第61話 竜の巫女

「鬼人クエンか……」


 俺は談話室のソファに座り、ため息とともにそう独り言を漏らす。


『ぷぷぷ……笑っちゃうね』


 カスミは相変わらず楽しそうに笑っている。


 とはいえ、俺は笑ってばかりもいられない。

 ヴァレンタインさんの頼みだからとこの学院に来たけど、クエン兄さんはまだ在学中だ。どこかで会うことになってしまうかもしれない。


『いいじゃない、別に。会ったら一発ぶっとばしてやりなさいよ』

「いやいや、それはさすがに……」

「どうしたのよ、変な顔して」


 と、セシリアが俺の様子を見て声をかけてくる。


「あ、えっと、まあちょっと」

「?」

「それより、リゼッタは?」

「あぁ、今着替えてるから、すぐ来るわよ」


 そう言いながら、セシリアは後ろの階段を指さす。


「そっか」

「ねえ、どうだったのよ、授業は」

「授業?」

「なんだか噂になっていたわよ、とんでもない生徒が来たって」

「あぁ、だとしたらリゼッタのことかな」


 俺は、今日の授業で起こったことをセシリアに掻い摘んで説明する。


 するとセシリアは、あぁ~と納得いった様子でポンと手を叩く。


「確かに、あの子魔術の大きさ桁違いだからね、そりゃ大騒ぎになるわね」

「うん。本当凄いよ。この一か月でちゃんと魔術を学んだら、きっとリゼッタは凄い魔術師になるだろうね」

「そうね。負けてられないわ……!」


 セシリアは闘志を燃やす。


 そしてしばらくして、着替えを終えたリゼッタが談話室へとやってくる。


「遅くなりました」


 リゼッタはぺこりと頭を下げる。


「大丈夫よ。――さて、今なら人はいないし、例の話詳しく聞かせて貰おうかしら」

「はい」


 リゼッタは俺達の正面に座る。


 例の話。それは、この学院に来るときにヴァレンタインさんから聞かされたリゼッタの体質の話だ。


 アーステラ帝国の皇女であるという前に、そもそもリゼッタには狙われる可能性のある体質が秘められているのだ。


「一応俺たちはリゼッタの警護を任されている訳だからね、どんな連中がリゼッタを狙ってくるか頭に入れておかないと」

「そうですね。すみません、共有が遅くなって」


 そして、リゼッタは俺達の顔を見て、ゆっくりと語り始める。


「――竜というものをご存じでしょうか?」

「竜? そうね、良く聞くわ。高位の冒険者の中には竜狩りの称号を持つ人もいるわよね。私は直接は見たことないけど」

「俺もないなあ。とてつもなく強いってことだけは知ってるけど」


 すると、脳内でカスミが語りだす。


『竜ねえ……あいつら強いのよね。一体一体生命力が半端なくて、剣術で倒すのは一苦労なのよ』

『あはは……過去の思い出ね』

「それで、竜がどうかしたの?」


 リゼッタは、はいと頷く。


「実は、私――竜の巫女なんです」

「「竜の巫女?」」


 初めて聞く言葉に、俺達はポカンとはてなを頭に浮かべる。


「私達一族は、代々竜の巫女としてその血を引き継いでいるんです」

「一族で……」


 リゼッタは頷く。


「私の母も竜の巫女です」

「竜の巫女っていうのは、何なの?」

「竜は狂暴な生き物です。その力は非常に強く、人間は一たまりもない。けれど、竜血と呼ばれる血を持つ巫女だけは、その竜と対話することが出来る……それが、竜の巫女です」

「竜と……対話……!?」


 それって、竜と話せるってことか?

 ということは、竜と仲良く出来る?


「まあ、本当に話せる訳じゃないんですけど」


 とリゼッタは苦笑いする。


「竜に懐かれやすい、と言い換えると良いかもしれません。竜を味方につけることが出来る、ということがどれだけの力になるかは想像できますよね」

「…………」


 確かに、人間よりはるかに強い竜を手なずけることが出来るのならば、その力は絶大だ。


 もし竜の大軍を率いて攻め込めば、一網打尽だろう。


 その力の強大さに、俺達は思わず息を飲む。


「ですから、この血はいろいろな人に狙われているんです。本当はちゃんと三年間学びたかったんですが、一か月という短い間の短期留学という形を取らざるを得なかったのは、これが理由です」

「なるほど……」

「これは、想像以上ね。いろんな人が狙っていそうね」


 セシリアも、険しい表情をしている。


「でも、ここは魔術学院だ。リゼッタが外で狙われるほどの強大な敵はここに入れないだろうし、敵は絞れるね」


 リゼッタは頷く。


「ですので……申し訳ありません、ご迷惑をおかけしますが……」

「ううん、俺は全然大丈夫だよ。元からリゼッタを守るのは仕事の内だし、それに、俺達もう友達だろ?」

「友達……」


 リゼッタは目を丸くする。


「そう……ですね。私達、もう友達でした」

「だから、セシリアを助けるのは当然だよ」

「! ありがとうございます……!」

「きっと、俺達みたいに敵も誰かを雇って内部に侵入させている……あるいは生徒を懐柔して操って攻撃してくることも考えられる。なるべく一か月の間は俺かセシリアのどっちかは着いていたほうがいいかもね」

「賛成。まあ、クラスが同じホロウの方が動きやすそうね。私は女子しか入れないところとか、そういうところを気を付けるわ」

「お二人とも……! 私、お二人に出会えてよかったです!」


 リゼッタは感激して、俺達の手をグッと握る。


「任せてよ。ただの剣士で頼りないかも知れないけど、一緒に乗り切ろう!」


 こうして、リゼッタの護衛は始まった。

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