第11話
いつか必ず、ソフィのお父さんとお母さんには挨拶をしないといけない。もう二人で大人の階段を登ってしまったが、これは彼女の父親にぶん殴られるだろうか。
それでも、二人の仲が認められないとしても、きちんと挨拶をしなければ。そう思わずにはいられなかった。
さて気を取り直そう。彼女はいつも無邪気な感じで接してくれるが、実はとても理知的で、計画的な行動をとる。
ならば家族計画は大切だ、子供は何人欲しいのだろうか、確認しなければならない。
「そう言えば、ソフィは何人くらい子供が欲しいの?」
「えっ! あっ、赤ちゃん!? アルヴィがお父さんで、私がお母さん、これは……でも、最初は……あぁ、でも名前は……」
「ソフィ?」
どうしたのだろうか、彼女は身もだえている。そんな姿も可愛いものだ。
「うん!? あっ、赤ちゃん可愛いよね! うぅ、えっと……私達の子供……ふっ、二人は欲しいな」
恥ずかしそうに見上げる彼女、その頬は朱色に染まり、耳まで真っ赤である。
しかし、これは大切な事だ。人口は小さな村では切実な問題だ、食料の需給と言うものがあるからだ。そんな話を昔どこかでファブリスが言っていた気がする。だから彼女の口から二人くらいと言われた時、とても胸が熱くなった。
それは、まるで火山の噴火の様だ。透き通る様な白い山肌は、薄ら赤く染まり。溢れ出した溶岩は、近づけば火傷する程に熱くする。
だが噴煙を撒き散らして、全ては灰に包まれる。けれども一面の灰色の下には、新しい命が芽生えるのだから……。
これは豊穣の女神に祈り、麦を沢山植えなければならない。
まったく、我ながら可笑しな言葉選びだ。ふと、あの人の事を思い出してしまう。こんな時は身体の芯から凍えるように寒くなってしまう。きっと、これは罪悪感なのだろう。悲しい思い出は、なかなかに私を忘れさせてくれない。
「でっ、でも……アルヴィがもっと、その、家族が欲しいなら……いいよ、もちろん私も頑張る! 私達、夫婦なんだし!」
それでも、私はソフィに救われているのだろう。温かかった、本当に彼女は私の心を優しく温めてくれる。それにしても何がどういいのか、是非とも説明して頂きたい。彼女は私の内なるミノタウロスを再度目覚めさせようと熱心だ。
どちらからと言う訳ではないが流石に何度もキスしてしまう、少し息が苦しい。こんなに近くで話をしているから致し方ない、もう二人の挨拶の様なものだ。でも少しずつ、最初より、お互い緊張が解けている気がした。
しかし、こんな調子ではすぐに赤ちゃんが出来てしまうのではないだろうか。
「ソフィ、もし今すぐ子供が出来たら、その時は二人とも守るよ……」
「あっ、うん……」
何故だろ、彼女はとても複雑な表情をした。何か言葉を間違えただろうか。
「えっとね、大丈夫だよ、まだ大丈夫。でも……」
神託による戦いが終わるまでは残り一年、もしもの時は私がソフィの分まで戦うつもりだ。中途半端な覚悟で彼女に愛を誓った訳ではない。
しかし、彼女の様子を見ると不安を感じてしまう。そう言えば、大昔に比べて今は子供が生まれにくいというが。これは繊細な話だったか。
「ソフィ、どうしたの?」
「あっ、ありがとう。えっと、何て言えばいいかな……その、今度ゆっくり出来る時にね、ちゃんと話すよ」
「うん、分かった」
そんな事もあったが、ずっと話を続けていられるくらい楽しかった、時間を忘れてしまうくらい色々な事を話したと思う。
本当にお互い話は尽きなかった。
だが既に窓の外は暗く、そろそろ夜に近いだろう、そろそろソフィを教会へ送り届けないといけない。名残惜しいが一緒にいられる時間はまた作れる、焦る必要はないのだ。
「ソフィ、もう暗くなってきたね」
「そうだね。あぁ、このままだと……うん、今日は帰らないといけないかな」
彼女は私から離れると、まだズレていたローブを直して身支度を整えた。そんな彼女を見つめながら立ち上がる。
思わず抱き寄せてしまった。
酒場で吟遊詩人が詩を披露すると、盛り上がった恋人達が抱き合ってキスをしていた。アレクシス達は顔を赤くして横目でチラチラ見ていたが、私は何が良いのか分からなかった。
けれども今では彼等の気持ちがよく分かる。
「大好きだよ、アルヴィ……」
「うん、ソフィ大好きだ……」
離れたくなかった、そんな気持ちが現れていたのだろうか、私達は長いキスをした。それと今日初めて分かった事がある、鼻から息をすればキスは苦しくない。同じ事を考えていたのだろうか。唇が離れた後、お互い目が合うと笑ってしまった。
「今度はね、荷物とか全部持って来るから。もっとね……ずっと一緒にいよう?」
「うん、もちろん。一緒にいて欲しい」
無邪気に笑って話す彼女を見ていると、恥ずかしいやら、嬉しいやら、色々な気持ちがいっぱいである。宿を出ると外は少し寒い。でも彼女と手をつなぐと、次第に心が温かくなっていった。
流石はソフィ、本当に凄い魔法使いだ。
「やっぱり外は寒いな、でもソフィと一緒だと温かい」
「そうかな、良かった。私もアルヴィと一緒だと温かいよ。それに、まだ身体の奥から温かい、凄く幸せ」
「あぁ、うん……」
そう言ったソフィがとても大人な感じがする。確かに二人はもう大人だったが、凄く不思議な気分だ。
女の子は心が育つのが早いらしい、同い年の男の子よりも大人だと。ソフィは年下だけれども、やはり私より大人なのだろうか。しばらくは一緒に教会へ歩いて行ったが、歩いているだけでも幸せだった。本当に一緒にいるだけで幸せだった。
しかし、見計らったかの様に、道端で偶然にもファブリスに会った。まさかソフィを探していたのか、そこまで遅い時間ではないが。私は心臓が止まりそうだった。
「ソフィ様、アルヴィと一緒でしたか……」
彼はそう言ってソフィの顔を見てから、こちらに向き直り、何も言わなかった。その表情は少しホッとした様子で、ただ軽く会釈して通り過ぎていった。
たまたま通りかかっただけか、お泊まりしてないから安心したのだろうか?決してやましい事は……してしまったが、お互い同意の上だ、そう目では訴えた。
教会へソフィを送り届けると、彼女は大きな声で挨拶をしてから手を振って中へ入って行った。
「また明日ね、アルヴィ!」
今も彼女の言葉が耳に残っている、つい思い出されてしまうのだ。もしも今日はずっと一緒に居たいと言ったら、彼女はうんと言ってくれたのだろうか、そう考えてしまう。
ため息をつくと気が抜けた。とても幸せな気持ちのはずだが。それでも少し、私の両手は震えていた。
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