Sample : 10『歪む』
~用語解説~
【暴人(ぼうと)】
人間の体内に潜伏する細胞(M細胞)の爆発的な増殖により、理性を失い凶暴化した人々。その現象はしばしば「暴人化」と称される。
【M細胞】
暴人化の原因になる、人間の身体中に微量に点在している細胞。別名「潜伏性狂気細胞」。一度分裂を起こすと爆発的に増殖する性質があり、体内の細胞をも喰らい尽くしやがて死に至らしめる。分裂の原因は未だ解明されていない。
*【生ける屍】*
リビングデッド連続殺人事件の犯人であり、事件の鍵を握っているとされている謎多き存在。暴人の特徴を有しているにもかかわらず、犯行現場に"LIVING DEAD"の血文字を残すなど、理性を持ち行動することが可能。生ける屍の一人であった河内奏太は、「何者かに注射器で刺された」と証言している。暴人課は生ける屍を生み出し、連続殺人事件を裏で引いている何者かの存在を示唆している。
『BLACK OUT~蛭間特殊対策班~』
Sample:10
『歪む』
*
耳を強く塞がれたような圧迫感を不快に思いつつ、視線はオフィスのドアを捉えていた。古びたドアノブに手をかけて回すと、それはわずかに軋む音を立てて静かに開く。オフィス中央のデスクに集う男女が一斉にこちらに顔を向けるものの、視界は所々白いモヤがかかっており、その全容は捉えられない。目を眇めて数回瞬きをした。
瞬く間に変わった場面に目が慣れないうちに、脳を揺さぶるような叫び声にはっとする。高層ビルが立ち並ぶ街に敷き詰められるように歩いていた人々が、一斉に悲鳴を上げたのだ。アスファルトの路面にはくっきりと鮮明な赤が塗られ、陽炎とともにゆらゆらと揺れている。大量の出血をして倒れた二人の遺体は、薄く目を開けたままピクリとも動かない。心臓の鼓動がやけに速くなる。手を伸ばそうとすると、それは灰になって消えてしまった。
「班長!」
どこからともなく聞こえてきたのは、強く訴えるような誰かの声だった。いや、今のは、自分が言ったのか?わからない。呼吸がどんどん浅くなり、喉で息をしているようだ。浅い呼吸を何度も繰り返しながらあたりを見渡した。
「なぁにやってんだちびすけ。帰んぞー」
ふと、背後から聞き馴染みのある声がして、右肩に何者かの手の重みを感じた。タバコ臭くて、嫌いな匂いだ。振り返ると、タバコの香りはたちまち錆びた鉄と腐ったような悪臭に変わった。右肩に置かれた手はドロドロと溶け、粘性のある黒い液体が肩からゆっくりと滴り落ちた。
呼吸ができない。
声が出せない。
撃て。
一度瞬く。
引き金を引いた。指が折れそうなほど重い。
人々の叫び声が何層にも重なり思わず耳を塞げば、視界が大きく揺れて空がひっくり返る。
琥珀色の瞳は、大きく開かれていた。
*
「蛭間さん」
瞼を持ち上げて開目した。静かに光る金色の瞳はオフィスの天井を一直線に見つめた後、視界の横にいるミフネに気がつきゆっくりと視線を移す。中腰でこちらを覗き込むミフネの他に、ノトも蛭間の顔を覗き込んでいた。仮面の奥の穴から覗く赤い双眸が、パチパチと数回瞬きをする。
「ああ」
オフィスのソファに仰向けに横たわっていた蛭間は、乾いた声で短く返答した。
「すみません、お休みのところを」
「……構わないよ」
半身を起こした蛭間は、自身の体に見覚えのないブランケットがかけてあることに気がついた。ミフネは一呼吸置いてから、両手を体の前で組んで少し緊張気味に口を開いた。
「特殊鑑識班の押野君から先ほど連絡がありました。『今すぐ来て欲しい』と」
「例の件について、何か分かったのかな」
「ええ、そのようでした。ただ……」
「うん?」
視線を落としながらミフネは答えた。
「あまり良い知らせでは、なさそうです」
不安げに青い瞳を向けたミフネに、蛭間は少し間を置いて答えた。
「どちらにせよ、早く行かなければね。君も来るかい?」
「すみません。あいにく私は、これからノトさんの会議の同伴がありまして」
「それはそれは、ご苦労様」
ミフネが言っているのは、きっと特任警部定例会議のことだろう。すぐに察した蛭間は軽く相槌をうち、ソファから腰を浮かせて立ち上がった。同時に、ふわふわと触り心地の良い例のブランケットを手に取る。
「ありがとう。これは君が?」
ミフネは静かに微笑むと、足元に視線を移した。
「いえ、ノトさんです」
ノトは少し得意げに胸を張っていた。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます