第3話 真相

 魔法を使い切った僕は、ただの人である。


 兵士たちに抵抗する力はなかった。


 捕まってしばらく勾留され、その後、裁判が始まった。


 その時まで、僕は愚かにも楽観的な気分でいた。

 実際、やっていなかったのだから、無実なのに裁かれることなどあり得ない。

 真犯人は必ず見つかる。


 何の根拠もなくそう思っていた。


 僕のそんな楽観的な考えは次々に打ち砕かれていく。


 まず、僕は事件発生当時、魔法が使えない状況であったと主張した。


 魔法を使えるものは、戦場に出て戦った後は、必ず魔法検査を受け、あとどれくらい魔法を使えるかを記録する義務がある。


 その記録が間違いなく残っているはずだ。それを見れば、すぐの無罪だと分かる。


 しかし、そうはならなかった。


 何故か記録では、事件発生当時、僕は上級の攻撃魔法『爆撃ブレイズ』を一回だけ使用可能となっていたのだ。


 僕は唖然とした。

 明らかに間違った記録だ。

 しかし、魔法の記録は厳重に扱われており、改竄は不可能。


 そのほかにも、僕がやったと思われる証拠が次々に出てきた。


 全て身に覚えのないものであった。


 陰謀であるのは間違いなかったが、誰も僕の言葉は信じなかった。


「被告人、ライル・ブランドンのやった犯罪は卑劣で、理解不能である。多くの負傷者を出し、皇帝陛下まで負傷させた罪は重大だ。被告人には死刑が相応しい。

 しかし、死者までは不幸中の幸いで出ず、さらに被告人が、帝国に対して多大な貢献を過去にしたというのは事実である。よって、それを考慮し、被告人をローエン島へと追放することとする」


 僕の刑はその時、決定した。


 ローエン島とは、帝国西側、海と間違えるくらい巨大な湖の中方付近にある、小さな島だ。


 流罪になったものの末路は、僕も何回か聞いたことがある。


 流された先にある家から出ることを許されず、誰とも関われぬまま、一生を終えることになる。


 大抵の者は、十年ほどで気が狂い、自殺するそうだ。


 そんな情報を知っていたため、僕は必死で叫んで無罪を主張した。


「僕はやってない!! これは陰謀だ!!」


 しかし、聞く耳は持たれず、判決も覆る事はなかった。


 僕は護送の準備ができるまで、牢に閉じ込められることになった。





 十日後、明後日護送と言われたが、僕はもはや何もいう気力もなかった。


 牢に閉じ込められて五日間、声が枯れるほど叫んだが、聞き入れられなかった。


 それから気力を失った僕は、運命を受け入れ始めた。元はスラムにいた僕には、これでも上等な人生だったのだ。そう思い込むことにした。そうでないと、精神がもたなかったからだ。


「こ、このような所に来ては!?」

「いいから通せ。最後に話をしたい。お主らは全員出ておれ」

「か、かしこまりました」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 この声は……


「皇帝陛下!」

「何だ、意外と元気そうではないか」


 予想外な人物が僕の前に姿を見せた。


 なぜ、牢屋に? いや、そんなことよりも……


 僕は、鉄格子を掴み、顔を接近させて、必死に訴える。


「陛下! 僕じゃないんです! あの事件の犯人は、僕じゃないんです!! 真犯人はまだどこかにいます!!」

「知っとるよそのくらい」


 あっさりと皇帝陛下はそういった。


「お主は無罪じゃ」

「え……? 信じてくださるんですか?」

「当然じゃ、何せあの爆発を指示したのは、わしじゃからな」

「…………え?」


 皇帝陛下は、信じられないことを口にした。


 どういう意味か全く理解できていなかった。


「それは……どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味じゃ。あの爆発は全てわしが指示を出した」

「なぜそんなことを?」

「決まっておる。お主を犯罪者にするためだ」


 淡々と皇帝陛下は述べた。

 僕には信じられなかった。


「嘘……ですよね」

「本当だ。魔法検査の記録も、改竄を命じた。わしは皇帝だし、それくらいは出来る」

「でも皇帝陛下はお怪我を……」

「あれは自分でやった。痛かったぞ」


 感情では信じたくなかった。

 僕にいつも労いの言葉をかけてくれて、僕を恩人だと言ってくれている皇帝陛下がそんなことするなど、あり得ないと思っていた。


 しかし、皇帝陛下なら、僕を犯罪者にするくらいの陰謀は、楽にできるだろうと、理屈では理解をし始めていた。


「なぜ……そんなことを?」

「お主のようなスラム出身の『虫ケラ』が英雄になるということは、非常に問題があるからだ」


 虫ケラという僕は呼んだ皇帝陛下は、本当に僕を虫と思っているような冷徹な目つきをしていた。


「英雄には働きに応じた報酬を与えねばならぬ。お主の働きに見合う報酬はそうじゃのう……広大な領地に、そして爵位じゃ。相当高位の爵位にお主をつかせねばならん。どちらも虫ケラには、過ぎた報酬だ」

「な、何を。僕は別に、領地が欲しいとも、爵位が欲しいとも思っておりません! 平凡で幸せな日常を送れるだけでも、良かったんです!」

「それでは、民衆は納得せぬと言っておるのだ。働きに応じた報酬を与えねば、皇帝としての度量が問われる」


 本当にそんなことになるのかと、僕は疑問に思った。そうだとしても、犯罪者にされるというのは納得はいかない。


「僕が領地を持ち、そして爵位を持つという事は皇帝陛下にとって、そんなに避けたいことだったのですか? 僕を犯罪者に仕立て上げる陰謀を仕組んでまで、避けたいことだったんですか!?」

「当たり前だろう」


 何を言っているんだこいつ、というような表情を皇帝陛下は浮かべた。


「帝国の土地も人も物も全てわしの物である。貴様のような虫ケラに大事な土地を渡すくらいなら、敵に渡した方がマシだ」

「虫ケラというのやめてください! 僕は人間だ! あなたと同じ人間だ!」

「はっはっは、わしと同じ人間? お主はこの世の摂理を理解できておらんようだ」


 皇帝陛下は心底僕を馬鹿にするような口調で言った。


「わしは生まれながらにして、万民の頂点に立つ皇帝だ。この世で誰よりも偉い。スラム生まれの虫ケラが同じ人間だと、よく言えたものだな」


 傲岸不遜過ぎる発言だった。

 皇帝は偉い。それは確かだ。

 でも、だからと言って人間には変わりはないはずだ。


 僕は怒りのあまり、皇帝陛下を挑発するような発言を口にする。


「……その虫ケラに、救われたのは、どこの誰ですか?」


 僕がそう口にすると、皇帝陛下の顔が一気に不愉快そうな表情になり、僕を睨んでくる。


「黙れ、それ以上口を開いたら殺すぞ」


 図星を突かれたからそう言うんだと思った。


「とにかく今の貴様は何もできん、今となっては虫ケラ以下の存在だ。生かしておくだけでありがたいと思って、残りの生を全うしろ。さらばだ」


 そう言い残し、皇帝陛下は牢を去っていった。



「……結局スラム生まれの僕は、幸せになることなんて、絶対にできないんだ……こうなる運命だったんだ。はははははは」


 僕は笑った。しばらく笑い続けた。


 そして、笑い声を止めて、今度は壁を殴りつけた。


「ちくしょう……ちくしょう……ちくしょう……」


 拳に強烈な痛みが走るが、それでも殴った。


 ただ、強い怒りが僕の胸を支配していた。


 怒りで感情が爆発し、目から涙があふれてくる。


 裏切られた。

 未来を奪われた。

 恩を仇で返された。


 僕にはもう何も残っていない。

 何も出来やしない。

 どれだけ怒っても、僕に復讐する機会も力もない。


 すべてが虚しくなってきた。

 しばらく壁を叩いた後、僕はやめてぐったりとその場に倒れ込んだ。


 ひたすらに空虚だった。


 僕は考えるのをやめた。

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