第4話 東の森にて
王都を出発したリリィ達が目指すのは、東に数キロ向かった地点にある森であった。
森の背後には山があって、タックブルの正確な生息地はこの山らしい。山に住処を作りつつ、餌が豊富な森に降りて来ているのだと冒険者達は語る。
タックブルについてだが、タックブルはヴェルトリアン王国内で最も数の多い魔獣だ。
ヴェルトリアン王国内に存在する冒険者ギルドにて、討伐依頼の発生数はナンバーワン。故に狩られている数、食肉として流通している数もナンバーワンの種である。
どうしてここまで数がいるのかと言えば、タックブルの驚異的な繁殖力に起因する。タックブルは一回の繁殖で子供を八~十頭も生み、更にはタックブルを捕食する魔獣の種類が少ない事も理由の一つである。
驚異的な繁殖力と厳しい魔獣生存競争を生き抜く力から、放置すればあっという間に数が増える。冒険者達が定期的に狩らなければ餌が少なくなる冬の時期に森を抜け出し、近隣の村を襲う事例が多発してしまうだろう。
さて、森に入ったリリィ一行であるが、先頭を歩くのはもちろん冒険者達。
「姫殿下、お気をつけ下さい。森にはタックブルの他にも魔獣が多く生息しております」
「ほう。他の魔獣はうめェんですの?」
「タックブルの他にホーンラビットと呼ばれる兎の魔獣やゲッコ鳥と呼ばれる狂暴な鳥の魔獣もいます。ゲッコ鳥は空から奇襲して来るので要注意です」
「ほう。で、味は?」
Aランクチーム月光の剣は前衛が一人、後衛に弓使いと魔法使いが二人という少数精鋭のチーム構成だ。
前衛である戦士の男性が前を歩き、リリィは後衛を務める女性冒険者二人に挟まれ、魔獣についてお喋りしながら森を歩いていた。
道中、経験豊富なAランク冒険者達から魔獣の事を聞きながら進んでいると、先頭を歩く戦士が拳を上げて制止を告げるハンドサインを出した。その後、手を下に向けて上下させると全員に茂みに隠れるよう小さな声で指示を出す。
「……あれがタックブルです」
茂みに隠れる魔法使いの女性が隣にいたリリィに告げる。彼女が指差した先には大牙を生やした巨大イノシシが「ブホブホ」と鼻を鳴らしながらキノコを食べているではないか。
「ほう。確かに大きくて肉も豊富そうですわね」
大人の個体なのか、かなり大きい。これほど大きな個体ではAランク冒険者である戦士の男性でも、突進を食らえば盾で受け止めきれないと漏らすほどだ。
「肉の鮮度を保つのであれば、急所を一突きするのが一番でしょう。その後、すぐに血抜きを行うのが良いと思います」
そう助言したのは赤茶色の髪をポニーテールにした弓使いの女性。
仕留める際に傷が多ければ多いほど、肉の鮮度が落ちると言われている。これは、この世界にはまだ確立していない「雑菌による肉の痛み」という概念を感覚的に知っての事だろう。
弓使いの女性が傷の事を告げた後に、背負っていた弓と矢を抜いた。彼女が矢で急所を射抜き、最小限の被害で仕留めようとしていたようだが……。
「なるほど。分かりましたわ」
「ブモッ!?」
茂みからすくっと立ち上がったリリィ。姿を晒した事でタックブルは彼女に気付いてしまった。
タックブルの凶悪な顔が彼女に向けられた瞬間、冒険者達は焦りに焦った。姫様が怪我をしたらマズイ。そう思って、彼等もすぐに戦闘態勢を取るが――
彼等の横で「ドン」と地面が破裂するような衝撃が起きた。
「シェイッ!! ハァァッ!!」
「ブヒィィィッ!?」
次の瞬間には、リリィがタックブルの側頭部に向かってソバットをぶち込んでいるではないか。
ゴキゴキゴキ、と骨が砕ける破砕音。白く細いリリィの足が壊れた音ではない。タックブルの首の骨が粉砕した音だ。
一撃で骨を砕かれたタックブルは地面に沈む。外傷はなし。されど、首の骨が粉砕した事で即死。
弓使いが射抜くよりも外傷は少なく、肉の状態としては最上級と言っても良いだろう。
「…………」
たった今起きた出来事に声が出せないほど驚く冒険者達。三人揃って口をパクパクとさせながら、後ろに控えていたアンコへ顔を向ける。
「王族ですので」
アンコはそう説明するが、説明になっていなかった。
なんだ王族って。王族だと幼い子供でもタックブルを一撃で屠れるのか?
タックブルはCランクに指定される魔獣なのだ。Aランク冒険者であっても安全を期すのであれば最低二人は欲しい。無理をすれば一人で狩れなくもないが、近接戦闘による一撃で仕留める芸当など出来るはずもない。
彼女と同じような事を出来る者がいるとしたら、英雄か勇者の類だろう。
「さぁ、仕留めましたわよ! 血抜きとやらをやって下さいまし! そして希少部位を頂きますわよォ!」
しかしながら、目の前で一撃必殺した幼き王女は両手を上げながら「やったー!」とぴょんぴょん跳ねているではないか。
「はわわ……」
血抜きをしろ、と言われた弓使いの女性は震えながら白目を剥いていた。
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