私が狂ったのはお前のせいだ!【前編】

 三日前、繭から告白された。晴天の霹靂とはまさにこのことで早急に『片づけ』をしないといけない。だから返事は延期してもらった。

 繭が家を出たことを確認して数分後にインターホンを押し、合図を送る。

「いらっしゃい紗良ちゃん、さあ上がって」

 繭のお母さんが出てきて私を家に入れてくれる。彼女はこの作戦における唯一の協力者でかなりの曲者だ。

 早速繭の部屋に入り、隠しカメラや盗聴器を慣れた手つきで回収していく。作業の最中、繭のことを考え、何も無かったかのように隠すことに対する罪悪感が私の後ろ髪を引く。

 それでも繭はいつもみたいに笑って許してくれるのだろう。いや、だからこそ、優しい繭はこんな悪人を受け入れてはいけないと思う。だからと言って、自分から離れるなんてことできるわけがない。

 私にできることはカメラやその他もろもろを回収して、狂気を押しとどめて、正常者を演じるほかない。なんでだろう、嬉しいことのはずなのにマイナスの感情ばかりが溢れてくる。

 溜息を吐き上を見上げる。

 いつからだろう、愛情に狂気が孕んだのは……。



 出会ったのは中学二年の初春、強い衝撃を受けて世界から新しい色が増えた。その色に私はどうしようもないくらい惹きつけられた、繭だった、一目惚れだった。恋愛そのものに疎く誰かを好きになることそのものが初めてだった私が一瞬で恋という感情を理解した。どうして一年もの間気づかなかったのだろう。こんな、自分の語彙が煩わしく感じるくらい愛しい人がいるだなんて……。

 

 相手が悪すぎる、それが繭のことを聞き率直に出た感想だった。

 恋敵が多い。考えれば至極当然だ、あんなに可愛いのにモテない方が逆におかしい。それとついでにもう一つ、男の人と付き合っていた時期があったらしく、女の私は同じ土俵にすら立てない可能性もある。又聞きの話だから信憑性が薄いし、どっちもイケる口かもしれない、ていうかガセであってくれ!

 それでも臆病な私は友達として近づくことしかできなかった。

 繭と遊ぶようになってから暫く、私から遊びに誘うことが多くなった。公園で遊ぼう、二人で映画を見に行こう、水族館に行ってみたくない?、今度繭の家に行ってもいい?、私の家遊びに来ない?などなど。兎に角誘いまくった。

 繭が私の誘いを断ることは一度としてなかった。

 友達のように遊ぼうが恋人としてデートをしようがしていることは大して変わらない。私は他の恋敵よりも大切にされてるんだと心の底から思っていた。

 一筋の希望が見えてきてしまった事実は私の欲求を加速させた。

 これは繭にも責任があると思う、遊びに行くと当たり前のように薄着で過ごすし、かなりの頻度で抱き着いてくる。逆に襲わなかった私はかなりの紳士だろう。

 時間がたつにつれ、どちらかの家に二人で入り浸ることが多くなり、スキンシップも増えた。休み時間は私よりも一回り小さい繭を膝の上に後ろから抱き着くようにして過ごすようになり、外では当たり前のように恋人つなぎをするようになった。

 完全に調子に乗っていたのだろう、ただの友達にしてはどう考えてもやりすぎだった。それにより私の好意が周知の事実となってしまうこととなる。最初は周りに冷やかされたことで繭が私から距離をとることを危惧したが、結局は杞憂に終わった。

 マイペースな繭はいつも通りに過ごした。気づいた時には大して珍しいことで無くなりわざわざ何か言う人はいなくなった。

 これから私は一つ学んだ、だから私の要求は増加の一途をたどった。





 繭の行動一つ一つが気になって仕方がなくなった。何の連絡もなしに家に押し駆けるようになった。今まで片思いなりに楽しんでいた日々が只々つらくなっていった。

それでも治せるのは私にとって毒にも薬にもなる繭の存在だけで……。

 私の狂気が全面的に出てきたのはこのときだろうか。少なくとも隠しカメラや盗聴器を仕掛け始めたのはこの辺だった思う。

 まあ、欲しいのは繭そのものの存在だけだからこんなことで満たされるはずもなく……私はちょうど繭が告白した日にある計画を立てていた。

 それは、繭を殺して私も死ぬこと、つまり無理心中をしようとしてたのである。

 繭愛してる、繭愛してると思考はそれだけに埋め尽くされていた。その時の私がどうかしてたのは今更な話だがそんな私に告白する繭もそうとうイカれてるとしか言いようがない。それでも私が繭と心中することはなかった。たまたま実行日に告白を受けたからだった。それがなければ絶対に殺していた、そう思うと殺人未遂にまで手を染めていたのかよ……私。

 告白の後はよく覚えてないけど気づいた時には自宅にいた。とても気持ち悪い顔で一日中歓喜してたと思う、それでも次の日になると少しだけ冷静になり自分の犯した事の重大さを理解した。

 そもそも繭が幸せであること、それが絶対条件だったはずだ。それなのに私は繭を殺そうとしていた、そんなことが許されていいはずがなかった。それでも強欲な私は隠すことしか思いつかなくて……もう遅いと分かっているが今からでも遅くないと言い訳を続け元々無かったことかのように『片づけ』をしている。

 その後は何事もなかったかのように日々を過ごしていくのだろう、まったくそんな自分に嫌気がさす。

 マイナスの思考を取り払うかのように窓から外を見下ろす、『片づけ』を終えた私が荷物をまとめていると繭から連絡が着ていた。今度の週末デートすることについての話だった。今までは『遊び』だったがこれからは『デート』になるのか。そう思うだけで心の中に温かい感情がじんわりと広がる。つい先ほどまでの胸中の罪悪感は薄くなり、繭の恋人として用を終えた私は繭のお母さんにお礼を言い、家を後にした。

 

 

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この罪は誰のモノ 三神拓哉 @Artiscn

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