第64話 ルシカの言

 一通りの授業をこなし、深夜俺たちは寮をこっそりと抜け出した。


 深夜の外出は許可がない限りは禁止されているが、まあ今日くらい大丈夫だろう。


 深夜の闇に染まった学院を影を伝うように走り、屋根の上に上がって目的地を目指す。


 本校舎から離れたところにある研究棟。

 研究棟では教師や学院が囲っている魔術師たちが日夜研究をしており、各人それぞれに研究室が割り当てられている。


 そんな研究室の一つに、俺は足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


「なるほどなるほど……”魔術破壊”と”魔力過敏体質”か」


 ルシカは一通り俺とカスミが出会ってからの話を聞き、話を咀嚼するようにうんうんと何度か頷く。


 ルシカの研究室は広いが、部屋の至る所に魔術的な道具が並んでいる。

 ホルマリン漬けされた魔物の部位や、薬草、巨大な釜に鏡、杖や水晶……とにかくなんでも並んでいた。


 長い間生きてきた吸血種だからこそこれだけのものが集まっているのだろうか。


「とりあえず、私の自己紹介からといこう。私の名はルシカ。カスミから聞いていると思うが、六百年以上前から生きている吸血種だ」

「吸血種……本当に実在していたんですね」

「ご覧の通り」


 ルシカは両手を広げて自分の体を見せつける。


「とはいっても、確かに君の言わんとしていることもわかる。私達は数が少ないからね。遭遇するなんて稀の稀さ」

「少ない?」


 あぁ、とルシカは言う。


「君たち人間は脆い。寿命も短く、生命体として不完全だ。歳と共に劣化し、やがて死に至る。だからこそ、積み上げたものを次の世代につなぎ、受け継いでいく。個々人ではなく、人類という一つの生命体として進化していく道を選んだということだ。一方で、私達吸血種は強い肉体と長い寿命を持つ。それ故に、受け継ぐ必要がなく一体一体が自己完結した、独立した存在なのさ」


 ルシカは淡々と語る。自分たち吸血種のことを。


「だから、私達が少ないのは当然のことなのさ。増える必要性がないからね。まあ私達のことはこれくらいでいいだろう。それより、君たちのことさ」

「はい、俺、もっと強くなりたくて」


 今より、もっと。

 俺の周りの人間を、誰一人失わなくても済むような、強い力を。


 もう、あの時のような経験は繰り返したくはない。


「なるほど。では結論だけ言おう。君が自由自在に様々な魔術を使いこなせる日は来ない。絶対に」

「!」


 きっぱりと言い切るその言葉に、俺はハッと息を呑む。

 憧れ続けた魔術。使えないとわかっていても耐えたあの屋敷での魔術訓練の日々。


 一縷の望みではあったが、それが今完全に絶たれてしまった。


「ちょ、ちょっとネル! そんな言い方……」


 カスミは心配そうな顔で俺を見て、ぎゅっと手を握る。


「ルシカだ。……早とちりするな。といったんだ。現状では微塵も使えない魔術を、多少は使えるくらいにはなるかもしれない」

「えっ、じゃあ……!」

「あぁ。私の知恵があればな。いいか、私は本来は人間なんかにこんな親切に教えたり指導しない。だが、今回は馴染み深いカスミの相棒だから特別に言ってやってるんだ。カスミに感謝するんだな」

「うん! ありがとう、カスミ!」

「あはは、良かった良かった。で、ルシカ、実際にはどうやって?」


 魔力過敏体質により、俺は魔力を使うことは敵わない。

 確かにきっぱりと言い切られたときはそんな、と凹んだが、事実俺が魔術を使える未来はさっぱりと見えてこない。


「まずは君自信の体質を理解することからだ。君は、魔力過敏体質をどう思っている?」


  ルシカはコツコツと足音を立て、静かな研究室を歩きながら問う。


「え? えっと……魔力に対して敏感になっているってことですよね? 魔力を練ろうとしたら体調を崩したり、逆に魔力の反応なんかには敏感になったりしてるし」

「まあ、大枠合ってるな。では、魔術破壊は?」

「魔術破壊は……」


 しかし、ぱっとは答えが出てこない。

 今までしっかりとは考えてこなかったものだ。俺にはそれしか武器がないのだから、使うしかない。そうやってここまでやってきた。


 問われて初めて思う。一体、この力はなんなのだろうか。


「わからないか。いいだろう、特別に私が知っている範囲で教えてやる」


 ルシカはピタリと俺の前で足を止め、俺の心臓にそっと手を触れる。


「いいか、その力は――“魔術の否定”。つまりは、奇跡の否定。夢を見たものに現実を突きつける、あまりにも無慈悲な力さ」

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