第23話
「タルトさん、旅に出て、何をするんですか? また、面白くない話ですかね」
「面白くはないですよ。右手を治しに行こうかと。オースルンドなら回復魔法に詳しい人もいると教会の人に聞きましたので」
「そう言うことですか……確かに、聖女様くらいの人なら、その右手を治せるかもしれませんね……ですが、それは……いえ、とてもお金がかかると思いますよ」
珍しく詩人は的確なアドバイスをくれるものだ。聖女ってカリーネくらい回復魔法が使える人なのだろうか。そう言えばオースルンドの事を詳しく聞いたこともなかった。
今にして思えば、俺に話す義理もなかったか。
「そうですね、道中でお金を稼ぎながら向かいますよ」
「おい、タルト。どうやって金を稼ぐ気だ?」
ジャックくんが怒り口調で聞いてくる、明らかに表情が険しい。
「あぁ、冒険者でもしながら……もしも、魔獣にばったり出くわしたら、討伐して報奨金をもらったり出来るかもしれませんね」
「おい、止めておけ! この街で暮らしていけばいいだろう、もう少しまともな生活をして、それなりに、ちゃんと……どうして急に、旅だなんて!」
「えっ? 少し昔のことを思い出したんですよ。小さい頃に、そんな話を幼馴染みとしたなと……拾った命、どう使おうか考えてみました」
そう言うと、皆が黙ってしまった。何か言葉を間違えただろうか。
「やっぱり、その話は……面白くないですね……」
そんな一幕の後、何故か突然店主が怒りだした。
「あんた達ねぇ、昼間っから酒ばっかり飲んでるんじゃないよ! 本当に面白くない話ばっかりして! いい加減、私の頭が可笑しくなってくるんだ!」
「えぇ、お店の売り上げに貢献してるじゃないですか。ばあちゃん、落ち着いて……」
卓まで来た店主は矢継ぎ早にまくしたてる。
「うるさいね、馬鹿みたいな話ばっかり……本当に情けない。もう、帰りな!」
「いや、えっ、ええ?」
呆気にとられる詩人とジャックくん達を尻目に、店主は俺の服を掴むと、そのまま酒場の外まで引きずり出した。どうしてだろう、この前も同じ様な事があったきがするのだが。
「行ってこい、旅にでも何でも! お前の気の済む様にやってこい!」
そして店から連れ出されてしまった。あっと思った瞬間に、俺は左足から重心を崩して、そのまま地面に顔から突っ込んだ。
顔が痛かった、口の中で土の味がする。
「はははは、痛い、痛いな……はぁ……これが旅の始まりなら、格好がつかないな。でも、まぁいいか……」
息をゆっくり吐いて、地面に座り込んだ。空を見上げると、二羽の鳥が仲良く一緒に飛んでいる。今は立ち上がらないといけない、そう思ってしまった。
だが、ふと隣に人影が二つ見える。見たことのない服を着ている。どこかの民族衣装だろうか、不思議な雰囲気と色使いだった。
このクソ共和国は大昔いくつかの国が集まって、その体を成したらしいが。地方によって特色の文化があり、独自の風習を守って暮らしている民族も多数いると言う。
そんな感じの人だろう。
見上げると、街では見かけない雰囲気の若い男の子が立っていた。どこの国の人だろうかと思うほど、目鼻立ちがハッキリとしている。それに褐色の肌、隆起した上腕二頭筋が素晴らしい。
格好いい人は羨ましいな、黒味の強い髪とか凄くお洒落に見える。
背に槍を背負っているのだろうか、布を被せた長い棒を背負っている。それに馬を二頭引き連れていた。
そう言えば、マレンゴ、バルディは元気にしているかな。もう会うこともないと思うと少し涙腺が緩くなる。
もう一人は女の人だろう、ヒラヒラとしたローブにズボン、頭にはフードを被っている。それに白い仮面を被っている、目元だけしか見えない。仮装でもしているのか、お祭りでもあったのか。
そんな訳はないだろう。
ローブは高そうな生地だった。おまけに金色の刺繍が布地に入っており、何となく偉い感じの人に見える。あれか、この人も尊い感じの人なのか。男の子より肌の色は薄いが、それでも健康的な色だ。
髪の毛も真っ黒に近い色をしている、とても綺麗な感じだった。背も低くはないが何歳くらいの人だろう、夫婦で街に来ているのかもしれない。
ただ見た目が怖い、あまり関わってはいけないのかもしれない。周りを歩いていた人々も、何だか珍しい者で見る様に眺めている。
半笑いで頭を下げて、その場から退散しようとすると、男の子が声をかけて来た。
「貴様、姉上に無礼をはたらいておいて謝罪もないのか?」
「あぁ、ごめんなさい」
姉弟だったか、なら仮面の人も年は俺とそんなに変わらないのかもしれない。まぁ、これは謝っておくしかない。きっと尊いのだろう。
だが突然、その女の人は淡々とした口調で声をかけてきた。
「あの……あなたは剣士ですか?」
うーん、何を言っているのだろうか、意味は分かるが。一先ず辺りを見回した、先ほどまで卓を囲んでいた三人が酒場から出てきたので彼等を指さす。
「あっちの二人が剣士で、もう一人が吟遊詩人です」
「酒臭い、何なんだこいつ。姉上、失礼しました。こんな奴に構ってないで先を急ぎましょう」
姉上様は仮面の上から口元を抑えている、やっぱり酒臭かったのか。男の子は張り切っている様だ、うん、姉上をしっかり守るんだぞ。
「あなたは剣士ですか?」
彼女はも仮面をこちらに向けて、もう一度聞いてくる。えぇ、何この人、ちょっと怖い。綺麗な声だが、同時に感情が籠もっていないとも思う。
どうしたものか、そもそも今の俺は何なのだろうか。街人なのか、いや違ったな。
「あの……私は……私は、ただの村人ですよ」
適当に笑って、そう答えた。この女の人はちょっと怖い、きっと危ない人だ、逃げよう。彼女の動きが一瞬止まっている、今がチャンスだ。
そう思って逃げようとすると、再び彼女は質問をした。
「待って下さい。この街で剣士や腕の立つ人が集まる場所はありますか?」
「えっ、あっ、はい……冒険者の組合事務所の事、ですかね? ありますよ」
「案内して頂けますか?」
お嬢さん何かご依頼があるのですね、分かりました。
「ジャックくん、ミシェルさん、どうやらお仕事の様です。どうぞ、この方を事務所までお連れしてあげて下さい」
「おい、タルト。止めておけ、関わるな」
断られてしまった、困ったな、ヘイノさんとか来ないかな。
来ないか、そうれはそうだ。そこまで面倒見がいい訳ではない。そもそも今の状況を彼が知るよしもない。
「あっ、案内して頂けますか?」
さっきから何回も彼女は俺に話しかけてくる、本当に怖いんだけど。仕方ない、振り向こう。
「タルトさんですか?」
「えぇ、そうですが」
「どうして……そんな名前を」
「えっ、いや、その……何ででしょうね、格好悪いですね」
なんか、本当に格好悪いな。それに、この人は目元だけしか見えないからか、余計に怖い。
「私はメリアと言います。彼は弟のアンセル」
「はい、どうも」
「案内して頂けますか?」
一瞬だけジャックくんを見ると、首を横に振っている。彼等も面倒ごとには巻き込まれたくないのだろう。仕方ない、事務所まで連れて行くだけだ。
そしたら最後の旅に出よう。
「分かりました、事務所までお連れ致しましょう」
「それと……」
「何でしょうか?」
「いえ……何でもありません」
さっきから淡々と喋ってくるだけでも怖いのに、何だろうか微妙な含みは。仕方ない無視しよう、向こうで吟遊詩人が爆笑しているが気にしてはいけない。
「酷い……真っ黒な……」
彼女は小さな声でそう言った。これは侮辱されたのだろうか、それとも転んだ拍子に服が汚れたか。
ちゃんと風呂に入ってないとでも言いたいのだろうか。確かに片手では洗いにくいが。
気にしてはいけない、平常心だ。
「えぇ……では、行きましょうか」
後ろで弟さんが凄く睨んでくるんですけど。それにしても不思議な人ですね、あなたの姉上様。それから詩人の笑い声がずっと聞こえる。いい加減に黙れと振り返って睨み付けた。
我慢だ、我慢、事務所に着いたら直ぐに帰ろう。そして、旅の準備をするんだ。
まったく、久々に若そうな女の人と話をしたら、何だろう微妙な状況だ。そんな不満を抱きつつ、我ら一行は組合事務所を目指した。
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