第5話 弓使いのユン
どうも。私は月光の剣に所属している弓使いです。名前はユンって言います。
私達、月光の剣は辺境の村で幼馴染だった男女の三人組パーティです。仲良し三人組が夢を叶えるべく、村を飛び出したってやつですね。
幸いにも私達には冒険者の才能があったようで、今ではAランクにまで昇格できました。これでも王都支部では一目置かれる存在なんですよ。
おっと。私達の事は置いておいてですね。
今日はとんでもない依頼をギルド長に押し付けられました。
依頼内容を聞いた際は騎士団をタックブルの生息地に案内するだけの簡単なお仕事かと思いきや、実際はこの国の第一王女殿下であるリリィ様と侍女のアンコさんだけを案内するという内容でした。
ギルド長は私達を騙したのでしょうか。いいえ、あの人も知らなかったようです。
出発の間際、顔面蒼白で顔中から液体を流すギルド長に謝罪の言葉と「頼む、頼む!」と超必死な成功を願う祈りを受けました。
ですが、受けてしまった以上は仕方がない。腹を括るしかありません。
失敗すればクビです。王女殿下に怪我を負わせてもクビです。ちょっとでも王女殿下のお肌を傷付けたら、私達全員の首が物理的に飛びます。もしかしたら、出身地の村も焼かれるかもしれません。
リーダーである戦士のグレンもかなり緊張している様子。森に向かう道中、森に到着してからもグレンと魔法使いのアニーは細心の注意を払って行動しています。二人がここまで緊張しているのは初めて見ます。
私ですか? 私は集中したいのですが、姫殿下が魔獣について質問してくるので集中できません。
とにかく、王女殿下と魔獣について話をしながら進みました。
そもそも、どうしてお姫様が魔獣に興味を持ったのだろう? タックブルの希少部位を食べたいとか言っていますが、お姫様なんだから騎士に取って来させれば良いのでは? と思います。
「止まれ。見つけた」
リーダーのグレンがタックブルを見つけたようです。ハンドサインを掲げたので、私は王女殿下に隠れるよう進言しました。素直に受け入れてくれて一安心。
「あれがタックブルですのね。大きいですわ」
初めてタックブルを見た王女殿下の感想が耳に届き、私は王女殿下へと顔を向けました。
怖がっているかな? と思ったら、まさかの舌舐めずり。どこが希少部位なのかしら? とまで言っています。
あれは大牙を向けながら突進して来て、人の腹を簡単に突き破る魔獣ですよ。
王女殿下の目には、あの凶悪な魔獣が肉の塊にでも見えているのでしょうか。不敬ではありますが、食い意地の張った王女殿下に笑ってしまいそうでした。
「肉の鮮度を保つのであれば、急所を一突きするのが一番でしょう。その後、すぐに血抜きを行うのが良いと思います」
私は小さい頃から村で狩人を生業としていた父を手伝っていた事もあり、魔獣肉の心得はパーティー内でナンバーワンです。依頼の時も狩った魔獣を調理するのは私の役目ですしね。
自信満々の私がそう進言すると、王女殿下は「なるほど」と呟きました。
さて、腕の見せ所です。ここで王女殿下に力を見せて、有能だと示せれば騎士団にスカウトされるかもしれません。
なんでスカウトされたいのかって? そりゃあ、将来の為ですよ!
冒険者なんていつ死ぬかも分からない職業を続けるよりは、騎士団に入って集団行動した方が良いに決まっています!
それに騎士団に入れば一生安泰。お給金も良いし、出世すれば憧れのお姉様とお近づきになれて、国から騎士爵まで貰えます。
もしかしたら貴族家の男性と結婚できちゃうかも。でへへ。
え? リーダーのグレンはどうかって? 無い無い。だって、彼は魔法使いのアニーと恋人だもん。それに私はお金持ちになりたいの。優雅なお貴族様の暮らしに憧れているってわけ!
おっと。話が逸れちゃった。
私は背中に掛けていた弓と矢を手に取って、アピールタイム開始!
……と思っていたんですけどね。まさか、姫殿下が立ち上がって姿を晒すとは思いませんでした。マズイ。非常にマズイですよ!
「殿下!」
焦ったグレンが制止しましたが、時既に遅し。タックブルは王女殿下に顔を向け、その凶悪な鳴き声を上げたのです。
マズイですよ! グレン! 盾を構えて! 腹ぶち抜かれても止めなさい!
しかし、次の瞬間には「ドン」と横で地面が弾けました。
何事かと首を振ると、その場にいた王女殿下がいない。どこに行ったのかな? と首を戻すとタックブルの首を蹴飛ばしている王女殿下がいました。
首の骨を一撃粉砕されたタックブルはその場で地面に倒れました。私は目に見た全てが信じられませんでした。
「王族ですので」
王族って何だろう。私はそんな考えをずっと頭に巡らせながら、タックブルを血抜きして毛皮を剥ぎ、希少部位を切り取ったようです。ようです、と言うのは覚えてないからです。
魔法使いのアニーが「白目剥きながら肉を切り取ってたよ」と後で教えてくれました。
「これが希少部位のヒレですわね!? アンコ!」
「はい。リリィ様」
王女殿下が名前を呼ぶと、シュババッと消えるように動いたアンコさん。彼女の足元には石で囲まれた焚火とその上に置かれた鉄の網がありました。
私は彼女の動きを目で追えませんでした。
「み、見えなかった……! 速すぎる……!」
よかった。私だけじゃなかった。
焚火の炎で熱せられた鉄網の上に、アンコさんが丁度良いサイズにカットしたヒレ肉を置いて行きます。
ジュワァと良い音。私の口の中にも唾液が溢れちゃう。ちょっとくらい貰えないかな?
「ヒレっヒレっ! ヒレレレっ! ヒレにく~!」
焼ける間、王女殿下はアンコさんの用意した椅子とテーブルに着席し、両手にはナイフとフォークを持ったまま満面の笑み。かわいい。
「王女殿下。まずは塩で食べるのが良いと思いますよ」
戦闘で有能アピールできなかった私は食の方面でアピールしました。狩人であった父から教わった新鮮獲れたての魔獣肉を美味しく食べる知恵です。
おっとう、ありがとう。
「ほう。塩ですのね。分かりましたわ」
そう言った後、王女殿下はドレスのポケットから「マイ・塩」を取り出す周到っぷり。塩の入った瓶のコルクを抜いて、るんるん気分で焼けるのを待っていました。
しかし、ここで更なる問題が発生したのです。
「――ッ!? 前方、魔力反応ッ!!」
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