02_#2


 公安部の廊下を歩いている途中、真実也は我慢できずに口を開いた。


「蛭間班長、教えてください。なぜ花園みちるは特殊対策班に配属されたんでしょう」

「随分気になっているようですね」

「それは、まぁ。警察学校時代の彼女を考えれば……特殊対策班に採用だなんて」


 真実也は歩幅の大きい蛭間に、早足でついていく。蛭間の返答が待ちきれずに横目でちらちらと伺う真実也に、蛭間は笑いかけた。


「確かに、警察学校時代の彼女の成績は、お世辞にも良いとは言えませんね。だけれど彼女は、特殊対策班に間違いなく必要な人材でしょう。同期の君なら、覚えがあるのでは?座学に運動に実践。全てにおいて駄目だった彼女が、唯一得意としていること」

「花園が、得意としていること?」


 真実也は、彼女の行動を頼りに記憶を辿ってみた。座学も、体力テストも、実践訓練も。どれもてんでダメだった彼女が、得意だったもの。思考を巡らせた真実也の脳内に、一つのイメージが浮かび上がって焦点が定まった。


「……あ」

「心当たりがあるようですね」

「確か彼女は、射撃だけは同期の中でトップでした」


 真実也たちの警察学校では、射撃訓練は男女別に行われるため、真実也はみちるが射撃場にいるのを見たことがなかった。しかし、みちるが射撃の試験でトップだったことは、同期達の間で一時期話題になっていたことを思い出したのだ。


「真実也君は、遠くから自身が撃ち込んだ銃弾の風穴に、もう一発の銃弾を掠ることなく、通すように撃つことができますか?」

「な、なんですか。急に」

「どうでしょう。やれと言われたら、できそうですか?」


 いつの間にか立ち止まり、前髪の隙間から金色の瞳を覗かせて詰め寄る蛭間の勢いに押された真実也は、息を詰まらせながら答えた。


「いいえ……できません。そんなのとても、人間ができるとは……」


 そう言いかけた真実也は、なにかに気がついたように目を見開いた。蛭間の視線から逃げるように下に向けていた視線が思考と連動して一時停止した後、恐る恐ると蛭間を見上げた。


「察しがいいね、君は」


 蛭間は微笑むと、真実也の肩についたホコリを軽く払った。


「花園みちるは、例えるならそれ程精密な射撃を、いとも容易くやってのける」

「花園が?」

「そう。彼女は比類なき射撃の名手だよ」


 再び歩き出した蛭間だが、真実也は衝撃のあまり、ついて行くことを忘れてしまいそうだった。蛭間は、少し歩いた先にある大きな扉の前で立ち止まった。懐から出した黒いカードキーを扉の横のセンサーにかざすと、電子音とともに扉は開く。重厚な黒を基調とし、近未来的な黄色の照明のついたエレベーターだった。蛭間についで、急いで追いついた真実也も彼の後に乗り込むと、エレベーターは起動音を立てた。エレベーターの中で蛭間は口を開いた。


「しかも拳銃から狙撃銃まで、触ったことのない銃までも、ごく短時間の練習ですべて完璧に使いこなしてみせた。彼女の射撃技術にかかれば、遠距離から危険を犯すことなく、暴人の目のみを撃ち抜くことも容易い」

「暴人の目を?」

「暴人は、粘膜からの攻撃に脆いんです。本来遠くから目を撃つやり方が最も安全で“解放”も確実とされているのですが、何よりも高度な射撃技術が求められる。外してしまえば暴人を無闇に苦しめてしまうリスクを考えれば、私も含め誰もやりたがらない方法です。でも彼女なら……それができる」


 金色の目を覗かせて笑う蛭間に、真実也は背筋が凍るような感覚を覚えた。昨日のオリエンテーションの光景が蘇ったのだ。真実也は自信なさげに視線を落とす。


「技術的には可能かもしれません。でも、あの暴人の“解放”を、彼女にさせるのは……」

「彼女のこと、心配なんですね」

「それは……」

「でも、心配いらないですよ。彼女は……」


 君と違って、優しくないみたいだ。

 エレベーターが止まる音が存外に大きく蛭間の声がよく聞こえなかったが、真実也にはそう聞こえた気がした。


「え……」

「真実也君。警察手帳は持っていますか」

「は、はい」


 蛭間は肩にかけた上着の胸ポケットから警察手帳を取り出し、エレベーターのボタン横のパネルにかざした。


《警視庁 公安部 暴人課 蛭間特殊対策班 蛭間要警部補……承認しました》


片言の電子音声と共に、承認完了であろう高い電子音が鳴り響いた。真実也も蛭間に続き警察手帳をパネルにかざすと、同じく承認音声が流れ扉が静かに開いた。

声が響くほど広いこの部屋は、床も天井も高級感のある黒が基調とされており、目が覚めるような黄色の照明が眩しい。部屋中央に置かれた操作パネルのようなものと、壁一面に飾られた武器の数に真実也は圧倒された。


「さぁ、武器庫に着きました。君の武器を見繕いましょう。ついてきてください」


 蛭間は部屋中央の操作パネルに歩みを進めた。真実也の彼の横に立ってパネルを覗き込む。60インチほどある大きな液晶パネルに蛭間が警察手帳をかざすと、システム起動。という音声アナウンスが流れた。


「我々特殊対策班が使う武器は、近距離、中距離、遠距離用の3種類に分かれています」


 蛭間は慣れた手つきで液晶の操作をすると、やがて武器の写真が液晶に映し出された。銃口の細長い、黒の短銃。オリエンテーションで蛭間が小坂を“解放”した、あの銃である。


「『HSM12_E05“Logan”』。私が愛用している対暴人用の近距離射撃銃です。発砲された銃弾は、粘膜に反応して激しく暴発するので、暴人の内側や粘膜に発砲すれば1発で“解放”することができます。しかし、暴人の皮膚表面にへの威力は8割減なので、暴人に触れるほど近づく必要がある」


 よって、初心者向きではないです。蛭間はウィンドウを閉じた。


「遠距離射撃銃については、先ほどのちるちるの話でも少し説明しましたね。遠距離射撃はとにかく射撃技術が求められます。高い射撃技術があれば、遠くからでも目や耳などの粘膜を狙い一撃で“解放”することが出来ますが、そんなことを出来る人はそういません。それに、遠くから粘膜以外の部分を射撃となると、最低でも同箇所を二回、射撃しなければなりません。暴人の皮膚表面はとても硬くなっているため、一度の射撃では銃弾が体内に届かないのです。遠くから同じ部分を二回続けて撃つ……相当な射撃技術がいるでしょうね」


 ということで、これも初心者向きではありませんね。蛭間はざっくりとスライドして、読んでいた遠距離武器のウィンドウを閉じた。


「いろいろ説明しましたが、初心者の君に最も適している銃はこれです」


 蛭間が新たに出したウィンドウには、シンプルなデザインの黒い拳銃が映し出された。


「『HS_M54 “Matilda”』。拳銃の中で最も威力の高い銃です。二発当てれば“解放”できる銃とされています。この銃はとても威力が高いため、一発当てればたちまち、暴人は致命傷を負います。あとはどこでも、もう一発当てさえすれば“解放”することができますよ」

「遠距離銃は同箇所を二発撃たなければいけないのに、この銃はどこでも良いのですか」


 素朴な疑問を投げかけた真実也に、蛭間はにこりと微笑む。


「なにせ、威力が桁違いですから。一発で暴人に致命傷を負わせられる威力を持った銃は、この銃だけです。おっと、大事な話をしそびれるところでした」

 

 パネルの方を向いていた蛭間が真実也の方へ向き直った。


「この銃を使う時に気をつけなければいけないことは、“必ず二回、続けて撃つこと”です」

「二回、続けて……ですか?」

「暴人の体内で暴れているM細胞は、致命傷を負うと傷口の修復作業に取り掛かりだします。その間暴人の皮膚表面は人間と同程度に戻り、理性も戻る。つまり、“人間”に戻るということです。さすがに理性のある人間を撃ちたくはないでしょうから、理性が戻る前にちゃっちゃと二回撃って、“解放”してしまうのが適策です」

「暴人が、理性を取り戻すなんて……」

「ええ。M細胞が修復作業に当たっている、ほんの一時的な期間ですが。修復が終われば再びブラック・アウト(理性喪失)を起こし、元の暴人に元通りです」


 蛭間はマチルダの武器選択ウィンドウを開いて何度か操作をすると、やがて武器庫の壁面が動き出した。武器棚が一列動いたかと思うと、その中から、さらに一つに区切られた棚が壁の奥に吸い込まれていく。しばらくすると、蛭間達の立っている液晶パネルの横から銃が顔を出した。蛭間はそれを手に取る。


「まぁ、二回続けて当てさえすればどうってことはないですからね。これは班長である私が保管しておきます。出動時に君に渡しますよ。さあ、オフィスに戻りましょうか。ちるちるが待ちくたびれています」


 置いていきますよぉ。ひらひらと手を振ってエレベーターに向かう蛭間を、真実也は下唇を噛んで追いかけた。エレベーターは二人が入ったことを確認したかのようにタイミングよく閉まり、ゴォと音をたてて動き出した。


「いつ君が引き金を引くことになったっておかしくはないんだ。少なくとも、その覚悟はしておいてほしい」


 エレベーターの壁に寄りかかりながら、腕を組む蛭間は低く呟いた。


「……はい」


 真実也は上がっていくエレベーターの数字を追いながら返事をした。少し酔った。


* * *


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る