第19話
教会にいた牧師も手伝いの信徒達も、口を揃えて皆が言った。同行していた一人の御者、ドラゴン討伐時の流れ弾が当たり、重傷を負った。
それは不幸な事故だった。世話をして、少し元気になったら仕事でも斡旋してやって欲しい、そう聞いていると。
彼等と離れてしまえば、俺はどこかの村で拾った、ただの一般人だ。誰もまともに話しを聞いてくれない。
事故の影響で錯乱している、安心して、もう大丈夫だからと口を揃えて皆が言う。
本当に気が狂いそうだ。
「それとも、別れた仲間に復讐でもするのですか? 助けてもらったのに、せめて拾った命に感謝しなさい。それに、魔獣討伐の英雄を私怨で殺すとか、何が面白いのです?」
「いや、別にそう言う話じゃない!」
殺したい程に彼等を憎いのかと問われれば、そんな気もない。出来れば彼等に二度と会いたくないが。
もちろん怒りはある、騙して、利用して、最後には捨てたのだ。
だが過去の自分の感情までは否定出来なかった。全てを憎む事が出来ないのは、俺の心の弱さだろう。
少なくとも俺は本気で好きだった、そんな思い出に縋っているだけだ。
自責の念にもさいなまれる、馬鹿で、勘違いした、おめでたい俺が悪いのだ。もっと早く気が付けば良かったと。
どうせならドラゴンとの戦いの後、そのまま見殺しにして欲しかった。
もう一度だけ力を使えるかもしれない、最後まで搾り取ってみるかと、そんな打算で生かされたのだろうか。
あのまま死んでいたら、何も知らないまま終わることが出来たのに。その方が楽だった。
「なら、大昔の英雄みたいに一輪の花でも携えて旅にでも出ますか? 人々を救い、武勇を重ね、本当の英雄にでもなってみて下さいよ」
何だよ一輪の花って。そんな昔話でもあるのか。もう返す言葉がない。本当に今日のこいつは何なんだ、今まで話に付き合わせた仕返しだろうか。
「まだ幕も上がっていないのに、何を歌えと言うのですか。こんなの、一行で終わります」
そうして俺の人生は一行で終わってしまった、確かに終わった。
まったく酔いが醒めてしまう、今すぐ幕を下ろして欲しい。
余所から来た詩人なら俺の話を聞いてくれるのではないか。そう思って、彼を捕まえては話をした。でも話を繰り返すほど理解する、馬鹿な俺でも理解出来る。
俺は怪我をした、どこかの、ただの村人なのだと。いや、村人でいいのだ。もう、それでいい。
「はぁ……お名前を聞いた時、面白い逸材だと思ったのですけど……」
「名前が面白いだけの村人がなんだ、どうやって面白く生きればいい、教えてくれよ? いや、今は街人だったな」
哀れむような目で詩人は俺を見つめている。分かっている、彼も俺の話を信じてはいないだろう。
こんな時は途端に周りの目線が怖くなる、どんな気持ちで俺を見ているのだろうかと。
「ほら、すでに面白くない……せめて、街人を待ち人とか言い直して下さいよ。それでも、誰かを待ち続けているとか、何かないんですか?」
「ある訳ないだろう、何も残ってない……」
「はぁ…………想い無くして、言葉無くして、人は生きていけませんよ……せめて、立ち上がって下さい」
何なんだよ本当に……。
そう言えば、吟遊詩人には尊い方々に仕え、芸術を追い求める者、教会に属して托鉢を行う者、色々な一派がいるらしい。
彼は何を思って、この話に付き合っているのだろうか、それとも英雄達の差し金だろうか。きっと教会の関係者だ、言う事が説教じみている。
上手く言い返せない、言葉が思いつかない事がとても腹立たしい。
酒も飯も出てくるのが遅い、店主も無愛想。客が少ないからと、最近はこの場末の酒場に入り浸っていたが。
話も面白くないのなら、どうしようもない。
「帰るよ、代金はここに置いとくから……」
「はぁ……本当に……まぁ、少しは救いになるのでしょうかね。ちょっと待って下さい、タルトさん」
彼はそう言って呼び止めると、懐から何かを取り出した。それはキラキラした何か。ネックレス、ペンダントだろうか、チェーンが付いている。
「お守りですよ、あなたに渡すのをすっかり忘れていました」
「要りませんよ、そんなに信心深くもないのでね」
「いつもご馳走になってますから、そのお礼です。これ手作りなんですよ、幸福を告げるお守りです」
そう言って見せてきたのは、小さな花が集まった模様が付いている白っぽい金属のペンダントだった。
なんだろう、胡散臭い気もするが、見ていると少し癒される気がした。それを手に取って見てみる、何だか高価そうな金属だ、それに裏に文字が書いてあった。
「うん? エレ、オ、ノラ? それ以外は見たこと無い文字だな。これなんて書いてあるんですか?」
「あぁ、それ古い言葉で書かれているんです、きっと素敵な言葉ですよ。私にも読めませんけど」
この詩人は何と適当なのだろうか、本当に幸福を告げるお守りなのか疑ってしまう。まぁ、いいだろう、難しい事を考えてもしかたない。
「はぁ……分かったよ。でも、これ自分じゃ付けられないんですけど」
「もちろん私が付けてあげますから」
酒場で男二人が何をやっているのだろうか、彼は後ろに回って俺の首にペンダントを付けようとしている。
「あれ、このチェーン。すでに何か身につけているんですか?」
「あっ、あぁ。片手じゃ外せないんだ、もう要らないものだけど」
「なら……ついでに外しましょうか?」
「いいよ、別に。自分で外すから……」
本当に、この詩人は余計なことを思い出させないで欲しい。だが彼はペンダントを取り付けると、満足そうな笑みを浮かべてこう言った。
「それ大切にしてあげて下さい。それと、もし何か気が変わったら、また呼んでください……」
ほどなくして、酒場から男はとぼとぼと力なく出て行った。そんな男を見送り、詩人と店主が言葉を交わす。
「ありゃ、何なんだい、まだ若いのに……目が死んでるよ」
「まぁ、それは……彼の心は、それこそ死んでいるのでしょうね……」
「なら尚更、こんな所に入り浸るのは毒だろう。どうせ酔ってもないくせに、格好付けて」
「いや、あなたが言いますか?」
詩人は少し驚いた様に疑問を呈した。だが店主は意にも介さず、彼に向かってこう言い放った。
「私だから言えるんだろう? 私は、あんたとは違って、ただの他人だからね……それと、その勘定間違ってるよ、不足分はあんたが払いな」
そう言った店主の言葉に、詩人を酷く驚いてしまった。
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