第2話 平民街の市場
第一王女リリィは食事を済ませた後、宣言通り平民街へ向かった。
平民街とは名の如く、王都の平民達が住まう区画だ。
王都最北に位置する城から南に延びるメイントリートを南下し、王都中央にある貴族街を抜けて更に南へ。
平民街は貴族達が暮らす貴族街と比べると、建物や道の質は一段二段落ちる。しかし、不潔で不衛生というわけじゃない。あくまでも品や格式の違いが見て取れるだけ。
さて、今回リリィが向かったのは平民街中央にある巨大な市場。
肉屋や八百屋といった食品を扱う商店、果ては金物屋まで。生活に使う物が何でも揃う、王都住まいの平民達にとってなくてはならぬ場所だ。
そのような平民が溢れ返る市場の入り口に高貴な馬車が停止した。
馬車に描かれた王家の紋章を見て平民達は目を疑う。更には中から登場した人物を見て、目を両手で擦ってしまうほどの驚き様であった。
「なるほど。平民がいっぱいいますわね」
市場に登場したリリィは豪華なドレスを身に着け、綺麗な金のロングヘアーにはティアラを載せてと、実に王女様らしい格好であった。
誰がどう見ても自国のお姫様である。そうなると、当然ながら周囲からの視線とリアクションがヤバイ。
侍女アンコと手を繋ぎながら市場を歩くと、彼女の視界に入る平民達は揃って地面に平伏していくのだが、本人は全く気にする様子がない。
「そこの者。この市場で一番の肉屋を教えなさい」
リリィは平伏していた男に声を掛けた。
「ハ、ハハァー! 次の角を曲がった先にございます、ウォードの肉屋が一番よろしいかと!」
平民が直接王女様とお話できるなど、末代まで誇れる体験である。男は決して顔を上げないまま、王女様の望む答えを口にした。
「感謝しますわ」
彼女は礼を口にした後、堂々とした態度で市場を進む。平民に教えてもらった肉屋まで辿り着くと店先で頭を下げる店主に声を掛けた。
「店主。聞きたい事がありますの」
「は、はい! リリィ王女殿下! 何なりと!」
肉屋のオヤジは顔を青ざめながらも必死に対応。そんな彼にリリィが問うた事とは何か。
「魔獣肉で一番美味いとされる物は何かしら?」
勿論、魔獣肉の事である。
「魔獣肉、でございますか?」
意外な質問につい顔を上げてしまった店主であったが、咎められる事はなかった。それどころか、不意に発してしまった彼の言葉に言葉を返してくれたのだ。
「ええ。私、魔獣肉に興味がありますの。一番おいしい魔獣肉を教えて下さいます?」
王女様は魔獣肉に興味を抱いた。故に平民街の肉屋では最も大きい我が店を選んで下さったのか。
来店の理由が判明した店主のオヤジは「なるほど」と小さく声を漏らしながら顎に手を添えて悩む。
「魔獣肉の中で一番おいしい……。それは伝説となっているのはドラゴンの肉でしょう。凶悪なドラゴンの肉故に市場には出回りません。しかし、一度食べた者は虜になってしまうほど美味しいとか」
「ほう!」
目を輝かせるリリィ。それを見た店主は言葉を続ける。
「しかし、ドラゴン肉は伝説の品にございます。ヴェルトリアン王陛下の手腕と叡智によって繁栄著しいこのヴェルトリアン王都であったとしても、ドラゴンの肉を手に入れるには少々難しいと言わざるを得ません」
「そう……」
しゅん、と見るからに落ち込んでしまうリリィ。
これはマズイと判断した店主は慌てて言葉を続けた。
「し、しかしながら王女殿下! ドラゴンの肉とは劣ってしまうものの、王女殿下や貴族様がお口になさる高級動物肉とも劣らぬ肉もございます!」
「ほう!」
しゅん……としていたリリィは表情を一変。目を輝かせて店主に話しを促す。
「こちらは平民の間で最も人気な魔獣肉がタックブルの肉にございます」
いそいそと店主が見せたのはタックブルと呼ばれるイノシシの魔獣から切り取った肉の塊。
肉質としては赤身と脂身のバランスが良い。焼くも良し、煮込むも良し、どんな調理法でも美味しく食べられる。それでいて流通量も抜群に多い。平民達の間で愛されるのも納得の肉である。
「ほう。なかなか美味そうですわね」
新鮮な生肉を見てジュルリと涎を垂らすリリィであったが、店主は「まだまだ続きがある」とばかりにタックブルについての秘密を話し出した。
「こちらも平民の間では美味い肉と言われておりますが、王女殿下がお口にするには少々格が足りません。しかしながら、このタックブルには希少部位という物がございます」
肉屋のオヤジはキラリと目を光らせた。これより話す事はタックブルを狩る冒険者しか知らぬ、特別な肉の話であると。
「希少部位と言われている通り、どれも一頭から僅かにしか採取できません。まずはヒレです。脂肪の少ない赤身肉ですがとても柔らかく、一度食べたら病みつきになる事間違いなしッ!」
肉の説明を口にした店主は「食す際はシンプルに焼肉がおすすめ」と調理法も教えてくれる。
リリィはゴクリと喉を鳴らした。
「次にタンです。タンとは舌の事なのですが、これがまた絶品です。ヒレ肉と一緒に焼肉で食べると良いでしょう」
ヒレ肉同様、焼肉で。味付けは塩とレモンを少々。サッパリとした味わいが肉の旨味を引き立てると店主は囁く。
「塩、レモン……」
リリィは迫真めいた表情を浮かべながら、その味を想像して再びゴクリと喉を鳴らした。
そんな彼女に肉屋の店主は「しかしながら」と注意点を述べた。
「どちらも希少部位であり、更には時間が経った物は鮮度が落ちて固くなります。出来るならば、猟で獲れたばかりのタックブルから採取して食べた方がより美味しいでしょう」
魔獣が動物とは違うように、肉もまた動物の肉とは違う。
魔獣肉には魔獣肉に合った特殊な取り扱いが必要です、と店主は付け加える。
「なるほど。獲れたて……。フルーツや野菜もとれたてが美味いとよく聞きますわ」
この店主が言う事には大いに納得できてしまう。さすがは専門家であると、リリィは何度も頷いた。
「店主。勉強になりましたわ。褒美を与えましょう」
後ろに控えていたアンコに「私のお財布を」と言ったリリィ。彼女は首掛け紐の付いた布製のお花柄財布を受け取ると、中から金貨を十枚取り出した。
「これで店を大きくなさい。また来る時まで励むように」
「ハハァー!!」
金貨十枚。平民の平均収入から換算すると三年分になるだろうか。金貨十枚もあれば市場の狭いスペースを抜け出して、大通り沿いに店舗を構えるには十分な金額だ。
「アンコ! 次は冒険者ギルドに参りますわよ!」
「はい。リリィ様」
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