、もっと、こう……。平和的な夢の現実だ。
確かに王族に気に入られれば夢への近道になるだろう。だが、今回の件は近道どころかロケットで月までブッ飛ぶ勢いである。違う。求めていたのと違いすぎる。主に勢いが。
うな垂れながら他の冒険者達と話していると、カウンターにいた事務員の女性がグレン達に向かって手を振っているのが見えた。
「グレンさん達~。ギルド長がお呼びですよー!」
女性事務員にそう言われ、三人はギルド長の執務室へ。そこで彼等は絶望的な運命を知る事となる。
「いやぁ、無事に終わって良かった。お前ら、リリィ王女殿下に気に入られて良かったじゃないか! 今後はお前らを指名すると城から連絡が来たぞ! 将来安泰――」
「「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」」」
ギルド長グライドが誇らしげな顔で告げた瞬間、月光の剣は絶叫を上げる。
「い、いやだああああ!!」
リーダーのグレンは頭を抱えながら叫んだ。
「ああ、あああああッ!!」
魔法使いのアニーは絶叫しながら腰を抜かして失禁した。
「――――」
弓使いのユンは体を真っ直ぐに硬直させて床に倒れ、そのまま白目を剥いて泡を吹きながら気絶した。
「お、おい!?」
慌てふためくグライド。彼の胸倉を掴みながら涙するのはグレンだった。
「俺達は王都支部を抜ける! 他領の支部で平和に暮らすんだ!」
狂乱するように叫ぶグレンだったが、ワケが分からぬグライドは困惑した表情で死刑宣告に等しい事実を告げる。
「え、ええ……? さっきも言ったが、次もお前達を指名するって正式に通達が来たぞ? 王城からの依頼は最優先にするよう言われたし……」
聞いた瞬間、グレンも泡を吹いて崩れるように気絶した。
Aランクパーティ、月光の剣の運命や如何にッ!
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