第3話 冒険者ギルド


 冒険者ギルド。


 この組織はヴェルトリアン王国と同盟を組んだ国々の間で設立を認められた、民間による対魔獣組織である。


 設立に至った理由としては、大陸には今以上に魔獣が溢れ返っていた時期があり、当時は魔獣の氾濫や生息域の移動による過程で進路上にあった国や街・村が滅ぼされるという事態が多発。


 国が抱える軍事力の象徴たる騎士団では全域をカバーできないと判断され、平民達の手も借りねばならぬほどの事態であると判断されたからだ。


 組織設立にあたり、魔獣知識に関してのアドバイザーとなったのは世界一の冒険家だった。


 彼の正式な職業は大陸にある未開の地を巡って歴史や民俗学の研究を行う学者であったが、各地を冒険して成果を発表する様から業界では「冒険者」と呼ばれていた。


 アドバイザーとなった彼を称え、その異名を取って「冒険者ギルド」が設立される。


 同盟国の王達は「国家間において、魔獣の生息地や生態情報の共有。所属する冒険者の国家間移動における制限の撤廃」に署名。


 他にも細かな国家間の規約も存在するが、所属する冒険者達は自由に国家間を渡り歩いて魔獣を狩るという行為が自由化された。


 この冒険者という職業は平民の間で絶大な人気を誇る。その理由は要求される能力が単純である事と同時に、凶悪な魔獣を狩る・生態系を調べる事で多額の報酬金を手にする事ができるからだろう。


 ただ、現代の冒険者達は生活資金の獲得や各国家における対魔獣国防に貢献するだけを目的とする者は少ない。


 冒険者になる平民達の胸には様々な理由や動機が秘められているが、一様に言える事は「冒険者ドリーム」を叶える事だろう。


 名声・財産、果ては国からも称えられる栄誉。上手くいけば爵位だって与えられるかもしれない。


 それら全てを手に入れて、貴族のような暮らしをしたい。冒険者に多い平民ならではの夢じゃなかろうか。


 冒険者ギルド・ヴェルトリアン王国王都支部に所属する冒険者達もその夢を叶える為に、今日も各地より寄せられた依頼を日夜こなしているのだ。


 ――さて、前置きはここまでにしておこう。


 王都の南、王都入場門近くに建設された冒険者ギルド・ヴェルトリアン王国支部は年中無休、毎日変わらぬ賑わいを見せる場所である。


 ただ、今日に限ってはいつもと違った賑わいを見せていた。その理由は第一王女であるリリィが足を運んだからだろう。


 まだ幼さが残りつつも、王族らしく、将来はべっぴんさんになること確実なお姿を見せた事で、ギルド内にいた冒険者や事務員は揃って平伏する。


 そんな状態のギルド内であったが、二階に続く階段から転がり落ちるようにやって来たのは、王女様御来場の知らせを受けたギルドの支部長。


 元Aランク冒険者という実績を持ち、引退と同時に前ギルド長からギルド長の任を推薦された筋肉モリモリマッチョマン。頭はスキンヘッドだが清潔な白いシャツの中には胸毛がボーボーである。


 そんな男の名はグライド。元Aランク冒険者「角狩りのグライド」という異名を持つ男であった。


「お、王女殿下! 本日はどのようなご用件で!?」


 転がり落ちるように登場したグライドは、リリィの前で膝を付きながら揉み手を繰り返す。


 異名持ちの筋肉モリモリマッチョマンも権力には弱い。だって相手は王女様だもの。


「タックブルという名の魔獣について話を聞きにきましたの」


 ギルドの入り口で筋肉モリモリマッチョマンを見下ろすリリィは目的を告げた。


「タックブル、でございますか?」


「ええ。タックブルの肉……希少部位が欲しくて参りましたの。かの魔獣が生息している場所を教えて下さらないかしら?」


 言われて、筋肉モリモリマッチョマンなギルド長の脳は高速フル回転。


 なるほど、タックブルからとれる希少部位は王侯貴族が好む高級動物肉に匹敵すると言われている。その噂を聞きつけて、食してみたいと考えたか。タックブルの生息地へ騎士を派兵し、希少部位を手に入れようという魂胆だろう、と。


「承知しました。では、生息地の情報を騎士団にお伝えすればよろしいですか?」


「いいえ。今ここで教えなさい。魔獣肉とは鮮度が命と聞きました。私が生息地まで赴き、最高の状態で頂くつもりですのよ」


 この時、筋肉モリモリマッチョマンなギルド長グライドに電流走る。


 まさか王女殿下が魔獣の生息地まで足を運ぶなど異例も異例。


 例え騎士団と共に向かったとしても、現場で何かがあればギルドに責任を問われるかもしれない。またもや脳をフル回転させた末、彼は一つの提案を告げる。


「承知しました。では、当ギルドから最高の冒険者――Aランク冒険者も同行させましょう。彼等なら生息地の地理にも詳しく、魔獣の生態にも詳しいです。万が一に備え、お供する許可を頂けませんか」


 王女と同行するであろう騎士団。それに魔獣の専門家である冒険者。彼等が協力すれば万が一もあるまい。


 特に支部において最高ランクであるAランク冒険者を同行させれば、プライドの高い騎士であっても助言くらいは聞き入れてくれるだろうと考えたようだ。


「ふむ。確かに冒険者の知識は馬鹿にできませんわ。特に魔獣ともなれば、私よりも詳しいでしょう。魔獣について学びを得る良い機会です。許可致しますわ」


「ハハァー!」


 リリィの即応・即決にグライドは「感謝致します!」と声を上げながら頭を下げた。


「ただし、十分で準備するように。私はお腹が空いてきましたの。でも、三時のオヤツを我慢してタックブルの肉を美味しく頂きたい。この気持ち、理解できまして?」


 きゅるる、とリリィの可愛いお腹が鳴った。後ろで控えていたアンコがポケットからクッキーの入った包みを取り出すも、彼女の話を聞いてすぐに引っ込める。


「勿論にございます! さすがは王女殿下! すぐにご用意致します!」


 この時、筋肉モリモリマッチョマンなグライドは思ったに違いない。


 騎士団の派兵準備って十分でできるのかな? とか。


 もう既に準備させているのかな? とか。


 彼から話を聞いたAランク冒険者チーム、三人一組で結成された「月光げっこうつるぎ」も急いで準備を整えながらギルド長と同じ事を思っていたに違いない。


 しかし、蓋を開けてみれば――


「さぁ、案内なさい」


 ギルドの外にいたのは馬車の窓から顔を出すリリィとその侍女だけ。しかも、馬車の御者台には誰も座っておらず、月光の剣の誰かが担当せねばならぬようだ。


 勿論、騎士など一人もいない。


 振り返れば顔面蒼白、顔中から色んな液体を流すギルド長グライドが月光の剣に向かって必死に祈りを捧げていた。


 Aランクチームである月光の剣は、リリィと侍女アンコの二人を連れて生息地まで行く事になってしまったのである。

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