第21話
しばらくして村に着いた。既に騒ぎになっていたのか、村の入り口に人だかりが出来ているのが見えた。
「あの、皆さん、どうしましたか?」
彼等に声をかけると、真ん中に立っていた青年がこちらを見た。そして酷く残念そうな顔をした。
俺を見て露骨に嫌がらなくてもいいのではないだろうか。
「あんた、冒険者組合の人か?」
「はい、そうですけど」
「何でこんな奴が来たんだ……」
それは申し訳ないですね。まぁ、気を取り直そう。
「えっ、ええと……猪の調査に来たんですけど」
「はぁ……あんたの所のお仲間がやられたよ、その猪にやられて大怪我だ。命は助かったが、まだ意識は戻らない。街には連絡しておいたけどな」
そう言う話だったか。そりゃあ更に俺みたいなのが来たら、そんな顔するだろう。皆さんのお顔に大変残念そうな雰囲気がにじみ出ている。落ち着こう、一先ず冷静になろう。
「その彼は、いつ、どこで猪に遭遇したか分かりますか?」
「今朝から来てくれていたんだが。朝一から林に入って、昼前には林の入り口で倒れているのを見つけたよ」
「それで、皆さんは何を?」
彼等は雁首揃えて何をしているのか、まさか村人が猪退治をするのだろうか。すると一人の村人が慌てて走ってきた、顔が真っ青になっている。
「ダメだ、レリアの所の坊主が見つからない。あいつも一人で探しに行っちまった……」
「おい何で止めなかった! 旦那を亡くしたばかりなのに」
そう聞いた瞬間、酷く胸の奥が苦しくなった。
「くそっ……」
俺は何をやっているんだ。青年の言葉を聞いて、夢中で駆け出していた。
こんな身体になっても魔獣の気配は分かる、だいたいの強さも何となく分かる。
それに人よりも遠くまで魔獣の気配を感じる事が出来る。
林の中を進んでいくと、段々と魔獣の気配が強くなっていく。少しずつ走る速さが上がっていく、まるで魔獣に引き寄せられているみたいだ。
もしも本当に迷い子が林に入っているのなら、魔獣の良い餌食だろう。俺は、なんで、こんなに焦っているのだ。
何回か転びながら、それでも林の中を進んで行った。もう少し奥だ、確かに魔獣がいる。そんな感じがした。
そして、その感は的中してしまった。
木々の間、視界の先、五十歩ほど離れた向こう。大きな毛だらけの豚、いや馬鹿でかい猪がいた、そして確かに魔獣の気配を放っていた。
もう一つ見つけてしまった、木の陰に小さな子供が隠れている。更に木の前には腰を抜かして震えている女性が一人、どうやらその場から動けないのだろう。
魔獣は吠えながら走り出す寸前だった。
「こっちだ、こっちに来い、この野郎!」
本当に最悪のタイミングだ、俺では助けられない、目の前で二人を見殺しにしてしまう。
大声を出して魔獣の気を引こうとするも、奴は目の前の親子に狙いを定めている。魔獣はこちらに振り向きもしない。
知っている、お前らはそういう奴等だ。
ハッと息を飲んだ、身体が強ばった。久しぶりに感じた恐怖だった。その瞬間、女性の足元に真っ黒な線が見えた。
ドラゴンと戦って、この身体はどれだけ傷ついていたか。それでも、この身体は動くのだろうか。
「Go For Broke」
だが迷わなかった、迷えなかった。
そう呟いて、そして世界はゆっくり動き出した。
本当は力が使えるとは思わなかった。まさか最後に残った絞りかすが本当にあると思わなかった。
だけど以前よりも身体が重い、やはり上手くは動けない。世界が止まるほどの早さでは動けていない。
それでも考える間もなく走り出していた、腰の剣を左手で抜きながら。
真っ直ぐ突き進んで来る魔獣、もし真っ正面から受け止めたら俺は死ぬだろうか。だが突進を止められなければ、その巨体は真っ直ぐ親子に突っ込んでしまう。
なら進路を変えるしかない、使えるのは左手だけだ。
ゆっくりと魔獣の前に割って入る。魔獣の左前から肉薄し、片手で剣を斜め上から振りかぶった。
猪の顔面に剣が食い込む、だがグンと剣が後ろに押し返される。
「はああああああ!」
片手では競り負ける。とっさの判断だ、剣を握る左手に右腕を身体ごと押し当てた。まるで魔獣の側面に体当たりするかの様に、一気に力を込めた。
魔獣に食い込んでいく剣、左腕に焼けるような痛みが走る、支えている背骨も軋んだ。
せめて堪えろ、このまま魔獣を反対側まで弾くまで。
「くっそおおおおおおおおおお!」
魔獣の身体が僅かに浮いた、その瞬間を見逃さずに更に力を一瞬込める。
おそらく一瞬の出来事だったとは思う。気が付くと、俺は力無くその場にしゃがみ込んでいた。
そしてドーンと言う音が後ろから聞こえてくる。振り向くと、子供が隠れていた場所から大きく外れた先の大木に魔獣が衝突していた。
「はぁ……はぁ……うっ……」
身体が震えている、全身筋肉痛みたいに痛い、少し左腕も痺れてもいた。
それにしても本当に最悪の気分だ。さっさと村に来れば良かった。いや違う、たまたま力が使えただけか。最悪の場合、俺は殺されていただろう。
「くそっ……」
少し黙り込んだ後、立ち上がって二人の元に歩いて行く。母親は子供を守るように抱えて、そして泣きながらこちらを見ていた。
「はぁ……大丈夫、もう大丈夫だから」
「おっ、お願いします! この子だけは、助けて下さい! お願いします、どうかお願い……」
彼女は泣きながら頭を下げている、まったく酷い扱いだ。口の中が酸っぱくなった、本当にどうしようもない。
林の向こうから人の声が聞こえる、二人の名前を呼んでいた。
「大丈夫ですよ、行って下さい……」
そう答えると、俺は逃げる様に歩き出した。彼女達は震えながら立ち上がって、ゆっくり声の方へ歩いて行く。一先ずは安心だろう。
それにしても身体は何とか動く、骨は折れてはいないか。全身が重い、けれども歩けるくらいにはマシだった。
こんな身体だから、以前の様に無理な動きが出来なかったのか。だから身体への反動が少ないのかもしれない。ならもう良いだろう、もう帰ろう。
教会まで帰れば回復魔法を使ってもらえると思う。そう考えて、俺は村に戻らずにアッテナの街へと引き返した。
「本当に今更だ、今更、力が使えてどうなる。ふざけるなよ……本当に、ふざけた話だ……」
一人で魔獣と戦って親子を助けた、それでも全く気が晴れない。俺は何がしたいんだ、何をしたらこの気持ちは晴れるんだ。力が使えても、もう旅なんて出来ない。
あの子の笑顔を思い出すだけで、吐きそうになる。もう全部終わった事だ、そう思っていたのに。
街に着く頃には夜も更けていた、どれくらい時間がかかったのか分からなかった。そもそも俺はどこを通って帰ってきたのか、それすら覚えていない。
ずっと歩いている間も独りで考えていたからだろう。
俺は何をしたいのか、それは街に着いても結局分からなかった。
その晩、ベットの中で泣いてしまった。
眠ってしまえば、また明日が、今日と同じ日がやって来る。もう幸せな日々は戻ってこない、それは分かっている。けれども明日は絶対に来る。本当にそれが怖かった。
それから一ヶ月、アッテナの街に不思議な噂が流れた。
街から離れた平原に男が一人立っている。それを見かけた人達は、口々にあれは亡霊なのだと言った。見ていると一瞬でその場からいなくなり、また別の場所に立っている。遠くから見ていると、男は泣きながら剣を振るっていたそうだ。
きっと大昔に亡くなった剣士の亡霊だ、そんなくだらない噂だった。
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