第62話 飛翔

「魔術には地水火風の四属性があり、またそれとの相克である――」


「杖とは、魔術師の命! 最近は杖を使わないで魔術を使うことがかっこよいと思っているひよっこも要るが、私に言わせれば愚の骨頂! 今日は、自分にあった杖の選び方と――」


「薬学は魔術に通ずる。古代では、魔術と薬学は同一視され、薬学もまた魔術の一部とされていたのだ。現代では薬学は独自の発展をとげ、魔術とは袂を別つ形になったが――」


「さあ、アン・ドゥ・トロワ! リズム良く体を動かして!! 魔術を使うにはまず健康な肉体が大事よ! 魔術師は病弱で貧弱なんていうのは昔の話! 戦える魔術師こそ、現代の最先端よ!」


 ――と、さまざまな授業が繰り広げられた。


 どれもが魔術に関する深い知識や技術、考え方や歴史を教えてくれて、今まで自分が知っていた魔術とはいかに狭いものだったかを再確認した。


 俺とリゼッタは常に授業を一緒に受けていた。


 リゼッタは目を輝かせながらすべての授業を真面目に受け、着実に知識を身に着けていっていた。


 一方のカスミは、「もう知ってるし」とかいって刀の姿でそのまま大抵寝てるけど。


 そうして目まぐるしい毎日が過ぎて行き、気が付けば入学から4日が経っていた。

 ここまで来ると学院にも慣れてきて、俺達は次の授業の教室へと向かい渡り廊下を渡る。


「今日は人型なんですね、カスミさん」

「ええ! たまには外歩きたいからね〜。ここなら人が居なそうだし、居ても誰かなんてわからないわよ!」


 そういって、カスミは鼻歌混じりに大きく手足を振って歩く。


「不思議ですね、カスミさんが魔剣だなんて」

「これでもすごい奴なんだよ、カスミは」

「これでもってなによ!」


 カスミはプンプンと頬を膨らませ俺の脇腹を突く。


 竜の巫女の話を聞いた後、俺はカスミを紹介した。

 なんとなくフェアじゃない気がしたからだ。本当は言わないほうが安全にいられるんだろうけど、少なくともそれが誠意だと思った。


「えーっと、次って薬草学ですよね?」

「そうだね。マンドラゴラの捌き方だったかな」

「マンドラゴラ……」


 リゼッタはごくりと唾を飲み込む。

 確かに、マンドラゴラはその声を聞くと死ぬとかいう恐ろしい植物だ。その恐怖は分からないではない。


「ちょっと怖いよね」

「はい……。私、興味があり過ぎて前マンドラゴラをお城に取り寄せたことがあって……」

「えっ」


 なんという行動力だ……。


「その時、耳栓が甘くて失神したことがありまして……ちょっと嫌な思いでというか」

「本当凄いね、リゼッタ……」

「本当に好きなんだね、魔術が」

「いえいえ、周りに魔術が無さ過ぎて、飢えていただけです。いい思い出ですけど」


 リゼッタは楽しそうにふふふと笑う。


「それでいえば、私の――」


 瞬間、バリン!! という爆音と共に渡り廊下のガラスが割れる。


「!?」


 それを聞いて俺はすぐさま右手をカスミの方に伸ばす。


「カスミ!!!」

「もち!」


 カスミは俺の手を握る。

 するとカスミの体が光に包まれ、すーっと俺の手に収まって行き、そして刀の形をとる。


 俺はそのままカスミを腰の位置で構えると、居合の要領で飛翔体が射程圏内に来るのを待つ。


「きゃあああ!」


 遅れて、リゼッタは急な襲撃に叫び声を上げる。


「今——!!」


 俺の振り抜いた刀は、飛翔体を的確に捉える。


『奇襲……!』

『この感触……魔術だ……!』


 俺の刀が触れたそれは、魔術破壊が発動し、バシュン! と音をたて霧散していく。

 そしてその魔術が解けた後、俺の刃は飛翔体のコアに触れ、そのまま一刀両断する。


「な、なんですか!?」

「大丈夫、リゼッタ!?」


 俺の問いに、リゼッタは必死に頷く。


「気をつけて、まだ狙ってるかも」

「……」


 俺は刀を構えたまま、攻撃のあった方向を警戒する。


 しかし、それ以上の追撃はなかった。

 様子見というところだろうか。


 渡り廊下のガラスは粉々に割れ、床にはガラス片が散らばっている。


『ホロウ、さっきのは?』

「なんだろう……魔術っぽくはあったけど……」


 俺は床をキョロキョロと見回す。

 すると、何かが地面に落ちていた。位置的にも、さっき俺が刀で切り裂いた場所だ。


 しゃがんでそれを拾い上げる。


「……羽?」

『何かしら。どこかで見たことあるような……』

「フライドラゴンですね」


 それを見たリゼッタが、俺の持つものを覗き込み言う。


「フライドラゴン?」

「はい。竜種ですが、その中でも虫に近い種類です。高速で移動し、敵を翻弄します」

「なるほど……」

「こんなところに生息している生き物ではないんですけど……。本来は高山地帯に生息する竜です」


 生息域を外れた竜種からの襲撃……。


『偶然ではないわね』

「フライドラゴンのようなタイプだと、味方に出来ないのか? ほら、あの……竜の巫女の力で」


 いいえ、とリゼッタは否定する。


「本来はそのはずなんです。ただ、私はまだ力を完全に制御できなくて……。ある程度ならしが必要なんです。フライドラゴンみたいなタイプだったら、しっかりと認識した上でなら可能なはずなんですが……」

「……ということは、これは”威力偵察”みたいなものなのかな」

『そう考えるのが妥当ね』

「だよね」


 俺は改めて落ち着き、ゆっくりと深呼吸する。


 威力偵察と仮定すると、なんのために?

 リゼッタがどの程度竜を手なづけられるか、確認しに来たのだろうか。


「リゼッタ、フライドラゴンは普通の人でも操れるのか?」

「そうですね、フライドラゴンくらいの小型のタイプ、例えばワイバーンくらいまでなら、普通の人でも自分の方が上だと理解させたら言うことを聞くようになりますよ。彼らは忠誠心が強いですから。だからこそ、大型の竜をも手懐けられる竜の巫女の力は貴重なんです」

「なるほどね。と言うことは、このフライドラゴンは誰かが送り込んだとしても不思議じゃないわけか」


 しかし、考えても今のところはわからない。

 ただ、確実にこの学院にリゼッタを狙う人がいるということは確定した。

 これまで以上に警戒を強めないと。


「へえ、何かと思えば。珍しい気配がしたと思ったけど、フライドラゴンまで現れるとは」

「!」

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