第10話 二人の時間
まさかローブのそんな所にボタンがあるとは思わなかった。
ソフィが教えてくれなければ、私には分からなかっただろう。女の子の服は複雑だ、凄く勉強になった。
それに黒いタイツは危険だ、眼福どころの騒ぎではない。隠している様で隠れていない、更に一手間かかってしまう。
なんだか凄く背徳的だ。そして、奥に秘められた鮮烈な赤、それは黒との極端な対比。まるで山頂から眺める日の出の様だ。眩し過ぎた、いや衝撃的な光景が目に刺さる様だった。
けれども、その下には綺麗な雲海が広がっていた。真っ白な、優しい、きめの細かい雲だ。私はきっと雲に乗って夢中で泳いでいた。いや後悔はしていない、するはずがなかった。
きっと人生で一番甘ったるい一時だったとは思う。本当にお互い口を開けば歯の浮く様な言葉しか出てこない。
世の中の恋人や夫婦は、いつもこんな事をしているのだろうか。そう言えばアレクシスもカリーネと出掛けて帰ってくると、何だかニヤニヤいつもしていた気がする。
やはり世の中こういうものなのだろう、私達はもう単なる旅の仲間ではなかった。
「アルヴィ……」
甘い声で何度も名前を呼ばれた。余韻が耳元に残っている。むしろ身体中に色々な余韻が残っている。
彼女は今まで見た事がないくらい大人だった。とても自然に、なんだか手慣れていた事は些か気になるが、やはり彼女は博識なのかもしれない。まだまだ彼女について知らない事が、私には沢山あるのだ。
そんな最中、この部屋に誰かが間違えて入ろうとしたのだろうか、扉がガチャガチャと音を立てた。
果たして私は鍵をかけていたのか、いや本当に鍵をかけておいてよかったと思う。
大きな音にお互い驚き、息を潜めた。つい力が抜けて、はっとして彼女を見ると、ただ優しく私を見つめて、抱きしめてくれていた。
もう言葉にならなかった。伝えたい事は沢山あったが、私の口は動かなかった。それから、お互い冷静になるまで時間がかかってしまった。
どれくらい時間が経ったのか、私達はゆっくり離れて息を整えていた。
ソフィを見ると、先程まで熱に浮かされた具合を思い出してしまう。なんだか恥ずかしさが溢れ出てくる様だった。
確か部屋に入った時は明るかったのに、窓の外を見ると少しだけ暗い。その後、身支度を調えてから、しばらく二人寄り添っていた。
こんな時は何を話せばいいのだろう。綺麗だった、可愛いかった、凄く幸せだった、そんな話をしていいのだろうか。
困惑する私を彼女は見つめていた、ほんのり優しく微笑んでいる。そして彼女は私に話を始めたのだった。
「まだドキドキしてる……ふぅ、ええとね。戦いが終わったら皆は国に帰ると思うから、私達は二人で旅を続けない?」
「あっ、うん……それがいいな。ソフィと一緒なら旅を続けたい」
彼女は身体を左右に振りながら、上機嫌に話しを続けようとする。
「それでね……こほっ、こほっ……」
「だっ、大丈夫?」
彼女は顔を赤くして咽せてしまった。慌てて小さな背中をさする。
「うっ、うん……大丈夫、嫌じゃないよ」
彼女はそう言ったが、これはどうしてだろうか言葉が出てこない。
流石はソフィ、凄い魔女だ。
「ふぅ……うん……でも、ちょっと時間が欲しいの。水の魔法と回復魔法を覚えてからの方がいいと思うから」
「えっ、ええと、ソフィって火の魔法以外にも使えるの?」
「もう、アルヴィ。私を甘く見てもらっては困ります!」
彼女は自信満々に話をする、今は戦いのために火の魔法だけを集中している。そうした方が魔法の威力と精度が増すのだと。
確かに以前聞いた気もしたが、したり顔で解説する彼女も可愛い。
でもエドラの様に複数の魔法が使えれば旅が楽になる。怪我や病気をしても治せるし、飲水にも困らない、お風呂も簡単に沸かせるのだ。
「そっか、なら宿のお風呂も入りたい放題だね?」
そう言うと、ソフィは部屋の奥にある扉をしばし見つめ、顔を赤らめつつ向き直った。
「でっ、でも……小さい魔法って加減が難しいから沢山は使えないかも。むっ、難しいんだよ、炎を出すのと、水を温めるのは違うから」
「そうなんだ、なら一緒に入ったら魔法も半分で済むかな?」
「あっ、えっ? うん……アルヴィと一緒に入ったら半分で済むかも……ふっ、夫婦なら普通だよね。なら、沢山練習しないとね?」
「もちろん、一緒に練習しよう!」
この会話をファブリスが聞いていたらどうなるのだろうか、いや今は考えてはいけない。それにしても照れながら、優しく笑う彼女はとても愛おしい。
流石はソフィ、思慮深い子だ。
「それでね。暮らしやすい街を見つけたら、そこで仕事を見つけて、お金を貯めて、小さな家を買うの」
二人で暮らす家、確かに、ずっと宿屋に泊まってもいられない。
「火の魔法は便利だから、きっと仕事も見つかると思うんだ!」
そう自信満々に胸を張って彼女は話をする。つい私はその胸を見つめてしまう。
「どこ見てるのアルヴィ?」
「ソフィの可愛いを見てる」
「もう!」
彼女は私の頬をペシっとはさみ、少し照れながら怒っている。そんな彼女も可愛い、それに確かに可愛かったから仕方ない。
絹の様な山肌に、控えめな丘があったのだ。そして、薄紅色の花が丘の上に凛として咲いていた。
その花はしなやかに、力強く咲いていた。決して手折られることはなく、それでいて優しかった。
私は何度も丘に登った、それは、まだ記憶に新しい。忘れられそうにない光景だった。
しかしだ、落ち着いて考えてみると私は何の仕事が出来るのだろうか。これは焦る、考えなければいけない。
「その後はね、家に皆を招待出来たらいいかな。アルヴィと一緒に料理を作って、パーティーを開いて。皆に立会人になってもらって……もう一度ね、アルヴィとずっと一緒にいるって誓うの。カリーネが来てくれたら、教会でするのもいいかな?」
指輪を見ながら嬉しそうに語っている、こんなに浮かれている彼女はなかなか見たことない。
手袋を渡した時も、そう言えばこんな感じだっただろうか、いやそれ以上だと思う。
世の中には色々な教義がある、教会に行って、神の前で二人で愛を誓ったり。家族や友人を家に呼んで宴会をして、皆の前で愛を誓ったり。
宿屋の小さな部屋、二人で想いを伝え合い、揃いの装飾品を身につけたり。これが今できる精一杯の告白だが、喜んでもらえたのなら幸せである。
でもパーティーか、ドレス姿のソフィも見てみたい。
「それなら、ソフィに綺麗なドレスを買わないといけないね」
「ううん……私はいつもの黒いローブがいいな、それが私の正装だから。今日から私はアルヴィのパートナーで、えへへ。魔法使いのソフィだからね」
私の恋人、いやパートナーとは婚約者、それとも妻という意味だろう。やはり何か色々とすっ飛ばした気がするが、些細なことだ。
それに彼女は何と健気か、あえて自分の名前にルクレールと付けなかったと思う。きっと私に気を遣っているのかもしれないが、これは少し複雑な気持ちになった。
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