第63話 六百年ぶり

 突如として俺達の前に現われたのは、ローブを羽織り、フードを被った女性だった。履いているショートパンツから真っ白な脚が伸びている。


 この魔術学院にはどこか似つかわしくない姿だ。


 まだ編入してからそんなに長く経っていないが、それでもこのような人は見たことが無かった。


 まさか、リゼッタを狙う犯人? いや、そんな威力偵察をしていおいていきなり自分が出てくるなんて思えない……。だとしても、こんなタイミングで


 すると、女性は被っていたフードを外す。


 フードから飛び出してきたのは、紺色の襟足の長い髪。

 肌は陶器のように真っ白で、真っ赤な瞳がこちらを見つめている。

 可愛いよりもカッコいいと思わせるような女性だった。


「あなたは……」

「ふんふんふんふん…………面白い。フライドラゴンは久々に見たよ」


 そう言いながら、女性は俺達に見向きもせずに地面に落ちたフライドラゴンを拾い上げて興味深げに眺めている。


「あ、あの……」

「ふむふむ……牙は貰っていこう。あとは、鱗と臓器……ああもう全部もらってくか」


 だめだ、なんだかフライドラゴンに完全に興味が持っていかれている。


 俺は更に大きめの声で言う。


「あの!」

「ん?」


 俺の問いかけに、ようやく女性は反応する。


 そして俺達を見ると、あぁあぁと大きく頷く。


「わかってる、わかってるって。君たちあれだろう、竜の巫女とその騎士」

「!」


 俺達のことを知っている……?

 おかしい、確かにリゼッタが竜の巫女だということは周知の事実だけど、俺がリゼッタを護衛するために来たということは伏せられているはずだけど……。


「大丈夫、私も怪しいものじゃない。ほら、あれだ……なあ、カスミ」

「「!?」」


 瞬間、俺の手の中で刀となっていたカスミがボンっ! と人型に戻る。

 

「えっ……え!? この匂い……ていうか、え!?」


 カスミは唖然とした顔でその女性を見つめている。

 顔から足、顔、足……そして、最後には胸に。


「ちょ、ちょっと待って……え……!?」


 カスミの頭の上にははてなが浮かび上がっている。

 というか、カスミが人前で刀から人型に戻るなんて。もしかして知り合い?


 ということは――


「え、まさか……がネルフェトラス!?」

「ネルフェトラス? いやいや、今はルシカと名乗っているよ」


 ルシカは銀の髪をファサっと靡かせる。

 確かに、言われてみればカスミが描いた人相書きのような顔に見えなくもない。しかし、瞳の色は赤ではない。


「あぁ。目はちょっと薬品で色を変えてる」

「ちょっと、ネル!! あんた、男だったじゃない!! 何よその可愛い恰好!」

「ん? あぁ、君が寝てからもうずいぶん経つ。そりゃあ性別も変わるさ」


 ルシカはくっくっくと笑う。


 何というか……これは凄い。まさか、性別まで変わってしまうなんて。これが吸血種か。


「それにカスミ。今は私はルシカだ。ネルと呼ぶのは遠慮してもらおうかな」

「ええ、ごめんなさい……けど……ほええ……」


 カスミはルシカの回りをグルグルと回りながら、髪をいじったり、ほっぺたを突いてみたり、とにかく興味深げにべたべたと触る。


「美少女だ……」

「良い趣味だろう? それより、私の方が驚きだよ」


 ルシカはカスミを見る。


「大体どれくらいか……六百年くらいか? まあ私にとって時間はさほど重要じゃない。それよりもだ、?」


 ルシカは訝し気にカスミを見る。


「オルデバロンの奴の封印があったろ? あれは時が来るまで解除されない代物だったはずだ。私が知る限り、まだその時ではないが……」

「それはね、ほら!」


 カスミはガシっと俺の腕を掴む。


「ホロウのお陰だよ! ね?」

「! えっと……」

「ふうん……彼が?」


 ルシカは俺をじっと見ると、そっと俺の腕に触れる。

 瞬間、ぴくりと目を細める。


「なるほど、あの血筋か」

「?」


 ルシカは一人納得し、改めて床に転がったフライドラゴンの死体を拾い上げ、鞄の中にしまいこむ。


「私を訪ねてきた意味が何となく見えてきた。懐かしい気配がすると思ったけど、君だとはさすがの私も思ってなかったよ。竜の巫女の話も聞いていたし、なるほど、繋がっていた訳だ。ということは、目的は何もその子の護衛だけじゃないだろ?」

「はい、実はルシカさんにお願いがあって……」


 ルシカはすべて集め終わると、立ち上がる。


「話は私の研究室で聞こう。さあ、行こうか」

「いや……」

「?」


 ルシカは首をかしげる。


「どうした、折角の再会だ。私とカスミには積もる話もある」

「いやその、この後授業があるので。ね、リゼッタ」

「えっ! いや、その……まあ、私は受けたいですけど、い、いいんですかせっかく会えたのに」

「当然だよ、俺は確かにルシカさんを探してたけど、今はリゼッタの護衛なんだからさ」


 その会話に、ルシカは面食らう。


「…………面白い。いいさ、また夜に連絡するよ」


 こうして、俺達はとうとう探していたルシカと出会ったのだった。




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