追放賢者の領地改革! 〜成長魔法で優秀な人材を育てまくっていたら、弱小領地が最強領地になってた〜

未来人A

第1話 大賢者ライル

 スラム街。

 そこは、この世の地獄だ。


 道端に放置されたゴミ。

 街を徘徊する廃人。

 売春をしようとする女たち。

 それを買う、不潔な格好の男たち。

 麻薬の売買が堂々と行われている。

 街の外から迷い込んできた者をリンチにする住民たち。

 助けるものは誰もいない。

 命までは取らないが裸にされ、絶望しながら、迷い人はスラム街をあとにする。


 僕はそんな街で生まれた。

 父と母は幼き頃に失くした。兄弟もいなかった。頼れる人もいない。


 一人だった。


 毎日、ゴミを拾い、残飯を漁り、野良猫のような生き方をしていた。


 子供の頃の僕はそれ以外の生き方を知らなかった。


 何の疑問も思わず、そうして生きていたので、辛いとか苦しいとか、理不尽だとも思っていなかった。


 そのままだと、僕は大人になる前に死んでいただろう。



 ある日、町に見慣れない一団が来訪した。



 彼らは帝国の騎士だった。

 鎧で武装しており、スラム街の無法者たちも手を出す事はできない。


 そいつらは、スラム街の住民を一人一人捕まえていった。


 大体すぐに解放される。

 抵抗すれば無理矢理捕らえられ、怪我をすることもあるが、無抵抗なら無傷ですぐに解放される。


 騎士たちに逆らうのも不可能だし、大体の人たちは、無抵抗で騎士たちに捕まった。


 だが、僕は子供で物を知らなかったというのと、恐怖で判断力を失っていたということで、抵抗をした。


 まあ、抵抗虚しくすぐ捕まったんだけど。


 怪我も特にしなかった。

 子供を捕まえるくらい、騎士たちには簡単すぎるミッションだった。


「こんな小汚いガキも調べる必要あるんですかね」

「文句を言わずにやれ、皇帝陛下のご命令だ」


 騎士たちは愚痴のように呟いて、捕らえた僕の額に一枚の用紙を当てた。


 紙に何かが書かれ始める。


 僕はその時、字が読めなかった。

 だが、仮に読めても、紙に書かれた字は読めなかったに違いない。

 一つ一つの字が細かすぎたからだ。

 肉眼で確認するのは、よほど目の良いものじゃないと不可能だろう。


「な、何!?」

「これは……」

「なんて書いてあるんだ? こんなの初めてだ」


 騎士たちは驚いて話し合いを始めた。


 小声なので会話の内容は聞こえなかった。


「なるほど……詳しくは戻ってから調べねば。とにかくこのガキは連れて帰るぞ」


 騎士たちに連れていかれた場所は豪華な城だった。


 しばらく僕は部屋に置かれていた。

 そこで今まで食べた物のないようなものを食べ、ふかふかのベッドで寝た。


 最初は恐怖したけど、悪い目には遭わなかったので、まあいっか、と思っていた。子供の頃は我ながら、思考回路が単純すぎた。


 しばらく待つと、騎士たちではなく、黒いローブを羽織った男たちが来た。


 その男たちは歓喜の表情で、僕にこう言った。


「君は……大賢者になれる逸材だ!」


 その日、僕ライル・ブランドンの人生は一変した。





 魔法。


 この世界にある不思議な力だ。

 炎を発生させたり、雷を発生させたり、水を出したり、風を起こしたり、傷を治したり。使用用途は様々だ。


 誰もが使えるわけではない。


 生まれつき、使用可能な魔法と回数が決まってる。


 一回も使えない者がほとんどで、使える者でも、弱い初級魔法を1、2回使えるというケースが多い。


 威力が高い上級の魔法を使える者は、本当に一握りだ。そういう者たちは、賢者と称され、重宝されていた。


 使える魔法の数は、検査で測ることは可能だ。魔法検査紙というそのまんまな呼び方の紙を額に当てると、その紙に使える魔法の種類と数が書かれる。


 魔法は主に戦争に使われる。

 強力な魔法を多く使用できる国は、戦争で非常に優位に立てる。


 僕の生まれたルトヴィア帝国は、領土が広く圧倒的な国力を持っていたが、外交が苦手で敵を作りまくり、領土が接している国は、ほぼ敵国という状態で、危機に陥っていた。


 どんな手を使ってでも戦争に勝ちたい。

 そう思った帝国は、禁じ手を使った。


 貧民の魔法検査だ。


 魔法は親が使えると、子も使えるケースが多いが、絶対ではない。


 しかし、帝国は貧民は魔法を使えない、劣等種族であると宣伝をしてきた。


 貧民に魔法が使える者がいると知られた場合、反乱が起きる確率が上がるからである。


 貧民は魔法を検査する方法を知らない。そのためその嘘がバレる事はなかった。


 方針を急転換してまで、貧民の魔法検査に乗り出したのは、それだけルトヴィア帝国が追い込まれていたからだろう。


 スラムに九年間住んでいた僕が、突如魔法検査を受けることになったのは、それが理由だった。



 そしてその結果は、王宮の者達全てを驚かせるものだった。



 僕はこの世界にある魔法の全てを、百回以上使用することが出来る、規格外の魔法量があると、検査で判明した。


 あの時、肉眼では読めないほど、細かい字が書かれていたのは、それだけ使える魔法の数が多かったからだ。


 圧倒的な魔法の数を帝国が見逃すはずはない。僕は皇帝陛下と謁見することになった。


 強制的に今まで着ていたボロボロの衣服から、立派な服に着替えさせられた。慣れない服だったから着心地はあまり良くなかった。


 靴も履かされた。スラム街では靴など履いた事はなく、全く慣れていなかった。少しよろめきながら歩く。


 赤いカーペットの上を歩き続けて、皇帝陛下のいる謁見の間に到着した。


 金で作られている玉座に皇帝陛下アーネスト・シュータッド3世は座っていた。


 年齢は40くらい。目の下にはクマがあり、あまり眠れていないようだった。

 どこか弱々しい印象を受けた。


 幼い僕には分かってなかったけど、当時の皇帝陛下は追い込まれていた。


 戦の戦況は日々悪くなり、眠れない日々が続いていたようだ。目の下にクマができるのも当然である。


「おじちゃんだれ?」


 無知な子供であった僕に、皇帝陛下との口の聞き方など知らなかった。


 ざわっと、周囲にいた臣下達が騒ぎ始めて、ようやく何かまずいことを

 言ったかと思い始めた。


「静まれ。子供の言動でいちいち騒ぐな」


 不機嫌な様子で皇帝が言った。

 臣下たちは、頬から汗を流しながら、口を噤んだ。

 謁見の間に、張り詰めた静寂の時間が流れる。


「お主。名は?」

「ライル・ブランドン」


 僕の名を聞いた皇帝は信じられない行動をとった。

 その行動に臣下達がまたもざわついた。


「ライルよ。帝国を……わしを救ってくれ」


 皇帝陛下が初めて頭を下げた瞬間であった。


 皇帝陛下がどのような人物かは、その時は理解出来ていなかったが、断ると大変な事になると思ったので、僕は無言で頷いた。





 魔法を使う訓練をそれから簡単に受けた。


 決して、難しいものではない。


 魔法を発動させようと思いながら、魔法の名を口にすれば発動する。


 間違って魔法の名を口にしてしまっても、発動させようと思っていなければ発動はしないので事故は起こらない。


 慣れれば、この魔法を発動させよう、と頭の中で思うだけで、発動させることが可能になる。


 それが出来るようになったのは、魔法を覚えてから二年経った時だ。


 別に口にする場合でも、長いセリフをいう必要はないので、大きな違いはない。


 最初に僕が魔法使いとして戦場に出陣することになったのは、魔法検査をした二週間後だった。


 帝国の南にある、レプトーン王国が大軍を率いて攻め入ってきた戦である。


 北と西で強力な敵と帝国は戦をしていたので、南にまともな戦力を送る余力がなかった。


 敵軍5万に帝国軍5千。十倍の差。とてもじゃないが勝てるような戦ではなかった。


 その戦で、僕は言われた通り、最上級の魔法を発動させまくった。


 戦場は瞬く間に地獄に変貌を遂げた。


 敵兵を焼き尽くす爆炎、大勢の兵を踏み潰す巨大な岩が数千と戦場に降り注ぐ。


 敵軍の大将はもしかしたらこう命令を下したのかもしれない、


「最上級の魔法を使う魔法使いがいたか!? でもそう何回も使えまい! 数はこちらは有利だからそのまま突き進め!」


 兵がどれだけ魔法で死のうと歩むを止めることがなかった。


 いずれ魔法は止むと信じていたのだろう。


 しかし止むことはない。


 最上級の魔法は全部で十五種類。

 それを僕はそれぞれ、百回ずつ使うことが出来た。


 最上級魔法は、普通一回でも使えれば、もてはやされるような強力な魔法である。


 最上級魔法の連打に、敵軍はついに撤退していった。


 自軍の兵はほぼゼロ。そしてレプトーン王国軍は全軍の七割、約三万五千人を失った。


 僕が戦場でいかに役に立つかが、実証された日であった。



 それから、僕は数々の戦場には駆り出されて、魔法を使い続けた。


 敵兵を大勢殺したけど、戦とはそういうものであると自分を納得させていった。


 それに、帝国に従ってさえいれば、いい思いができた。


 美味しいものは食べられるし、フカフカのベッドも用意して貰える。


 スラムで暮らしていた僕からすると、まるで天国にいるかのようだった。


 それだけじゃない。

 人に必要とされる経験がこれまでなかった僕は、帝国人の役に立っていると思えるだけでとても嬉しかった。


 今まで持ち合わせていなかった、帝国への愛国心や忠誠心などが、徐々に生まれてきた。


 そういう生活を過ごし続けて、戦で活躍し続けること八年。


 僕の魔法のおかげか、戦局は徐々に帝国有利に傾き始めた。


 年齢が十八歳になった頃、僕は『大賢者』と呼ばれるようになっていた。


 魔法を使って帝国に貢献したものをそう呼ぶらしい。


 特にどういう呼ばれ方をしたかったとかは、思っていなかったので正直どうでもよくはあった。


 そんな事よりも気になることがあった。



 その日は戦の翌日。

 僕は皇帝陛下に呼ばれて、謁見の間で跪いていた。


「面を上げよライル。今回の戦でも、誠に良い働きをしたと聞くぞ。これからもこの調子で頑張ってくれ」


 皇帝陛下は笑顔で労いの言葉をかけてきた。


 彼の目の下からクマは消えていた。


 僕のおかげで戦況が一気によくなり、安心したためかよく眠れているようである。


 いつもなら僕はそのまま立ち去るのだが、今日はどうしても聞きたいことがあった。


 少し聞くのに勇気がいることでもある。


 どうしようか迷ったが、聞かないと後悔すると思い尋ねてみた。


「あの、皇帝陛下に一つお聞きしたいことがありますが、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「僕の魔法なのですが、そろそろ使い切ってしまいそうです。魔法が使えなくなったら、僕はどうなるのでしょうか?」


 魔法の使えない僕は、スラム生まれの平均以下の男でしかない。


 もしかしたら、捨てられるかも、と不安に思っていた。


「はっはっは、何だお主、そんな事を心配しておったのか。我が帝国の法を学んでおらんようだな」

「法?」

「帝国では、魔法を使いきった者の生活はそれ以降も保証しておる。そうじゃないと、魔法兵が思い切って魔法を使ってくれんからのう。生活のレベルは、貢献度によって決める。お主の活躍は英雄的じゃから、城主になれると思うぞ」

「じょ、城主!?」


 いい生活が魔法を使いきった後でも出来ればいいと思っていたが、まさかそこまでだとは僕も思っていなかった。


「法はわしのご先祖である皇帝達がお決めになった物だ、このわしとても容易には破れぬ。即ち、誰にも破れぬということだ。心配する必要などない」


 僕を安心させるような表情でそう言った後、「もっとも」と皇帝陛下は付け加える。


「何か罪を犯してしまったら、その限りではないがのう。お主ほど帝国思いの者が罪など犯すわけはないから、その心配はないか、はっはっは」


 皇帝陛下の笑い声を聞きながら、僕の不安な心はすーっと消えていった。


 一生スラムに戻る事はない。ずっと幸せに生きていける。


 そう思っていた。


 そんな事が幻想だったと知るのは、僕が魔法を使い切った後になる。

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