第22話 旅のきっかけ
とある平和な昼下がり。酒場に男が一人、卓に座って酒を飲んでいた。彼はタルトと言う可笑しな名前の男だった。
タルトは酒を黙々と飲みながら、更に飯まで食べている。無表情で、ただ料理を口に運んでいた。
客は彼以外にはいなかった。そして店主が一人いるものの、黙って彼を睨んでいた。
そんな状況に耐えかねて、彼は店主に話しかけたのだ。
「ねぇ、あのさ。ばあちゃんて一人なの? 家族は?」
「一人じゃない、待ってるだけだ」
「誰を?」
「夫と息子だよ」
店主はタルトを睨み付けて答えた。けれども、彼は負けじと会話を続ける。
「いつ帰って来るの?」
「知らん、どこほっつき歩いてるんだか。お前、そういや年はいくつだ?」
「たぶん十六になったはず……」
「そうかい、うちの息子は二十歳だった」
店主は苦い顔をして、窓から外を眺めていた。
「二人は何をしてるの?」
「昔々の遺跡から魔獣がたくさん溢れ出してね。うちの二人も加勢に行ったんだよ、あれでも腕は立ったんだ」
「そんなことあったんだ……えっ、いつ?」
そう聞くと、店主は目を閉じて答えた。
「二十年くらい前だよ……」
「あっ、あぁ」
「きっと二人共ね、旅が好きだった。ついぞ私には分からなかった。でもね、あっちこっち出掛けて行っては、色んな土産話を楽しそうにしてくれたもんだ」
懐かしそうに話をする店主、そんな彼女を見つめて、タルトは声をかけた。
「あの、ばあちゃん……それなら、もし旅先で二人に会ったら伝えておくよ。ばあちゃんがアッテナの酒場で待ってるって……」
そんな状況を打ち破るかの様に、その酒場にジャックくんが入って来た。
「おい! タルト、いるのか?」
タルトが何だろうと思っていると、いきなり頭を掴まれて外へ引きずり出されたのだった。そんな彼等を見て、酒場の店主が呆れた顔をしていた。
「おい面を貸せ。いい加減にしろよ、お前がそんなんでどうするんだ」
「いきなりなんですか、ジャックくん。いや、どうするって言っても、別にどうもしませんし。あっ、痛い、ジャックくん、もっと優しく。あっ、お店の支払いが」
俺は年下の男の子に街中を強引に引きずられていく。道行く人の視線が痛い、何だろう新しい何かに目覚めそうだ。
それにしても、どうして俺の周りには男しかいないのだろうか。まったく世知辛い世の中だ。
ジャックくんに引きずられながら、空をぼんやりと見上げてしまった。遠くで二匹の鳥が仲良く飛んでいた、とても仲良さそうだ。やっぱり、まだ胸の奥が苦しかった。
さて、物思いにふけっていると、彼にグイと髪の毛を引っ張られる。
「痛いってば。もう乱暴しないでよ、ジャックくん」
「何で戦った、何でお前はまた戦ったんだ!」
彼は怒っている様だ。まったく、知らないよ、俺だって分からない。何で戦ったかなんて、俺にすら分からない。
そして俺は冒険者の組合まで連行される。そのまま組合長の前まで引きずり出されたのだった。
これから、俺は処刑されてしまうかもしれない。何か最後の言葉でも考えておこうか。
しかし、今日のジャックくんは何だか荒らしい、まるで怒り狂った獣の様だ。本当に彼は何故こんなに俺に怒るのだろうか。不思議な気分だ。
まぁ、そんなことを考えている場合ではない、組合長も怒っている。彼はけっこうな歳のお爺さんだが、顔面の迫力が凄いのだ。荒れた冒険者でも彼に睨まれれば縮み上がってしまうという。
「おい、タルト。お前、この前の仕事はどうした?」
「はい?」
「隣村に出たデカい猪だ、村まで行ったんだろ。お前が殺したのか?」
「いいえ……」
「お前が、殺したのかって聞いてんだよ!」
確かにあったな、そんな事も。何故だろう、組合長様がご立腹だ。そして隣にいるジャックくんも凄く怒っている。知らない、俺は大きな猪とか知らない。
あんなの真っ正面から受け止めたら、死んじゃうくらい危険な奴とか知らないよ。
「見つけられなかったと報告したと思います。あんなに大きい猪、ただの村人では歯が立ちません」
「今更の話だが、お前が助けた親子が話をした。片腕の剣士が助けて、逃がしてくれたと」
「見間違えでは? それか、私に似た誰かと思いますよ?」
もういい、そんな昔の事、忘れて貰って構わないのに。
「おい、可笑しいのは名前だけにしておけよ。やるならやれ、やらないならやるな、お前みたいなのが一番困るんだよ。何がしたいんだ、お前は?」
「分かりません……」
「本当に、どうすりゃいいんだ、こいつは……」
「そうですね……」
まったく面倒くさい。たまたま依頼を受けて噂の現場に向かったら、魔獣がいる感じがした。魔獣でも極めて危険な相手ではなかったが、村の親子が近くで腰を抜かしていた。
猪は二人を狙っている、やることは一つしか無いだろう。それに俺が受けた依頼は調査であって討伐ではない。勝手に討伐しても怒られるのだ、なら一緒だ。
だが、あの一件は勉強にはなった。今まで力を使って限界まで身体を動かしていた。でも、最低限の力で動かすにはどうしたら良いのか考えた。
右腕が使えなくなり、身体全体を以前の様に動かすことは出来なくなったが、逆にそれが良かった。馬鹿な俺だって分かる、この一ヶ月何をしていたと思っている。
怪我の功名というやつだ、もう一度くらいなら俺も魔獣と本気で戦えるかもしれない。でも説明しても無駄だ、そんな事は誰も信じないだろう。
「まぁ、まぁ、爺さん、そんな目くじら立てるなって」
ピリピリとした空気が流れる中、そう言いながら登場したのはヘイノさん、組合長の孫だ。彼は二十歳くらいの年の人らしい。筋骨隆々で大きな剣を使う、歩く筋肉みたいな人。
そして今日も歯が白い。
「ここにくる連中は、すねに傷のある奴らも多い。タルトだって言えない事もある、そう責めなくてもいいだろう。流石にタルトじゃ魔獣は倒せないって事くらい分かるだろう。爺さんも意固地になるなって」
ヘイノさん、それ絶対に馬鹿にしているだろう。そして薄ら笑いを浮かべるな、周りの者共よ。
「まったく……おい、なら俺が指定した依頼は必ず引き受けろ。次の一回でいい、本気を出せ」
「はい……」
「まぁ、爺さん、そのくらいにしてやれよ……タルトも、もう少し気楽にな」
俺に笑いかけてくるヘイノさん、残念だがトキメキはしない。彼は面倒見の良い人だった、組合に登録したての時に世話になったものだ。
だがこれからどうしようか、この街も少しずつ居づらくなってきた。旅にでも出ようか、昔に誰かと約束した気がする、そんな事を思い出してしまった。
二人で旅に出て、悪い魔獣をやっつけて、そんな冒険の話だ。確か幼馴染みと約束したんだった。大切な事だったはずなのに、すっかり忘れてしまっていた。
それにしても組合事務所がむさ苦しい、本当に男しかいない。女剣士とか、女魔法使いとか、もっと何か色々あるだろう。
誰か一緒に旅をしてくれる子はいないだろうか、いやいないか。それに、今は独りでいい。
あの日以来、彼の調子はすこぶる悪い。ドラゴンの鼻先を通る小さなネズミくらいに息を潜めている。
ある夜、俺は意を決して可愛いウサギさんに会いに行った。自身の誇りを取り戻すために。だが彼はピクリとも反応しかった。
あのぶら下がっている二つの玉はとても柔らかい。まさか、潰れたとか……そう思うと、背筋がぞわぞわした。
うん、怖い、考えるのは止めよう、私の内なるミノタウロスは休んでいるのだ。この男だらけの環境が悪いに違いない、きっとそうだ。そう信じたいが、そもそも相手がいないし、今更使えた所で意味がない。
誰かの温もりが欲しいのだろうか、あの子の事を思い出してしまう。とても不快だ、そんな気持ちがポロリと口から溢れた。
「本当に、今更なんだよ……」
それから何日が経ったある日、今日も昼間から男達が酒を飲んでいた。だが、その日の面々はいつもと雰囲気が違っていたのだ。
「あぁ、それで旅にでも出ようと思いまして。まぁ、あちこち見てみようかと……」
「それは……どう言う風の吹き回しですか、タルトさん?」
目の前の吟遊詩人は半ば困惑した顔で話しを聞いている。今日は久しぶりに彼に会って酒を飲んでいたのだが。それにしても、酒に強いな、この人ぜんぜん酔わない。
「まぁ、まぁ、吟遊詩人さんも、もう一杯いってみましょうよ。少し思う所があって、この街を出ようかと」
「はぁ、どうしたものでしょうね……ジャックさん?」
「俺に聞くな……」
そして、今日はジャックくんとミシェルもさん一緒に席に座っている。何故だろうか、珍しい組み合わせだが、特にジャックくんは話をすると凄く苛ついていた。
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