第9話
そう言えば先の四賢人達は私にこんな事も言っていた。
自分の言葉で、自分の気持ちを、しっかり相手に伝えなさい。取り繕った言葉でソフィを不安にしてはいけないと。
こう言った事態を想定していたのだろうか、流石は賢人達だ、お兄さん、お姉さんぶって私に言っていた顔が思い出される。
そうだ、不安に思ってるなら、ちゃんと伝えないといけない。
「セルマの事は忘れた訳じゃないよ、今でも覚えている。確かに記憶は曖昧だけど、村の皆も、お父さんも、お母さんも、セルマも大切だって思える。でも今は皆も同じくらい大切だし、その中でソフィが一番大切で、一番大好きなんだ」
「うん……分かった……ごめんね、変なこと聞いちゃって。私もアルヴィのこと一番大好き」
「ありがとう、ソフィ……それと、渡したい物があって。顔を上げてくれる?」
彼女がこちらに顔を向ける、少し目元が涙ぐんでいる様だ、これは涙を拭うべきだろう。
あとトントンと優しく背中をさすってみる、まるで子供を慰めているみたいだ。
「あっ、あのね、大丈夫だから。それで、渡したい物って何?」
「これ、その受け取って欲しくて」
ここでポケットに忍ばせていた指輪を取り出す。残念ながら良い値段のする綺麗な箱は付いていないが、手持ちのお金で買える一番良いやつだ。
金色のリング、表面にアイビーという植物とピンク色の花束の模様が付いている。
そして奮発して赤い小さな宝石を裏側にあしらっている、彼女の火の魔法に合わせたつもりだった。
ソフィはそれを見ると息を整えた。恥ずかしそうに、ゆっくりと左手をこちらに差し出してくる。
心臓が飛び出しそうなくらい脈打つ。だが焦ってはいけない。
彼女の左手を優しく取った、いくつか傷が残る小さくて可愛い手だった。
ゆっくり手を添えて指輪を薬指にはめる、サイズはぴったり。流石はカリーネとルチア、心からありがとうと言いたい。
彼女は少し潤んだ瞳で指輪を見つめ、優しく微笑んで、そっとこう言った。
「ありがとう……一生大切にするから」
私はうんうんと少し頷いてから、もう一個のリングを取り出した。これは自分の分、ソフィのよりシンプルで石もない。
それでもペア用なので、裏にお互いの名前が一緒に彫ってある、もちろんソフィに渡したものも同じだ。
何があっても、これなら二人の絆を覚えていられる気がしたのだ。
「こっちは自分用だけど、指に付けたら壊しちゃうと思うから。こうやって、首にかけておこうと思って」
若干上擦った声を出しながら、自分の指輪をソフィに見せる。そして用意していたチェーンに通して、首の後ろで金具を留めようとした。
だが焦ってしまったのか、上手く留められないのだ。
「動かないで、アルヴィ?」
見かねたのか、ソフィが少し笑いながら首の後ろに手を回し、留め金を固定してくれる。
とても顔が近い、彼女を見つめてしまう。少し頬が赤く染まっているのだろうか、それに息づかいが聞こえてくる。
どちらが先に動いたのか分からない。私達は自然にキスをしてしまった。唇に柔らかさを感じて、すぐに息が苦しくなる。
ゆっくりとソフィから離れて息を吸うと、彼女の瞳がゆっくりと開いて目が合ってしまう。サッと俯いた彼女は更に顔を赤くしていた。
「あのね、私……凄く幸せだから」
「うん」
彼女は恥ずかしそうに微笑んでいる、ダメだ目が離せない。さぁ、私はここからどうすれば良いのだろうか、緊張で手が震える。
先ほどから私の内に潜んでいたミノタウロスが咆哮を上げている様だ、あの鉄塊の様な何かを持って。
接近戦は魔法使いのソフィには危険過ぎると言うのに。
あのミノタウロス達はどこから鉄塊を調達したのだろう、とても不思議だが今はそんな場合ではない。
既にソフィも事態を把握している事だろう、いささか緊張している。 彼女は博識だ、この何たるかを知っている、簡単に見破られてしまったのだろう。
何がとは言わないが、この街でも、この年で結婚して、小さな子供もいる夫婦は珍しくない。
だが、もし子供が出来てしまったら魔獣との戦いは大変だろう。どうやったら子供が出来るとか今は考えてはいけない、そんな難しい事は私でも分からない。
けれども、私達は成人している。結婚も出来る、そんな事は分かっている。
何故だろう、彼女の細い首筋が気になった、とても滑らかで綺麗な肌だ。どうしてだろう、優しい匂いだ、石鹸の匂いかもしれない。
もしかして討伐の後でお風呂に入っていたのだろうか、少し気になってしまう。
右手はソフィの背中を優しく抱きしめている、小さくて柔らかい背中だ。下を見ると灰色のローブは大きくめくれ、黒いタイツがあらわになっている。
そして左手はどうやら柔らかいものに触れている、これは位置が悪かった、彼女のお尻を触っていた。
いや、酒場で店員の尻を撫でる酔っ払いになった訳ではないのだが。なんだろう、ずっと触っていたい、そう思ったら少し揉んでしまった。
「あっ……」
彼女が小さく声を上げる、僅かに身体が震えていた。ダメだ、彼女は怖がっているのではないか、今日は思いを伝える事が目的だったはずだ。
それに二人の事は皆にも、それにファブリスにもちゃんと伝えて認めて貰いたい。
もしかしたら彼等も立場上は難しいかもしれないが、そこは頑張るしかない。
返事ももらえた、それで十分だろう、私は彼女から少し距離を取り深呼吸する。そして、もう一度だけ、腕の中いっぱいに優しい感触を感じた。
「アルヴィ? あの、アルヴィが……」
「もう少しだけ……このまま、こうしていて欲しいけど、良いかな?」
見上げた彼女は少し驚いた顔をしたが、クスッと笑って頷いた。その後も胸の高鳴りは収まらなかったが、ずっと二人で話しをした。
抱っこしたままだったが、楽しく話をしていただけだ。いつもの通り、取り留めのない会話だ。
想いを伝えて、指輪を渡しても、この関係は直ぐには変わらないと思っていた。
だが、ほんの些細なきっかけで、事態は一変する。先程の誓いなど吹き飛んでしまうかの様に。
「アルヴィ、ずっと一緒にいるね。アルヴィが寂しくないように、いつも隣にいるから」
彼女はそう言ってくれた、それが心から嬉しかった。これは私も心からの言葉を送らなくてはならない、そう思った。
「ありがとう。ソフィと一緒にいると心が和らぐんだ……ずっと一緒にいて欲しい……」
「あっ、アルヴィ……はぁ……こんなに近いとアルヴィの心臓の音が凄く伝わってくる。えへへ、ドキドキしてるの?」
「そうだね、ソフィの事が大好きだから」
言葉を交わした後、またお互い見つめ合って無言になってしまう。何故だろう、言葉が出てこない。
いや、不要だったのかもしれない。何故なら、私達はもう単なる旅の仲間ではなかったからだ。
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