第11話 最強王、胸打たれるッ!


「お父様! 私、王都の外に外出したいですわ!」


「ぬううううっっ!?」


 最強王アーノルドは人生最大の焦りを覚えた。それは彼が若かった頃、世界最強を決める際にライバルであった男と戦った時でさえ感じなかったほどに。


 しかし、最強と謳われる王がこれ程までに焦る確かな理由がある。


「わ、我が娘、リリィッ!」


 この王、娘が大好きなのである。


 娘LOVE。娘のワガママは何でも聞いちゃう。娘の願いであれば、全世界を敵にしても良しと豪語するほど。


「お父様、外に行きたいですわ」


 娘には嫌われたくない。


 嫌われたくないから、外出禁止令を出しても直接言わなかった。アンコの口から伝えるよう命令したのである。なんて父親か。


 しかし、なんたる皮肉な事か。その小賢しい考えを巡らせた罰がたった今巡って来たのだ。


「ぬ、ぬううううっっっ!」


 厳つい顔が困り果てる。額からは一筋の汗が流れた。


「し、しかしィ……!」


 可愛い可愛い娘が敵兵と出会ったと聞き、王は酷く動揺した。怖がってなかった? 怪我しなかった? と何度もアンコに聞いてしまうほどに。


 問題は無かったようであるが、怖い思いをさせぬと下した命令であり、同時に娘を失いたくないからこその命令。


 娘が心配な父親心と可愛い娘のわがままを聞いてあげたい父親心が、王の心中で熾烈な争いを生む。


 最強と謳われた王をここまで困らせるとは、げに恐ろしき娘よ。


「お父様。私、美味しい物を食べて本を書こうと思いますの! 平民達の生活を知って、お父様のような王になりますのよ!」


「ぐわああああッ!!??」


 王の胸にリリィの言葉が深く突き刺さる。王は玉座から崩れ落ち、片膝をついて手で胸を押さえた。


「なんと美しき心か……!」


 父のようになりたい。このように言われて喜ばぬ父親がいるだろうか。


 王は両の目より滝のような涙を流し、天使のような愛娘の成長に感動で胸がいっぱいになってしまう。


「ねえ、お父様。外出してもよろしくて?」


「いいよ」


 王はニコリと微笑んで言った。


「わぁ! ありがとうございますわ、お父様! 大好き!」


「気を付けてね」


 王はデレッと笑って言った。


 駆け足で謁見の間から去って行くリリィ。彼女の背中を見送った後、王は「フゥー」と大きく息を吐いて何事もなかったかのように玉座へ座り直した。


「我が忠臣、サンドマンよ」


「ははっ」


 真の忠臣は話し掛けられてから初めてリアクションを返した。王の親馬鹿な姿など見ていない。そう言わんばかりに。これが真の忠臣たる所以である。


「我が娘に護衛を付けよ。それと、行先に先回りを――」


「ほほほ。陛下。既に手は打ってございます」


 サンドマンに命令を下す前に、謁見の間へ現れたのは老執事シュタイン。彼は朗らかに笑いながら、曇ったレンズの奥にある目を王へと向ける。


「護衛にはメディナ隊長を。加えて、鴉を七羽ほど放っておきました」


「ほう。相変わらず手際が良い」


 ニィ、と満足気に笑う王に対し、シュタインは「とんでもございません」と頭を下げた。


「リリィ様が本を書きたいと仰っておりましたが、それも貴方が?」


「ほほほ。別に悪知恵ではございませんよ」


 サンドマンの問いにシュタインはニコリと笑う。そして、リリィがやろうとしている事と本人に説いた教えをそのまま全て二人に伝えた。


「……なるほど。確かに有効な手段です。リリィ様が即位なさる時、平民から絶大な支持があれば王政は盤石となりましょう」


 顎に手を添えながら唸るサンドマン。


 リリィがやらんとしている事は、確かに理に叶った行動と言えるだろう。


 世に美味い物を知らしめ、賞賛し、民達に競わせれば王国内の食事文化が加速する。


 既存の食材や料理は需要が増し、経済がよく回る切っ掛けに。平民達も仕事が増えて豊かな生活が送れる事間違いなしである。


 同時に貴族が忌避する魔獣肉を食す事によって魔獣素材の需要増加に伴い、対魔獣に関する寄付や予算を多く分配する理由付けになるだろう。これによって、国内に蔓延する魔獣被害の抑制に繋がる。


 文化、経済、安全。全ての面で繋がる良い案だ。


 王が王ならば娘も娘か。宰相サンドマンはリリィに恐れすらも抱いてしまう。考えたのはシュタインであるが。


「さすがは我が娘よ」


 鼻高々な王。


 ニィと笑いながら娘の将来に想いを馳せてしまう。この男、娘が彼氏を連れてきたらどうなってしまうのか。


「私はお手伝いしたに過ぎませぬ。真の知恵者はリリィ様でしょう。なんと言っても目の付け所が素晴らしい。食事は人間にとって必要不可欠な要素でございますからな」


 満足気に頷く老執事。


 この老執事にとって、王家を支える事こそが何よりの喜び。リリィの行く末に光が差したことで、いつも華麗な所作が五割増しになっていた。


「さすがは我が娘よ」


 今日も王城は平常運転である。

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