Sample:09『猛る銃口』

Sample:09「猛る銃口」

~組織・人物紹介~



【真実也 基 (まみや はじめ) 巡査】

警視庁公安部 暴人課 特殊対策班の新米警官。A型。血液型占いはあまり信じないが、不吉なことを言われると気にする。


【蛭間 要(ひるま かなめ)警部補】

蛭間特殊対策班 班長。物腰柔らかだが掴みどころのない性格。O型。占いはあまり興味がないが、オカルトには興味津々。


【花園みちる(はなぞの みちる)巡査】

蛭間特殊対策班 新米警官。B型。毎朝星座占いをチェックしている。


─────────────────────────────





【蛭間特殊対策班 真実也 基 巡査(非)】


『体力、身体能力、学力共に優秀。適性検査において精神面の脆弱性が危惧されたが、短期間で“解放”の克服を果たす。情緒の乱れはあるものの、攻撃性は見られない。


引き続き、非潜伏者である彼の指導と監視を続ける。


班長 蛭間 要 警部補』




 すでに判が押された報告書を手にする蛭間要は、後ろに重ねてあったもう一枚の報告書を手前に重ね合わせた。



【蛭間特殊対策班 花園 みちる 巡査(非)】


名前の欄の左側に視線を移せば、可愛らしく口角を上げて映る花園みちるの顔写真が目に入る。



「ちょっと誰?私のアイシャドウ、朱肉と一緒にしまったの」

「君の私物が僕の机に散らばっていたから、しまっただけだ」

「うわ、やっぱハジメちゃんだ」

「そもそも仕事をするデスクに化粧道具を散らかしておくなんて有り得ないだろう、誰が見たって朱肉だと思う」

「思わないから!」

「まぁまぁ、お二人とも」


 蛭間特殊対策班オフィス。日課のように始まった真実也とみちるの小競り合いを、いつものようにミフネが宥める。蛭間は顎に手を添えてから、報告書を机に置いて顔を上げた。



『BLACK OUT~蛭間特殊対策班~』


Sample:09

『猛る銃口』



「ちるちるは、私物を使ったらポーチや引き出しにしまう癖をつけること。真実也君は、他人のものと分かっているものは無闇にしまわず、持ち主を確認すること。そうすれば少しはトラブルを防げるでしょう。いいですか」


 真実也とみちるは互いに視線だけ合わせると、不服そうにしつつも蛭間に視線を戻した。


「はぁい……」

「分かりました……」

「分かればよろしい」


 大人しく座り直した真実也、みちるに微笑みかけると、蛭間は八時四十分を指した壁掛け時計に目をやった。


「それでは、定刻なのでミーティングを始めましょうか」


 蛭間がそう言いオフィス全体を見渡せば、両腕に駄菓子を抱えたノトがデスクに戻ってきた。壁際に設置されている『ノト特任警部専用お菓子BOX』を物色していたノトは、デスクに菓子を広げて椅子に座ると菓子の封を開け、貪り始める。その一部始終に目を向けていた真実也を二本指で差しながら、蛭間は目を細める。


「真実也君、今日は何の日か覚えていますか?」

「えっ」


 名前を呼ばれ肩を跳ねさせた真実也は返事をすると、急いで蛭間に向き直り姿勢を正した。数秒目を泳がせた後、思い出したように口を開く。


「『非潜伏者適性検査』の、検査日当日です」

「非潜伏者……適性検査?」


 後方から声を上げたみちるに、真実也は振り向いた。みちるは首を傾げながら真実也の言葉を繰り返す。真実也は驚きながら、手元の資料をみちるに見せて言った。


「知らないのか?一週間前に資料が配られただろう」

「え〜、そうだっけ」

「はぁ……」

「真実也君、ちるちるに資料を見せてあげてください。説明をしましょう」


 立ち上がった蛭間は、デスクにしまっていたポスターをホワイトボードに貼った。『非潜伏者募集中』と大きく書かれた、警視庁の求人ポスターである。


「非潜伏者適性検査は、数年前特殊対策班に新設されたものです。ある事件をきっかけに、特殊対策班が警官の新規採用者を非潜伏者に絞るようになったことから始まりました」

「そうなんだぁ。その、“ある事件”って?」


 頬杖をつきながらそう聞き返したみちるに答えるように、真実也はデスク上の資料をみちるに見えるように滑らせながら言った。


「『警官暴人化殺人事件』……一人の男性警官が暴人化し、同行していた警官2人が市民を庇い即死。残り二人の警官が、負傷しながらも暴人である男性警官を射殺した……有名な事件だ」

「真実也君の言う通り」


 蛭間は顔を僅かに上げると、金色の瞳を真実也に向けてにこりと微笑んだ。


「まぁその話は置いておいて。そういった理由を経て、今年の特殊対策班での新規採用者は全員非潜伏者に絞られました。真実也君やちるちるだけでなく、君たちの同期に当たる特殊対策班員は、皆さん生まれながらにM細胞を体内に持たない非潜伏者なのです」

「へぇ。だったら尚更、検査なんてする必要無くない?」

「ええ、そう思うでしょう」


 みちるはきょとんと目を瞬かせた。蛭間は顔の前で組んでいた手を解き、ミフネと視線を合わせる。ミフネは既に伸びている背筋をさらにピンと張ると、胸の前に手を添えて口を開いた。


「皆さんのような非潜伏者は、本来M細胞を体内に持って生まれてくる人間がM細胞を持たずに生まれてきた……言わば特異体質です。M細胞──別名『潜伏性狂気細胞』は暴人化を引き起こす元凶として恐れられていますが、この細胞が体内に全く無い場合もまた問題があり、生まれつきや発達の段階で身体機能に何かしらの障害が生じたり、潜伏者に比べて能力値に極度なばらつきがあることが確認されているのです」

「うーん?」


 まだ理解しきれていないみちるの様子に、ミフネは続けた。


「そうですねぇ……人により様々ですが。芸術家やスポーツ選手、世界的権威のある学者には非潜伏者の割合が高いとされています。『非潜伏者は天才肌』そんな言葉をよく耳にしますよね。非潜伏者の多くは、基本的に苦手なことが多い反面、ある一つのことに関しては能力がずば抜けて優れていることが多いとされています」

「えっと〜。つまり、適性検査ってその人が何が得意かを調べて、得意なところを伸ばそう!ってこと?」

「ええと。まぁそんなところ、でしょうか?」


 続くみちるの質問に、ミフネは愛想笑いを浮かべながら、眉を八の字にして言葉を濁した。隣で菓子を貪っているノトは適当に頷いている。真実也はちらちらと蛭間の方に視線を送る彼の様子を不思議に思いながら見ていると、いつの間にか班長デスクに座っていた蛭間はいつもの笑顔を浮かべて言った。


「非潜伏者適性検査では、あなた達が特殊対策班として適切な能力を持った人材であるかどうかを検査します。配属前にあなた達が行った適性検査よりもずっと本格的で大掛かり、実践的なものになるでしょう」


 蛭間は手にしていたファイルのページを数枚めくり、一枚の用紙をホワイトボードに貼った。それは真実也とみちるが共有して見ている、非潜伏者適性検査の日程と当日の予定が記された資料と同様のものだった。


「検査会場へは、新人で非潜伏者の真実也君とちるちる、そして班長である私も同行します。まず最初に、暴人課一階の特別医務室で身体検査を行い、その後はバスで移動、所定の会場にて『適性検査』を行います」


 それだけ言うと、何か質問は。と蛭間は辺りを見渡した。


「適性検査に関する詳細が資料に記載されていないのですが、具体的に検査とはどのようなことをするのでしょうか」


 真実也は挙手をしながら訪ねたが、蛭間は「詳しい検査内容は検査対象者に明かさないのが決まりです」とだけ返して両手を重ね合わせた。


「質問は以上ですか?ノト特任警部とミフネ君は、通常通り業務についてください。それでは解散」


 ノトのデスクの上で山積みになっていたはずの駄菓子は、全て空になりノトの胃袋の中に収められていた。



 午前九時三十分。暴人課一階特別医務室にて、非潜伏者第一適性検査は開始された。検査は健康診断に似た内容であり、非潜伏者の身長測定・体重測定・血圧測定・血液検査・心電図検査・脳波をそれぞれ測定したのち、結果が出た者から個別で検査結果を言い渡されるというものだった。


「おお。お前さん、RHマイナスA型じゃないか!!」

「えっ」


 会場の隅にあるパーテーションで区切られた空間に通された真実也に、診断書に目を通した白衣のベテラン医師は嬉々とした声を上げた。すぐそばで記録をつけていた看護師たちまで顔を上げ、驚いたように真実也の検査結果に顔を寄せ、ざわつきだす。


「あの。その血液型だと、何かあるんですか?」


 真実也はその様子に理解ができないと思いつつも、担当医の表情を伺うように尋ねた。


「いやあ、俺ぁ半世紀医者をやってきてるけども、非潜伏者でマイナスの血液型って見たこと無いんだよ!非潜伏者にマイナスの血液型は存在しないって研究もあるくらいでさあ」

「そ、そうなんですか?それで、その血液型だとどんなことがあるんですか?」


 担当医の喜びように、真実也は自然と期待が膨らむ。しかし担当医含め看護師は、真実也に尋ねられると数回瞬きをしてから、当然と言わんばかりに答えた。


「どんなことって……ものすごく、珍しいよね!」

「ええと。もしかして」


 三秒ほど間を置いて、真実也は頬を掻いた。


「……それだけ、ですか?」



「ハッハッハ」

「そんなに笑わなくても」


 珍しく声を上げて笑う蛭間を、真実也は恥ずかしそうに目を細めて睨みつける。みちるより早く検査を終えた真実也は、検査後に通される待機所にて蛭間と合流していた。


「君らしくていいと思いますよ。至って健康体というのだから、それで良かったじゃないですか」

「そ、それもそうですが。はあ、なんだか変に期待して疲れました」

「ノトさんたちへの土産話にもってこいですね」

「絶対言わないでください!」

「あっ、いたいた。何騒いでんの?」


 真実也の背後からひょこりと顔を出したみちるに、真実也は息を詰まらせて「なんでもない」と誤魔化した。首を傾げながら蛭間に視線を移すみちるに、蛭間は首を傾けて微笑む。


「人が多くなってきましたね。みなさん、班長から離れないように。特に真実也君」

「僕を何だと思ってるんですか?」

「ハジメちゃんすぐ迷子になるじゃん。手繋いで歩いたげよっか?」

「絶対に嫌だ」


 みちるが二人と合流した頃には班員の大半が検査を終えて待機所に多く集っており、黒いスーツ姿の特殊対策班の班員たちで溢れていた。みちるは会場全体を見渡して感心したように声を上げる。


「特殊対策班員ってこんなにいるんだね」

「課内ではあまり遭遇しませんからね、そう思うのも無理はないでしょう。……ふむ、まだ時間がありますから、これを機に同期の方達とお話ししてみるのも良いかもしれませんね」

「同期の友だち欲し〜!ね、行ってきていい?」


 みちるが目を輝かせるのを、蛭間は微笑んで頷いた。


「いいですよ。真実也君は迷うのでここにいなさい」

「え……」

「やった!じゃあ行ってくるね〜」


 真実也は、スキップをしながら上機嫌で去っていったみちると手を振って見送る蛭間を交互に見た後に小さなため息をついた。その様子に蛭間はくすりと声を立てて笑うと、軽く腕組みをする。


「まあそう落ち込まずに。気になるのなら、私の方から紹介してあげますよ。たとえばほら、あそこ」


 そう言って二本指で会場入り口付近を指さした蛭間に合わせるように、真実也は視線を移す。会場入り口前で複数人の係員と一人の警官が何やら揉めている。


「困ります、困りますって!武器は置いていってください!」

「絶対に、嫌です!」


 凛とした声で断言した女警官はとても小柄だったため、係員に囲まれるとたちまち姿が見えなくなったが、やがて係員をかき分けながら姿を現した。これから検査を受けるのだろうか、身長百五十センチにも満たないほど小柄な黒髪の女警官は、口を堅く結んで係員をキッと睨みつける。腰に刺している刀に気がついた真実也は思わず声を上げた。すっかり疲弊した係員と女警官の会話は続く。


「検査対象者の武器は回収する決まりなんです!検査する間だけですから……」

「刀は武士の命、肌身離すなど言語道断!そんなに奪いたいのなら力づくで奪って来てください、この剣馬 畔(けんま ほとり)、剣馬家の名にかけて全力で抵抗いたしましょうっ」


 剣馬 畔。よく通る声でそう名乗った女警官は、大きなターコイズブルーの瞳をぎらつかせて刀の柄に手を添え始めた。小動物のような見た目に反して、その形相は武士そのもののような迫力があった。係員は困り果て、顔を見合わせている。


「刀を武器として使う班は一つしか存在しないので、あの班は覚えやすいでしょう」

「あの状況は大丈夫なんでしょうか?」

 

 今にも襲いかかりそうな雰囲気に狼狽しながら言う真実也とは対照的な様子で、蛭間は微笑んでいる。女警官・剣馬が柄を握る手に力を込めたその時。「何をしている」と男の声が空間を裂くように響いた。剣馬は驚く速さで声の主の方を振り返れば、ちょうど良かった、とばかりに蛭間は体を真実也の方に傾けて言った。


「赤金班班長、赤金 創一郎(あかがね そういちろう)」


 剣馬と名乗る女警官に向かって堂々と歩み寄ったのは、黒いスーツ姿の男だった。年齢はおそらく三十代前半、やり手のサラリーマンのような風貌でありながらも、腰に差している黒い柄の刀の存在で異様な雰囲気を醸している。赤金と呼ばれた男警官は柄に手を添える剣馬を見るなり眉間に皺を寄せると、神経質そうに中指で黒縁メガネのブリッジ部分を押し上げた。剣馬は慌てて赤金に向き直ると、直立になり"気をつけ"の姿勢をとった。


「見てわかる通り、彼らは刀を使って暴人を"解放"します。班員は剣術に優れている者が集っているイメージですね」

「な、なるほど」


 班長・赤金に説教をされ、たちまち子犬のように情けない顔をする女警官を真実也は不思議そうに見やった。「剣馬 畔」。覚えておこう……真実也は心の中でそう呟いた。


「蛭間要っ!!!」

「おっと」


 突如として聞こえてきた、その場の空気が震えるような脳太い声に真実也は振り返った。短く声を上げる蛭間の肩を掴む大きな手が目に入ったかと思うと、黒いスーツ姿の大柄な男が鬼の形相で佇んでいた。真実也がその迫力に言葉を失っていると、蛭間は地鳴りが聞こえてきそうなほど厳しい表情の男に構うことなく微笑みかける。


「ああ、百目鬼君じゃないですか。真実也君、彼は百目鬼班班長の百目鬼 徳馬(どうめき とくま)といって」

「貴様ァ、嘘をついたな!!!」


 大柄な男は凄まじい剣幕で蛭間に一歩歩み寄ると、スマートフォンの画面を蛭間の目の前に突き出した。蛭間は変わらず、目を細めて余裕そうに微笑んでいる。


「頑張れと応援しながら百回撫でても、進化しなかったぞ!!!」


 なんのことだろう、真実也は蛭間の背中越しに彼のスマートフォンを盗み見すると、スマートフォンの画面には卵から孵ったモンスターを育てるという、今流行りの育成ゲームアプリの画面が映し出されていた。画面中央には、まだ赤ん坊と思われる小さい生き物が佇んでいる。真実也は目を疑うように数回瞬きをした。わざとらしく顎に手を添えて、蛭間は答える。


「おかしいですねえ、百回ではなく千回だったかな」

「出鱈目を言うな、もう騙されん」

「まあまあ班長、もうその辺で」


 申し訳ないです、と会釈をしながら今にも掴みかかりそうな百目鬼班班長、百目鬼徳馬を制するように間に入ってきたのは、真実也と同年代ほどの青年だった。青年は蛭間と真実也を見るなり、申し訳なさそうに眉を下げて苦笑いをした。左目の泣きぼくろが特徴的な、感じの良さそうな青年である。


「蛭間特殊対策班の、蛭間班長ですよね?突然すみません。班長、今このゲームにハマっていて……」

「慣れているので大丈夫ですよ。君は確か……百目鬼班の期待の新人君だね」


 蛭間にそう言われると、青年は照れたように頭の後ろをかいた。


 「波瀬 蒼(はせ あおい)って言います。期待だなんて、そんな」

 「百目鬼班、暑苦しくて敵わないでしょう。嫌になったらいつでも歓迎しますよ」

 「うちの部下を勝手に引き抜くなっ」


 犬猿の仲というべきか、仲が良いのか。蛭間と百目鬼は再び口論を始める。二人の班長の後ろで、その様子に呆気に取られている真実也と、ため息をつく波瀬とが互いに目を合わせると、波瀬の方から微笑んで歩み寄り、手を差し出した。


「君、名前は?同期同士、仲良くしてくれたら嬉しいな」

「真実也 基です。は、はい。こちらこそ」

「うん、よろしく」


 面と向かってそのようなことを言われる経験はあまり無いため、真実也は少したどたどしく返答をしながら波瀬と握手を交わした。ぎゅっ、と力を込めて、上下に振られる。波瀬 蒼は嫌味のない、爽やかな笑みを真実也に向けた。



「人がゴミのようにいる〜!!!!!!!」

「一七子ちゃん!走ったら危ないよ!他の人にも迷惑かかっちゃうし……」


 同時刻、非潜伏者第一適性検査会場。安田特殊対策班は受付でチェックを済ませた後、会場に足を運んだ。受付を済ませた者はロープで区切られた道を通り、奥の部屋で検査を行う。すでに検査を終えた特殊対策班員は会場中央で待機している。艶やかな黒髪を靡かせて跳ね回る新米警官・能木一七子に一歩遅れて、新米・疎井 吉尾(うとい よしお)は慌てたように彼女に手を伸ばす。その後ろから、班長・安田整一は煙草の火を消しながら鬱陶しそうに眉間を歪めた。長い前髪の下から気怠げに開かれた目が覗いた。


「疎井ィ、てめぇ全然分かってねぇな。そんなマトモな注意の仕方であいつが言うこと聞くわけねえだろ」

「ええっ、そんなぁ……じゃあどうしろって言うんですか〜」


 情けなく間延びした声で助けを求める疎井に応えるように、安田はいつもより声を張って「能木ィ」と名前を呼んだ。安田の声に反応した能木は、ぎょろりとした赤い瞳を安田に向けて振り返る。


「転ぶと死ぬぞ」

「え」


 そんなバカな……疎井は肩を落として安田を見た。


「安田さん、流石にそれは」

「やだ……」

「えぇ……?」


 能木に視線を向けると、能木の表情は恐怖一色に染まり、借りてきた猫のようにパタリと大人しくなった。


 「ついてこい」


 能木を追い越して歩き出す安田と、いそいそとそれについて行く能木の背中を、疎井は「わからない……」と力なく言い放って眺めるのであった。


 

 十二時三十分。昼食を終えた特殊対策班員を乗せた大型バスは、都内某所のある高層ビルの敷地内で停車した。    

非潜伏者第二適性検査会場。窓際に座っていたみちるは、窓越しからそびえ立つビルを見上げる。


「え〜、ここが会場なんだ。このおっきいビル、前から気になってたんだよねえ」

「一言で言うと、さまざまな災害や事件のシュミレーションができる訓練施設です」

「ただの訓練施設にしては、やたらと大きい気が……」

「ええ、国内最大の訓練場ですから」


 ぞろぞろとバスを降りる班員にならい、真実也たちも座席を離れた。


「君たちとはここでお別れです」

「ええっ!?」


 受付を済ませ二人の元へ戻ってきた蛭間は、間を開けずにさらりと告げた。驚きの声を上げるみちるに、腕を組みながら蛭間は口を開いた。細長い黄色のアームバンドを二つ、二人に見せるように揺らしている。


「ここから先は班長はついてきません。このバンドを腕につけて、指定の階に向かってください。検査対象者は班ごとに分けられているので、二人とも離れないように」


 蛭間からアームバンドを一つずつ受け取った真実也とみちるは、顔を見合わせた。



「やっと解放されたぜ」

「お察しします」


 非潜伏者第二適性検査 対象観察室。

 観察室の椅子に深く腰をかけ、深くため息をつく安田に印南は苦笑いを浮かべた。観察室と名付けられた部屋には、特殊対策班の班長が次々と入室してくる。照明がわりのように壁に設置された五十台余りの中型モニターには、それぞれの班員の姿が映し出されており、班長は自身の班員が映るモニター前に待機してその動向を監視する。薄暗い室内と煌々と眼球を照らすモニターに、安田は目を眇めながら呟いた。


「俺らは何のために監視すんだ」

「一応、非常事態に備えてだそうで。ボタンを押せば、係員が班員の現場に駆けつけると」


 印南は入り口で係員に手渡された、手のひらサイズのブザーを安田に見せた。安田は自身の手の中で転がしていたブザーを一瞥し、腕を組む。


「非常事態ねえ」

「他にも、我が子の成長を目に焼き付けるため、といったところでしょうかね。安田警部殿」


 音もなく現れ隣の席に座った人物に気がつくと、安田は表情を引き攣らせた。印南とは反対側、安田の右隣の空いた椅子に寄りかかり足を組んだ蛭間は、首を傾けて安田に微笑みかける。


「奇遇ですね、隣とは」

「泣けてくるな、ほんと」

「そう言わずに。安田警部は今回が初めてと聞きましたから、私の方から説明してあげられますよ」

「そりゃありがてえ」


 モニター内では、それぞれの班員が指定の部屋で待機させられている。全ての班長がモニター前に着席したタイミングでアナウンスが流れ、非潜伏者第二適性検査が開始した。


「検査対象者である班員たちは、『緊急対応能力』『射撃精度』『怒気自己コントロール能力』の三項目を測ります。まず検査するのは、緊急時の判断能力と、それに伴う射撃精度。同時に複数のことが起こりうる現場において、如何に冷静に、正確に対処をしながら、対象を撃ち抜けるかを検査するためのものですね。冷静な判断能力、身体能力、マルチタスク能力が必要になってくる」


 そう言って蛭間はモニターに向き直ると、組んでいた右足の足首を回し始めた。蛭間特殊対策班のモニターには、二人の男女が映し出されている。



「これ、もう始まってる?」

「わからない」


 蛭間と別れたあと。真実也とみちるは、エレベーターを使いアームバンドに彫られた指定の検査部屋へ辿り着いた。部屋はテニスコート二面分ほどの広さで、見渡す限り壁も床も、白く染められている。部屋にあるものは、中央に箱が設置された机が一台、それのみだった。みちるの後に入室した真実也が白いドアを閉めると、直後に鍵の閉まる音が室内に響いた。二人は顔を見合わせる。

 恐る恐る机のある部屋中央に歩みを進め、箱の中身が見える位置で足を止めた。


「銃?」

「銃だな」


 二人で箱を覗き込むと、二丁の黒い拳銃、そして片耳用のインカムが丁寧に並べてあった。真実也は一組手に取りインカムを装着してから、銃の質量を手で触れて確かめる。


「軽い。本物じゃないみたいだ」

「おもちゃってこと?」


 みちるが残りの一組を手にした、その時。室内が全て真っ暗に塗りつぶされたように暗転し、低いブザー音がけたたましく鳴り響いた。


「きゃ!」


<適性検査を、開始します。十秒後に室内が点灯します。各個人の無線機から五秒間隔で、簡単な計算問題が音声で流れます。問題に回答しながら、対象物を回避し、配布された銃で、提示されたターゲットを制限時間以内に全て撃ち抜いてください>


 室内全体を包み込むように、無機質なアナウンスが流れた。


「なるほど」

「なんて?」

「花園、いいか」


 しっかりと頷いた真実也に対して、みちるは首を傾げて眉根を潜めている。


「部屋が明るくなったら計算問題に答えて、ものを避けて、ターゲットを撃ち抜けばいいんだ」

「注文多すぎ!無理なんだけど〜」


<五秒前>


 一段階大きい音量で、アナウンスが流れた。真実也はインカムを手で添え、銃を構えた。みちるは真実也の背中を見ながら肩を落とす。


<三……二……一>


「とにかくやるしかない。落ち着けば、絶対大丈夫だ」

「どこからその自信が湧いてくるのよぉ」


 自信なさげに眉を下げるみちるの瞳に訴えかけるように、真実也はしっかりと頷いた。



『安田さぁん?おーい!!!能木頑張りまァーーーす。なんかうるさいんでこれ捨ててイイっすか?うわっ』

『一七子ちゃん、インカム捨てない!カラーボールも避けて!あの的撃って!!二+五+四は……えぇ〜っと』

「はァ」


 安田特殊対策班のカメラには、画面いっぱいに能木の顔が写り込んでいる。インカムを放り投げた能木の右頬には黄色のカラーボールが投げつけられ、彼女の背景にチラチラと映る疎井が、能木を気遣いながら銃を構えて声を上げ続けている。

 検査開始から、一分が経過した。安田の隣に座っていた印南は、班員が口の中にカラーボールが入り助けを求めたことで、慌ててブザーを鳴らして席を外した。並んで座る安田と蛭間は、モニターを眺めながら会話を交わす。


「コレよ、成績悪いと何かあんのか」

「特に無いですが、特殊対策班としての資質は疑われるので班長に指導が入ります」

「冗談じゃねえ」

「まあ、この課題自体は難しいのでなかなか完璧にこなせる人はいないと思いますよ。あなたの班員はともかく」

「チッ。そういうてめえの班はどうなんだよ」


 そう言いながら、安田は体を傾けて蛭間のモニターに目を向けた。


『計算ムリ〜、一個もわかんないって』

『七!……花園、当たるぞ!ちゃんと周囲を確認して当たらないようにしないとカラーボールがスーツに……マイナス五!付くぞ、あのカラーボールのインクは水性か……?水性であって欲しいな……!』

『ハジメちゃんブツブツうるさ……ギャーッ!また付いたぁ、最悪』


 蛭間班、真実也・花園チームのモニターには、みちるの手首を引きながら銃を構える真実也とパニック状態のみちるの姿が映し出されていた。壁の噴出口から射出するカラーボールを素早く避け、真実也は要領良く課題をこなしている。銃から放たれたゴム弾は軌道を描き、壁にデジタルで映し出されるターゲットに命中する。特に危なげのない真実也とは反対に、みちるは肩や足元についたカラーボールのインクにすっかり気を取られ、ターゲットを撃ち抜くこともままならない。


「インクは水性。ガンバレー」


 左手の上に右手を重ね合わせるような形で拍手をしながら、蛭間は楽しそうに声援を送っている。


「あのガキ、やっぱり優秀だな」

「ええ、うちの期待のルーキーですから」


 椅子に深く寄りかかる蛭間は、満足そうに目を細めて笑っている。「ルーキーねぇ」と腕を組んで呟いた安田はしばらくすると視線を自身の班のモニターに戻し、何かを不意に思い出したように低い声で呟いた。


「ところで蛭間、話は変わるがよ。例のサンプルはどうなった?」


 トッカンに回した、例の。安田がそう付け加えると、蛭間は程なくして答えた。


「まだ返答は来ていませんね。でもそろそろだと思いますよ、彼ら仕事が早いので。気になるんですか?珍しい」

「流石にな。あの様子だと、"ただの突然変異でした"とはならねえだろうからよ。仕事も増えるし」


 安田に視線のみ移し、蛭間は問いかける。


「最後の一言が本音では」

「世の平和を願ってんだよ。特殊対策班は暇なぐれぇがちょうどいい」

「ふふ。まぁおっしゃる通りだ」


 <お疲れさまでした>


 モニター越しに聞こえるアナウンスに、安田は顔を上げた。各班のモニターには疲れ果ててへたりこむ班員たちの姿が映っている。「終わったみてぇだな」そう言って頭の後ろをかく安田に、蛭間は腕を組み直して答えた。


「怒気自己コントロール能力の検査がまだ残っていますね」

「怒気自己コントロール能力……って、確かアレか。非潜伏者の、キレやすさの。半分迷信みたいなもんかと思ってたぜ」

「全ての非潜伏者がキレやすいというのは誤りですが、非潜伏者の中には、著しく怒りのコントロールが苦手な人がいるのも事実です。なので、こうして検査をしているというわけです。検査を受けた非潜伏者が自身の情動……特に"怒り"を理性で抑止できるかどうかを調べます」

「へぇ、どうやって」

「これ」


 蛭間は指で自身の腕を軽く叩いた。



「もうムリ……疲れた」

「立てるか?」


 終了のアナウンスとともに、カラーボールやインカムからの音声、壁に次々と映し出されていたデジタルのターゲットがパタリと止んだ。二発のカラーボールを被弾し床に尻をついて座るみちるを、真実也は覗き込んだ。真実也のスーツは試験開始時と変わらず、シワ一つ無い。


「もう終わり……?」

「終わりなら、終了のアナウンスでも流れそうだけどな」


 真実也の手を借りて立ち上がったみちるは、スーツを汚すカラーボールのインクに顔を引き攣らせた。シンと静まり返った室内の沈黙を割くように、再度アナウンスが流れた。


<インカムを装着したまま銃を構えてください。室内に呈示される百個のターゲットを、全て撃ち抜いてください>


「え、それだけ?」


<それでは始めます>


 呆気に取られたみちるに構わず、アナウンスはカウントダウンを始める。


<三、二、一>


 低いブザー音と共に、部屋の壁に高速でターゲットが映し出された。




「怒気コントロールバンド」

「あ?」


 自身の腕を指で軽く叩いた蛭間は、安田にそう告げる。


「彼らが検査の初めに腕につけた、アームバンドの名前ですよ。あのアームバンドには装着者の個人情報から性格、そして第一検査で測った脳波の情報などが細かくインプットされているんです。さらに読み取った情報をAIで自動解析、再現することによって、装着者の性格を知り尽くしたプログラムが完成する」

「はぁ。ずいぶん金かけるじゃねえか」

「怒りのコントロールができずに我を忘れて暴れる非潜伏者はとても危険です。この検査は、その非潜伏者を弾き出すためのものです。週一のスパンで面倒な班員の経過報告書を書かされたのも、すべてはこの機器に班員の情報を読み込ませるため」

「ああ、なるほどな、通りでクソめんどくさかったわけだ。で、その偉大な装置様は何ができるってんだ」

「装着者にとって一番腹が立つ言葉をかけ続けます」

「はぁ?なんだよ、ソレ……そんな挑発程度で」


『蛭間班長に謝れ!!!!』


 「な、なんだ?」


 突如として蛭間班のモニターから聞こえてきたのは、一際大きい、真実也基の怒号だった。安田は肩を跳ねさせ、前髪の下から少し見開いた瞳を覗かせる。


「効果抜群なんですよ、これが。AIの力は偉大ですねぇ。きっと真実也君は今頃、私の悪口を言う同僚の音声でも聞かされているのでしょうね」


 この上なく楽しそうにモニターを見物する蛭間の横顔から、歯軋りをして怒る真実也が映るモニターに安田は視線をうつした。「嘘だろ」そう一言付け加え、ボサボサの自身の頭を掻きむしった。



 開始のブザーが鳴ってから、三十秒程が経過した。開始直後からインカムに流れるこの音声に、真実也は初めこそ相手にしていなかったものの、繰り返し流される気分を害する内容の音声に真実也は耐えきれなくなり、ついに怒りの声を上げた。こんなことになっては相手の思う壺である、ターゲットを射抜かなければ……。そう思えば思うほど、インカムに流れる音声のボリュームが増していく。インカムを引き抜こうとしても、何故だかしっかりと耳に固定されて引き抜けない。気がおかしくなりそうなほど、苛立ちが募っていく。真実也の脳内では、けたたましく主張する怒りの感情と、任務遂行の理性とが激しく争っていた。苦し紛れに一発、ターゲットに向かって引き金を引くと、なんとか一発命中することができた。ほっとした束の間、今度は別の場所に新たなターゲットが現れた。百個全て撃ち抜くまで、この地獄のような空間は終わらない。真実也はそう言い聞かせながら、歯を強く食いしばって銃を構えていた。

 真実也が一歩下がったその時、背中に何かがぶつかった。


「花園、平気……」


 咄嗟にみちるだと思った真実也は振り返り、途中で静止した。


「おやおや」


 椅子に深く寄りかかっていた蛭間は、モニターの光景に眉を上げ、前傾姿勢をとって興味深げにモニターに顔を近づけた。


『蜂の巣にしてやる』


 蛭間班のモニターに映し出されたのは、額に筋を立てて激怒する、花園みちるの姿だった。



「は、花園。落ち着いて欲しい」

「だまれ」

「ひ……」


 ピシャリとがなるみちるに、真実也は肩を縮めた。怒った花園みちるは、とんでもなく怖い。

 垂れ目だった瞳は吊り上がり、人相が一気に悪くなる。いつも間延びしている声もワントーン低くなり、目を見開いて今にも噛み付いてきそうな殺気と迫力を持っている。


「とっとと出るわよこんな部屋。銃貸しなさい」

「え?いやでも、これは二人で」

「ハ?」

「は、ハイッ」


 眉間に皺を寄せるみちるに恐怖で喉が閉まる感覚を覚えつつ、真実也はおずおずと銃を差し出した。みちるはそれを力強くぶん取ると、そのまま発砲した。


「うわっ」


 発砲されたゴム弾は真実也の背後にあるターゲットの中心に命中する。間髪入れずにみちるは二発撃ち、空いている左手に持った銃のリロードを済ませると続け様に五発撃つ。乱雑に撃たれたと思われた弾は一直線を描き、吸い込まれるようにターゲットの中心を撃ち抜く。撃ち抜かれたターゲットは赤く点滅してから瞬時に消え、新たに青く光るターゲットが壁に映し出される。みちるはターゲットが姿を表したとほぼ同時にゴム弾を命中させ、両腕を目一杯に動かして二丁の銃で弾を撃ち続ける。弾が切れればリロード、発砲。その工程を、目にも止まらぬ速さでやってのける。真実也はみちるの様子を、ただただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。


<二十達成。三十達成。五十達成>


 間を開けずに告げるアナウンスの音が重なっていく。絶え間なく弾が空中に飛び交っているが、これだけの量の弾が飛んでいるにも関わらず、隣にいる真実也には一つも掠らなかった。全ての弾が引き金を引いた瞬間から一つのゴールに向かって飛んでいくように、正確にターゲットのみを狙っている。


<六十達成。七十達成。九十達成>


 「お見事」


 モニター越しに、蛭間は目を細めて微笑んだ。


<百、達成。おめでとうございます>


「オイ、これは大丈夫なのか」

「何がです」

「テメェんとこのだよ。コントロールできてるようには見えなかったが」

「ああ、言い忘れてました」


 対象観察室。顎の無精髭をさすりモニターを伺う安田に、蛭間は足を組み替えながら答えた。


「非潜伏者が怒りをコントロールできない場合、"悪玉"と"善玉"の二パターンが予想されます。"悪玉"は、自身の怒りをコントロールできず、手がつけられないほど暴れて見境なく周囲に危害を加えるパターン。もう一つは、コントロールこそできないものの見境はあり、理性を持って課題を遂行できるパターンです。彼女は少々荒いですが、同伴している真実也君に直接危害を加えることはなかったので、善玉と言えるでしょう」


 ちらりと隣のモニターを一瞥した蛭間は、二本指でモニターを指し示しながら安田に言う。


「あなたの班、大丈夫ですか?」


『一七子ちゃ〜ん!寝ないで〜!!わ〜ん、班長助けて〜!!!!』


「馬鹿ども」


 安田班のモニターから発せられる情けない声色に、安田は頭をかいた。手に持っていたブザーを鳴らし、席を立って係員を呼ぶ。足を組み直した蛭間は、自身の班員が映し出されたモニターに再度監視することにした。


『インカムが外れた……!』

『あー、腹立つ』

『花園、もう終わったぞ。銃を置いて部屋から出よう』

『てかあのカメラ何?勝手に撮るとかマジ無いんだけど』

『いや、も、もういいだろう。出よう……?』


 その直後、発砲音とともにモニターにノイズが走り、画面が暗転した。蛭間はブザーを押してから振り返り、係員に見えるように挙手をした。


「うちの子がすみません」



***



「お二人とも、ご苦労様でした!」


 日がすっかり傾いた夕方。非潜伏者適性検査は無事幕を閉じた。蛭間班オフィスのソファには、ぐったりとした様子の真実也と、Tシャツ姿でケーキを頬張るみちるが並んで座っている。真実也とみちるの間には、ノトがフォークを使って生クリームのケーキをかき込んでいる。


「ミフネさん、ケーキ選ぶセンスあるよね〜。私ちょうどモンブラン食べたかったんだぁ」

「喜んでいただけてよかったです!お疲れでしょうからお二人とも、今日は帰ってゆっくりお身体を休めてくださいね。インクで汚れたみちるさんのスーツは、私がクリーニングしておくので」

「えっ、マジ!?やだぁ、ありがとう〜っ!確かに、今日はもうめちゃくちゃ疲れたぁ〜」


 上機嫌で体を揺らすみちるの隣で、真実也は小さくため息をついた。


「えっ、ハジメちゃん。ケーキ食べないの?せっかく二人が買ってきてくれたのに」

「今日はちょっと……」

「ふーん?」


 キョトンと真実也の顔を覗き込むみちるとノトを、何かを察したミフネはやんわりと制した。優しい口調で声を掛ける。


「真実也君の分は箱に入れてあげますから、おうちに帰って召し上がってください」

「……あれ、ミフネさん。そういえばひるるんは?」

「蛭間さんは、スタバの新作を買いに行くと言ってご帰宅されましたよ」



 特殊鑑識班 研究室。

 顕微鏡を覗き込んだ研究員・押野匠は、息を呑んで顔を離した。冷凍保存された暴人、河内奏太の肉片の一部。顕微鏡のレンズを越して見えたものに背筋が凍る。


「なんだ、これ……?」 


 増えて、減って、また増えて。

 一度増殖をすれば絶えず増え続けるM細胞が、生き物のように不自然に増殖を繰り返していた。




BLACK OUT~蛭間特殊対策班~

Sample:09『猛る銃口』


END


 


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