第2話 冤罪

 ある日、パーティーが王城の中で開催された。


 数日前の戦の勝利を祝う戦だった。その戦に僕も参加していた。


 魔法も残り少ないので、そこまで大活躍したわけではないのだが、それでも効果的に魔法を使い、勝利には貢献できた。


 パーティー会場には多くの貴族達がいた。踊ったり、談笑したり、食事を食べたりしている。


 あまりこういう雰囲気に慣れていない僕は、部屋の隅からパーティーの様子をぼんやりと眺めていた。


 ふと、僕は一人の女性と目があった。


 長い赤髪の女性だ。今まで見たことのある女性の中で、一番顔が整っている。長い髪も艶やかで、一切の乱れがない。


 背が高く、スタイルも非常に良かった。


 僕は彼女の赤い瞳から、目が離せなかった。


 恋愛感情を抱いたというわけではない。何か胸に引っかかるような、そんな感じがした。


 彼女は少し口元を歪ませた後、目線を逸らした。


 ……今、笑った?


 笑ったのなら何故だろうと、理由を考える。僕の顔に何かついていたとか?


 考えていると、


「ライル坊よ。あの女子おなごはよしておいた方がいいぞ」


 横から声をかけられた。


 視線を向けると見知った老人がいた。


 ルベルト・バッドンという、僕の教育係を務めた人だ。


 彼は貴族の生まれ。多種多様の魔法を使い、昔は大賢者とよばれていたけど、今では全部使い切っている。

 それからは、魔法を戦にいかに役に立てるかという、理論を研究しているみたいだ。

 僕は理論を無視する規格外の存在だから、けしからんと何回か理不尽に怒られたことがある。


 基本的にはいい人だ。もう大人になったのに、いまだに“坊”呼ばわりはやめてほしいけど。


「いや、別にそんな意味で見てたわけじゃないけど」

「はっはっは、照れんでいい。あんな熱心に見つめてバレバレじゃ」

「ち、違うって! なんか気になるから見てただけだ!」

「女として気になっておったのじゃろう?」

「だから、そういうんじゃなくて。何か、胸に引っかかるところがあったというか。とにかく、惚れたとかそういうんじゃないから」

「ならいいんじゃがのう」


 ルベルトはニヤニヤしながら僕を見ていた。これは明らかに信じてないな。


 どう言っても信じてもらえなさそうなので、僕は話題を変えた。


「彼女はダメって言ってたけど、なんか問題がある人なの?」

「あるのう。あの女は、十五年前この国の属国となった、トレンス王国の第二王女シンシア・ファーサスじゃ。

 当時、帝国はお主が出てくる前で、追い込まれ始めておった頃じゃ。そんな中、帝国に戦を仕掛けるでなく、属国になる決断をしたので、当時は相当国内が荒れたらしいのう。

 結局、帝国は優位となったから、その判断は正しかったのじゃが。

 今では、早めに属国になってくれたと、皇帝陛下はかなり感謝しておられて、トレンス王国へ多くの援助をしておられる……」

「その国の王女が何か不味いの? 僕じゃあ身分的に釣り合いそうにもないけど」


 話を聞いた限り、帝国とは友好的な関係を築いているようだ。


「身分的には釣り合わんという事はない。お主は国を救った英雄じゃ。高貴なものを妻としても、許される立場になっておる」


 そ、そうだったのか。別に相手の身分なんてどうでもいいから、特別嬉しいって事はないけど。


「問題は、シンシアにまつわる黒い噂じゃ。どうも、トレンス王国では帝国から離反する動きがあるようでな。第二王女のシンシアが裏で動いているという話がある」

「噂でしょ?」

「まあ、そうじゃな。

 シンシアは国内で様々な施策を提案してそれを実行し、トレンス王国の生産能力をあげたり、自分の軍を編成して、それを国内でも最強級の軍勢に仕上げたりと、とにかく有能な王女らしい。

 有能な者は野心が大きいことが多い。属国であることを良しとせず、反乱を仕掛ける可能性は十分ありそうじゃ。そして、もしかしたらそれを成功させるだけの才覚もある」

「うーん……」


 あくまでルベルトさんの想像だけの話で、証拠などは何もない話だった。


 だけど、確かに彼女のあの燃えるような赤い瞳を見ると、属国などという立場で、満足はしていないのでは? と直感で思った。


 話を聞いて、さらに気になった。

 シンシアの様子を、僕はちらちらと確認してする。


 彼女は、帝国の男の貴族から言い寄られている。しかし、ピクリとも表情を動かさず、完全にスルーしている。男貴族たちも非常に困っているようだ。


 もう一度目が合った。


 今度は、目を逸らして来ず、シンシアは僕に近づいてきた。


「貴方が、帝国の英雄、ライル・ブランドンか?」


 女性にしては少し低く、そして力強い声だった。


「は、はい」

「私は、シンシア・ファーサス。トレンス王国の第二王女だ」

「そ、そうらしいですね」

「君、私のものにならないか?」


 僕の目を見据えて、そう尋ねてきた。


 一瞬何を聞かれたのか理解できなかった。それくらい意外な問いだった。


「え? い、いや。あの、僕は帝国に仕える身ですので。お断りさせていただきます」

「そうか。残念だ」


 話はこれで終わりかと思った。

 だが、シンシアは僕に近づいてきて、耳元で、


「だが、予言しよう。君はいずれ私の物になる」


 そう告げた。


「帝国は、君のような出自の者に優しくすることは、決してない」


 不穏なことを最後に言い残して、シンシアは去っていった。





 パーティーがあった日から数日後。


 僕は何回か戦をし、遂に最後の魔法を使い切った。


 最後に残ったのは初級魔法だったので、戦にはあまり活躍できなかったけど、帝国軍はきちんと勝利した。


 これで僕は魔法の使えない、平凡な男になった。


 今の帝国軍は圧倒的な戦力を保持している。僕がいなくても、もう負ける事はないだろう。


 少し寂しい気がしたけど、その気持ちはすぐに失せた。


 今思えば、スラムから出てから、戦ってばかりだ。何度戦に赴いたか分からない。


 強力な魔法が使える僕だけど、戦に出るのはやはり恐怖を感じる。


 敵軍も僕を仕留めに来るので、心が休まる事なんてない。


 正直、身も心も疲れていた。


 早くゆっくり休みたい。今はそう思って僕は戦場から帰還した。



「ん? これは?」


 自分の部屋に入ると一通の書状が。


 差出人は何と皇帝陛下である。


 皇帝陛下は自分で文字をお書きにならない。文官は代わりに書くのだが、間違いなくその文官が書いた文字であった。


 内容を読む。


 僕を労うためのパーティーを行うので、城に来て欲しいという、手紙だった。


 皇帝陛下直々に誘ってくださるとは……これは行かないと。



 数日後、パーティー当日。


 疲れていた心が一気に回復して、僕は明るい気持ちで、皇帝陛下のいる王城へと向かった。


 その時は、これが何かの策略だとは思わなかった。ただ、嬉しい気分で、僕は歩を進めた。


 僕が城に入った瞬間、ドンッ!!と爆発音が響き渡った。


 地面が大きく揺れて僕はバランスを崩してその場で倒れた。


 慌てて立ち上がり、音のした方へと向かう。


 城のどこかが爆発したようで、煙が上がっていた。


 逃げ惑う人々。


 僕は事情を確かめるために、ホールへと向かった。


「!!」


 大きな瓦礫が崩れており、怪我人を負った人々がうめき声を上げていた。瓦礫の下に人がもしいたら、確実に死んでいるだろう。


 そして、皇帝陛下に姿も見た。足を怪我しているようである。


 だが、命に別状はなさそうだ。


 慌てて駆け寄る。


 その瞬間、


「あいつだ!! あいつが魔法を使っていた!!」


 と大声が周囲に鳴り響いた。

 犯人が近くにいるのか?


 大声をあげた人を確認する。

 その人はある一点を指差していた。


 僕だった。


「え?」


 次の瞬間、皇帝陛下が叫んだ。


「その者を拘束しろ!!」


 僕は兵士たちに取り押さえられた。


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