第9話 挨拶
「兄ちゃんが新しい領主か」
領民たちに挨拶に行こうとすると、頭にバンダナを巻いた、中年の男に声をかけられた。
ツンツンとした黒いとんがり頭が特徴的だ。
露出の多い服を身につけている。筋骨隆々だ。かなり鍛えているみたいだ。
「この人は、領主代行をしていた、ロンド・シャムーさんです」
この人が領主代行だったのか。
なんかぱっと見そんな感じに見えなかったので、驚いた。
「ははは、驚いたって表情だな」
「あ、す、すみません」
「いい、いい。俺が領主代行なんて柄じゃないのは、自分でよく知っている」
ロンドは苦笑いをしながらそう言った。
「えーと……新しく領主をすることになった、ライル・ブラ……ックです。よろしくお願いします」
僕は頭を下げる。
前までも苗字を言おうとしたが、咄嗟にブラックと言うことが出来た。ギリギリセーフ。
「よろしく……じゃなくてよろしくお願いしますだな。領主様だもんな」
「ああ、いえ、自分のお好きに喋って大丈夫ですよ」
「いいんか? はっはっは、じゃあ、そうさせてもらうか。俺ぁあんまり丁寧な喋り方に慣れてねぇーんだ」
ロンドさんは笑いながらそう言った。
領主として早く認められるには、親しみを持てる感じにした方がいいだろう。
「僕がいきなり来て領主なんかやって、いいんでしょうか?」
「ん? 俺は全然構わねぇぜ。あのお姫様が決めた人だし、領主に相応しくないってことはないだろ。ま、問題は俺以外の奴らだけどな」
「やっぱり反対していますか?」
「まあ、納得はしていねーな。納得させるのはアンタの最初の仕事だ。頑張りな」
ロンドからも励ましの言葉をもらった。
もうこうなったら、僕は立派な領主になるしかない。気合を入れた。
新領主が広場にて挨拶を行うと、領民たちに通達した。
すると、領民たちがわらわらと集まってくる。
総人口は確か三百人ほどの領地だったはず。そのほとんどが集まってきた。
領民たちの僕を見る目は、冷ややかだった。
それも当然ではあると思う。いきなり余所者の、それもまだ二十代にもなっていない若造が領主なんて、簡単に受け入れられるものではないだろう。
しかし、シンシアの命で来たということは、伝わっているのか、直接文句を言ってくるものはいない。
正直、逆に本音を言ってもらった方が心は軽くなる気もする。
そう思っていたら、
「アンタなんか領主じゃない!!」
と後ろから、大声が飛んできた。
振り返ると、女の子が僕を睨んでいた。
短い青い髪の女の子だ。年齢は僕とあまり変わらなそう。
背は低いが、胸は大きい。
「領主はアタシのお父さんの仕事よ! 余所者は今すぐ帰りなさい!」
敵意剥き出して言ってきた。
領主はアタシのお父さん?
それってもしかして……
「こら、レンティ! 失礼だぞ!!」
男の怒声が鳴り響き、彼女は身をすくめた。
叫んだのは元領主代行のロンドだ。
「お父さん……! だってこいつが!」
「こいつじゃなくて領主様だ!」
ロンドとレンティと呼ばれた女の子が、言い争いを始めた。
多分、ロンドの娘なんだろうな。
あんまり見た目は似てないけど。ロンドは背が高いけど、レンティの方は低いし。
「すまんなぁ。あとで言い聞かせるから。さあ、挨拶を始めてくれ」
ロンドは謝ってきた。
僕は集まった領民たちに挨拶をする。
戦で戦功を残した時は、もっと大勢の前でスピーチをしたこともあったけど、その時より数倍緊張している。
てか、なんて言えばいいんだ。
とりあえず当たり障りのないことを言うしかないか。
「あ、新しい領主のライル・ブラックです。始めてハクシュトアに来ましたが、湖が近くにあって美しい場所だと思います。い、いきなり領主になったので、不審なところもあるとは思いますが、頑張って勤めたいと思います」
緊張していたので、所々噛んでしまった。
領民たちはシーンとしている。
やっぱり歓迎されてない。
「質問いいか?」
そう言いながら、前列にいた男が手を挙げた。
鋭い目つきの男だ。何となく賢そうな印象を受ける。髪は少し長めで、灰色だ。年齢はまだ若い。二十代前半くらいか。
「俺の名はルート・フルックス。酒場をやっている。単刀直入に聞くが、アンタは何もんだ? どこ出身の誰だ。ハクシュトアと何か関係があるのか?」
あまり聞かれたくない質問をいきなりされた。
「王女の家臣に、ライルという名のやつがいるという話は聞いたことがない。領地をもらうなら、普通に考えて、何かそれなりに功績を残しているはずだ。どういう理由だ」
スラスラとルートは質問を口にしてきた。
この質問に正直には答えられない。
ただ、僕は嘘をつくのがあまり得意じゃないから、咄嗟に言い訳が思いつかない。狼狽えていると、
「彼は、トレンス王国の出身ではなく、帝国の貴族です」
ファリアナが横から助け舟を出してきた。
下手に喋ると邪魔しちゃいそうなので、ファリアナに任せることにした。
「帝国では多くの戦功を残しました。しかし、彼は嫡子ではなかったので、跡継ぎになれず、しばし放浪します。そこで姫様と出会い、家臣になったのです。ライル様は有能で良き働きをし、その恩賞してこの土地を与えたのです」
「いや、だからどういう戦功を挙げたんだよ。聞いたことないんだ、ライルという男の名を」
「彼の役は主に裏方でしたから。派手な活躍はしていません。名前が知られていなくても、当然です」
ファリアナは毅然とした態度で、嘘の情報を話し続ける。
僕が喋ったら絶対ボロが出そう。凄い冷静な人だな、ファリアナは。
ルートは少し考え込んだ後、
「わかった、質問は以上だ」
と言った。
言い負かせそうにないから引き下がっただけで、僕のことを信用したわけでは全くなさそうだ。ルートは僕を探るように見ている。
それ以上の質問はなかったが、やはりあまり好感は得られていないようだ。
前途多難だと感じた、最初の挨拶となった。
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