王女様「このゴムみてぇな肉はなんですの!?」

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

第1話 ゴムみてぇな肉


 とある日の王城にて。


 ヴェルトリアン王国第一王女――今年で十二歳になるリリィ・ヴェルトリアンは、王城の料理長に「普段食べない肉を食べてみたい」とわがままを言った。


 王女様の命令を受けた料理長とその部下達は悩みに悩んだ。悩み抜いた末に、普段の食事には絶対に使わない肉を調理してお出ししたところ……。


「……!! 料理長! 料理長を呼びなさい!」


 サイコロサイズにカットされた肉を口に含んだまま、リリィは食堂のテーブルを囲むように待機するメイドと執事達に告げる。


 まだ顔つきに幼さが残る彼女の眉間には皺が寄っており、カミカミと荒々しく咀嚼する勢いは綺麗な金のロングヘアーを揺らすほどであった。


 明らかにキレている。若いメイドや執事達はそう感じたことだろう。


 その中の一人であったメイドが焦り狂って厨房へと走った。知らせを受けた料理長が慌てて食堂にやって来ると、リリィは彼の姿を見るなり叫び声を上げる。


「なんですの!? このゴムみてェな肉は!! ぜんッぜん噛み切れませんわッ!!」


 リリィは王族だ。故に彼女は普段から様々な高級肉を口にしている。


 だからこそ、奇をてらう食材でなければ満足してもらえない。そう判断した料理長の目論見は完全に失敗してしまったか。


 料理長は「しまった」と顔を青ざめながらも、即座に頭を下げるが――


「この、肉ッ! うんめェですわッ!!」


 料理長の推測とは逆に、彼女は表情を一変。目を輝かせながら肉を咀嚼し続ける。


「噛めば噛むだけ肉汁が飛び出してきますわ! なんですの、この肉! たまらねェですわ!」


 実際、彼女が口に放り込んだ肉はゴムのように固い。超弾力を持つ肉であり、食事用のナイフではカットできぬほどの弾力性を持っている肉だ。


 しかし、噛めば噛むほど肉汁が口の中に「ジュワッ、ジュワッ」と飛び出す。この肉汁がたまらなく美味い。


「この肉は何の肉ですの!? 教えなさい!!」


「……リリィ様がお食べになっている肉は魔獣の肉でございます。ブルブルパイソンという種の魔獣から切り取った肉です」


 料理長が肉の正体を告げると、まだ王城勤めが短いメイドや執事から「そんな!」とざわめきが起こる。


 それもそのはず。魔獣の肉なる物は――


「ほう。魔獣肉。確か平民達が食べる肉でしたわね?」


「左様でございます」


 リリィ本人が口にした通り、魔獣の肉とは平民が食す肉である。


 この世界には魔獣と呼ばれる狂暴なモンスターが存在しており、そのモンスター達が野生の動物や飼育されている家畜を襲うのだ。故にこの世界の自然界では動物の数が極端に少なく、畜産業を営む専門家達が飼育する動物肉は希少であった。


 しかし、平民であっても肉を食べたいと思うのは普通の事。平民達の間では家畜を食らう魔獣を狩り、頭数の少ない家畜肉を食べる代わりに魔獣の肉を食らう習慣が出来上がったのだ。


 対し、王族や貴族のような高貴な人間は、安心・安全で特別な環境で飼育された牛や羊などの高級な動物肉を食らうのが基本である。


 王侯貴族が魔獣肉を食べない理由としては、魔獣肉は総じて固かったり、クセがあったりと品質や食感に問題があるからだろう。


 ただ、前述した理由もあって、市場価格としても数の多い魔獣肉の方が安価で平民が手に取り易い。これらが「魔獣肉 = 平民が食らう肉」とされる理由。同時にメイドや執事達が騒ぎ立てる理由であった。


「なるほど。魔獣肉。平民が食べる肉と言われておりましたが、なかなか悪くありませんわね」


 しかし、王女は非常に聡明な人物であった。魔獣肉を食べた途端に評価を改め、食わず嫌いであった事を認める。


 ゴクンとゴムのような肉を丸飲みしたリリィは、皿の上に乗っていたサイコロ肉をポイと口に放り込む。そしてまた何度も咀嚼しながら、飛び出す肉汁に「ウンメェ! ウンメェ!」と声を上げた。


「料理長! 平民は他にも魔獣肉を普段から食べておりますの?」


「はい。魔獣肉は安価故に平民の胃袋を支える食料です。他にも種類や独特な調理法など、様々な魔獣肉料理がございます」


「なるほど……」


 ジュワッジュワッと飛び出す肉汁を口の中で味わいながら、リリィは眉間に皺を寄せて侍女の名を呼ぶ。


「アンコ!」


「はい。リリィ様」


 彼女に呼ばれ、一歩前に出るのは長い黒髪と黒縁メガネがチャームポイントな女性。その表情は非常に落ち着いており、姫の侍女たる品格と冷静さが窺える。


「アンコ、午後は平民街にある肉屋へ行きます。準備なさい」


「承知しました」


 侍女アンコは、リリィの命令を即座に快諾した。

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